10.この子と付き合ってます!

「へぇー、お化け屋敷とかやってるんだ」


 茜と肩を並べて、綺麗に装飾された廊下を進んでいく。

 まずは校舎内の模擬店を見て回ることにした。

 今は二階の二年生の出店を見て回っていた。


あかね、入ってみる?」

「えぇ……やだよ……」


 何故か拒否されてしまった。


「ノリ悪いなぁ」

「私、お化けとかホラーは苦手だもん」

「ふーん、学生のやるお化け屋敷なんてしょぼいだけだと思うけどなぁ」

「そりゃホラー映画に出演してた人から見たらそう見えるでしょう」


 あかねが呆れたような声を出している。

 そ、そう言われると何も言い返せなくなるなぁ……。


 名前呼びの影響か、あかねが俺にあんまり遠慮しないようになった気がする。


「というか、今の感じ悪いよ」

「感じ悪い?」

「先輩たちだって一生懸命やってるのに」

「う゛っ!」


 こ、今度は叱られているみたいになってしまった。

 確かに今の言い方は良くなかったかも……。


「ご、ごめん……」

「あっ、トオル君が素直に謝った」

「同級生にそんな風にズバッと言われるの初めてだ」


 今まで声をかけてくる人は、気持ち悪いくらい俺たちに気を使っていた。


 片岡かたおか君の言うことはすごい!


 片岡かたおか君の言う通りにするって!


 なので、こんな風に同級生に真っ向から拒否されたり怒られたのは初めてかもしれない。


「初めて? 私が?」

「うん」

「そっかー、私がトオル君の初めてかー」


 あかねが満足そうな顔をして、一歩俺の前に出た。


「ほら、あっちに喫茶店があるみたいだよ!」

「そんなにはしゃぐなって!」

「楽しくなってきちゃった!」


 あかねが本当に楽しそうに笑いはじめた!


「そういうトオル君も楽しそうな顔してるよ」

「そう?」

「ずっと周りきょろきょろしてるし」

「初めての文化祭だからな」

「じゃあ今日のトオル君は初めてづくしだね」

「文化祭初めてはお前もだろう」

「うん」


 そう言うと、あかねは急に俺の手を掴んできた。


「私、たこ焼食べたい!」

「ベタだなぁ」

「せっかくだからベタなことしたいじゃん」

「それは分かるけどさ」


 なんとなく憧れていた普通の学校生活、普通の学校行事。


 全部普通なはずなのに、俺にはとても新鮮だった。


 ひよりも来れば良かったのに……。




※※※




あかね、ちょっと休憩しようか」

「うん」


 一通り見て回った後、俺たちは体育館近くにあるベンチで休憩をすることにした。


 俺の片手にはたこ焼きが入っている袋。

 あかねは近くの自販機で買った缶ジュースを二本抱えている。



「やばぁ、あの二人こんなところにいる……」



 ……相変わらず周りからの視線は感じるが、あまり気にしないようにしよう。


「今更だけどいいの?」

「いい? 何が?」

あかねは友達と回らなくて良かったの? この前の……えーとなんだっけ? 友達いたじゃん」


 あかねから缶ジュースを受け取りながらそんなことを聞いてみた。


姫花ひめかのこと? 姫花ひめかは文化祭の仕事で忙しいから」

「へぇー、でも他にもお誘いとかはあるわけじゃん?」

「はぁ~……」


 俺が更に質問すると、あかねが深い深いため息をついてがっくりとうなだれてしまった。


「えっ? なにその反応?」

「いや、確かにいっぱいお誘いはあったなぁと思って」

「大丈夫なの?」

「全部、男の人だから」

「あー……」


 さすがクラス一の美少女。

 どうやらデートのお誘いはいっぱいあったらしい。

 高校生にもなると、やっぱりみんな恋愛に積極的だ。


「そういうトオル君は?」

「俺? 全然ないけど」

「これだもんなぁ。差を感じちゃうよ」

「差ってなんだよ。それを言うなら俺のほうが負けてないか?」

「トオル君は分かってないなぁ。最初から手の届かない人にはアタックしないでしょう」

「そんなものかー?」


 分かるような、分からないような?

 でもその理屈でいうならお前……。


「そんなものです。私なんてお手頃だから、お誘いが沢山来るだけだよ」

「自分を卑下しすぎじゃないかな」

「ミスコンで、私のことコテンパンにやっつけたくせによく言うよ」

「でも、じゃああかねにとって俺はお手頃だったってこと?」

「げほっげほっ!」


 俺がそう聞くとあかねが急にむせってしまった。


「そ、その質問は意地悪過ぎない!?」

「いや、お手頃っていいなぁと思ってさ」

「へ?」

「同級生はみんな俺と距離取る人が多かったからさ」


 元天才子役だと言われると、自分たちとは違う世界にいると距離を取られる。


 女の子っぽいと言われると、男子には何故か距離を取られる。


 かと言って、男の俺が女子の輪に入るわけにもいかず!


「……トオル君ってもしかしてぼっち?」

「はっきり言うな!」


 こんにゃろう! はっきり言いやがった!


 だが言い返せなくらいその通りである!


 周りにちやほやされているようで、実は身近に誰もいないぼっち兄妹なのだ。


 そんな俺にも東京にいる時は悪友はいたわけだが――。


「親近感わくなぁ。もっとトオル君って近寄りづらい人かなって思ってた」

「そんな俺に近づいてきたくせに」

「そ、それはだって……」


 軽口を叩いただけだったのだが、あかねが恥ずかしそうにうつむいてしまった。


 そんな反応をされると俺もちょっと恥ずかしくなってしまう。


「そ、そういうのって理屈じゃないじゃん……」

「……」


 理屈じゃないかぁ。



(……もしお兄ちゃんがそういう人と付き合えるなら私も頑張ろうかなぁ)



 昨日の夜、ひよりが言っていたことを思い出してしまった。

 思ったよりも普通な女の子で、思ったよりも感情的に動く子。


 ――もしかしたらあかねならひよりと友達になれるかも。


 ついそんなことを思ってしまった。




※※※




 その後、あかねと校門の近くをふらふらと歩いていたら、ふいに大人の女性に声をかけられた。


片岡かたおかとおるさんですよね?」

「はい?」

「やっぱり! 子供の頃の面影があるからすぐに分かりました! 週刊中央のものですが!」

「げっ」


 挨拶とともに名刺を渡された。

 

[週刊中央 記者 渡辺]


 名刺にはそう書いてある。


 週刊中央。

 ゴシップ記事を扱っている週刊誌だ。


片岡かたおかさん、昨日ミスコンに出たって話は本当ですか!?」

「あー……」


 誰かタレコミやがったなぁ……。

 こんな旬を過ぎた役者を取材してどうするっていうんだか。


「はい、本当です……」


 嘘をつく意味がないので、正直にそう答えた。


 嫌だなぁ……この週刊誌って全然いい噂がないんだよなぁ……。


「お隣にいるのは彼女さんですか?」

「え?」


 記者の目線は、俺の隣にいるあかねにいっていた。


 目元がニヤニヤしている! ミスコンの記事よりも面白そうなネタを見つけたって顔に書いてある。


「い、いや……」


 あかねが言い淀んでいると、記者は続けざまに話を続ける。


「ところで、片岡かたおかひよりさんも同じ学校なんですよね?」

「……」

「ひよりさんが現在引きこもりになっているという話は本当でしょうか?」


 ……どこでそのことを嗅ぎつけたんだろう。

 そのことを知っているのは学校の関係者と家族以外ほとんどいないのに。


「……」

片岡かたおかさん?」


 なんて答えよう。

 この手の記者に嘘をつくのは悪手だと聞いたことがある。


 でも、正直に言うとまたひよりが――。



(……もしお兄ちゃんがそういう人と付き合えるなら私も頑張ろうかなぁ)



 また昨日のひよりの言葉が思い浮かぶ。


 またひよりが嫌な思いをするのは絶対に嫌だ。


 ひよりが傷つかないようにしないと……。


 ひよりが学校に登校できるように頑張らないと……。



「……付き合ってます」

「え?」

「俺、この子と付き合ってます!」


 俺は記者にそう答えた。


 俺はひよりの記事が書かれないように、大きな声でそう答えてしまった。


「はぇええええええ!?」


 今村いまむらあかねからは奇声が聞こえてきた。

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