8.ミスコン当日と普通の女の子

 今村いまむらに焚きつけられて、ついにこの日がやってきてしまった。


 今日は文化祭初日。


 ミスコンは今日のメインイベントでもあった。


「それでは第22回諸泉もろいずみ高等学校のミスコン優勝者は、片岡かたおかとおる君に決まりましたー!」


 司会のアナウンスにほっと胸を撫でおろす。


 高校のミスコンなんて適当なもので、衣装は参加者全員自前のものだ。

 綺麗なドレスを自作する人もいれば、自慢の私服で参加する人もいた。



片岡かたおか、マジでやばくね?」


「あんなの町を歩いていたら普通にナンパするって」


「男の娘って実在したんだぁあああ!」



 ちらほらとそんな声が聞こえてくる。

 俺が着ているのは、シンプルに普通の女子の制服。


 クラスの身長が高い女子に制服を借りてきた。


(「ミスコンに出るから誰か制服貸してくれない?」)


(「「「えぇええーー! じゃあ私が貸すよーー!」」」)


 ……こんな具合にあっさり制服を借りることができた。


 うっすら顔には化粧をしている。

 化粧道具はひよりに借りた。



(「お兄ちゃん、本当にミスコン出るの……?」)

(「負かしたい奴がいるから。良かったらお前も見に来いよ」)

(「私、お兄ちゃんが可愛いって言われてるの見たくないもん……」)



 そんなわけで、ひよりは結局文化祭には来てくれなかった。

 最後までひよりは俺のミスコン出場に面白くなさそうな顔をしていた。


「私が一番でいいんでしゅうか?」


 マイクを持ち、観客席に向かって声を出す。

 俺の一声に、わぁぁああああ! と体育館が歓声で揺れた。


 女性らしく見せるために必要なのは自分の容姿だけじゃない。

 立ち方、歩き方、振舞い。

 そういうところを観客は必ず見ている。


「本当に私が一番でいいんですか?」


 ……そして、必ず謙虚であること。

 応援してもらえるような人間になること。

 そういう見た目にすること。


 なので、俺は付けているウィッグも奇抜な色ではなく、万人向けしそうなナチュラルな黒をつけることにした。


 まさに今村いまむらあかねのような髪色だ。


「うぅうう……!」


 その今村いまむらは本当に悔しそうな顔でこちらを睨みつけている。


 今村いまむらの服は、ブランドものの白いワンピース。

 腰に大きなリボンがついていて、少しあざといタイプのものだ。


(普通に似合ってるな)


 インパクトは薄いけど、自分の強みを分かっていると思う。


 実際、他のコンテスト参加者と比較すると今村いまむらはぶっちぎりで一位だと思う。


「ふんっだ、これでお前が二番目だからな!」


 確かにこれなら天狗になるのも頷ける。

 俺がいなければ、間違いなく今村いまむらあかねがクラスナンバーワンの美少女だ。


 だが、これで今村いまむらは名実ともに二番目の美少女に陥落したのだ。


 これで少しはひよりが安心して登校できる環境になればいいんだけどな。


 ひよりはクラス一とかクラス二とかの争いを絶対に嫌がるだろうから……。


「ぐすっ……ぐすっ……」

今村いまむら?」


 今村いまむらの目からはポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちてしまっていた。


 


※※※




 ミスコンが終わり、控室として使われている体育館倉庫に行く。


「泣くほど悔しがらなくてもいいじゃん」

「ぐすっ……うぅ……」


 ぬぐってもぬぐっても涙が溢れてしまっている。


 こ、困る……一体どうすればいいんだこれ。


 勝者は敗者にかける言葉はないと言うけれど、たかが文化祭だしなぁ……。


「ま、まぁ一位とか二位はそもそもその人の主観でしか――」

「……勝ちたかった」

「はい?」

「私、片岡かたおか君に勝ちたかった!」


 今村いまむらがこの後に及んでまたそんなことを言ってきた。


「あのなぁ、容姿の勝ち負けってくだらなくないか?」

「違うもん。片岡かたおか君を男の娘なんて言わせたくなかった」

「はぁ? 俺はお前がミスコンに出ろっていうからノってやったのに」

「だって、私が勝てば片岡かたおか君はクラス一美少女じゃなくなるでしょう!?」


 今村いまむらがよく分からないこと言っている。


「好きな男の人が男の娘だって言われて悔しいじゃん。私は片岡かたおか君のこと男性として好きなのに」

「え……?」


 急な告白に変な声が出てしまった。

 二度目の告白なのに、何故か今日はとても恥ずかしい。


「私が勝てば、片岡かたおか君が一位の美少女じゃなくなると思ったのに!」


 今村いまむらが声を詰まらせがら話を続ける。


「本当は、こんな私が片岡かたおか君に勝てると思ってなかったもん! ましてやひよりちゃんに勝てるなんて思えるわけないじゃん!」

「へ?」

「少しでも片岡かたおか君に恩返しができればと思ったのに……。本当は私だってミスコンなんかに出たくなかったもん……」

「ど、どういうこと?」

「……だって片岡かたおか君、女の子みたいって言われるの嫌でしょう。私が一位になれば片岡かたおか君はそう言われなくなるかもしれないでしょう」


 今村いまむらの顔が涙でぐちゃぐちゃになっている。


 もしかして俺はとんでもない思い違いをしていた?

 売り言葉をそのまま意味で受け取ってしまっていた?


「私なんて普通だもん、ただの普通の女の子だもん……。モデルだって途中でやめちゃったし」

今村いまむら……」


 さっきまでクラス一の美少女だった女子はそう自白してきた。


 今村いまむらもモデルやってたんだ……。


 じゃあ自分で自分のことを普通なんて言ってしまうのも分かるかもしれない。


 だっての女子って、全国に何人いるんだよって話だし。

 

「悪かったよ。俺も壇上であんな言い方をして」

片岡かたおか君……」

「お前は俺のことを男として見てくれてるんだろう。だったらとおるって呼んでくれよ」

「え?」

「お、俺も今村いまむらのことはあかねって呼ぶから」


 この日、初めて俺は今村いまむらあかね自身のことを知りたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る