5.なんでもするって言ったよね

 今村いまむらあかねに告白されてから数日が経った。


片岡かたおか君! 今日はお弁当作ってきたよ!」

「あるからいらないって言っただろう!」


 毎日、お昼休みになるとすぐに今村いまむらに声をかけられる!


 あの日から今村いまむらにすごーく声をかけられるようになってしまった!



「やっぱり今村いまむら片岡かたおかか」


「納得しかない」


「結局は顔よ」



 クラスメイトが好き勝手言ってやがる。

 こちらとしてはフッた女に付きまとわれて迷惑でしかないのに。


「私、結構料理上手だよ?」

「聞いてない、聞いてない」


 今村いまむらが、自分の席の椅子を持って俺の机までやってきた。

 わざわざ俺の机でお弁当を食べる気のようだ。


「あのなぁ、俺は妹が作ってくれる弁当があるから大丈夫なの。それにそういうことは恋人同士ですることだろ」

「胸」

「くっ」

「私、なんでもするって言ったよね」


 なんでもするの意味が全然違うだろ!

 自分が手段を選ばないようになってるじゃねぇか!


 そもそもだ!

 料理上手をアピールされても、うちには料理上手な妹がいるんだよ!


 ちょっとできるくらいじゃ今村いまむらは二番目なんだよ!


「たかが胸を見たくらいで……」

「男の人に見られたのは初めてだもん」

「……」


 ……新鮮な反応をされてしまった。


 今までは俺のことを女扱いする人が多かった。

 だからか、俺に対してそういうところが緩い女性が多かった。


 下着くらいじゃ全然気にされもしなかったのに……。


 ちゃんと男扱いされたのは本当に久しぶりかもしれない。


今村いまむらが変なやつだっていうのはよく分かった」

「変なやつではないでしょう! でも私のことを知ろうとしてくれてありがとう!」

「知ろうとはしていない」


 俺はかなり変な女に目をつけられてしまったのかもしれない。


 


※※※




「お兄ちゃんおかえりー!」


 夕方の五時前。

 家に帰ると、すぐにひよりが玄関まで俺のお出迎えにやってきた。


「お風呂にする? ご飯にする? そ、そそそそれとも――」

「お風呂にする」


 ひよりが定番の台詞を言おうとして失敗している。

 そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。


「あれ? 珍しいね。いつもはご飯が先なのに」

「お腹がいっぱいでさ……」


 結局俺は、今村いまむらのお弁当も食べることになってしまった。


 ひよりの気合の入ったお弁当はいつも通りだったが、今村いまむらのお弁当もやたら気合が入っていた……。


 海苔で何かのキャラクターを模したおにぎりに、唐揚げに卵焼き。


 どちらのお弁当も残すのは申し訳ないので、なんとかお腹に詰め込んでしまった。


「ごめん、今日はご飯いらないかも」

「えぇええ! せっかくお兄ちゃんが好きな唐揚げにしたのに!」


 さっきまでニコニコしていたひよりが一瞬で不満そうな顔になってしまった。


「ごめん、明日食べるから」

「もう! 頑張って作ったのに!」

「ごめんって、いつも本当にありがとうな」


 そう言ってひよりの頭を撫でてみる。


「お、同じ歳なのに子供扱いして!」

「今日はごめんな」

「も、もう……」


 ひよりが恥ずかしそうに俺から目線を逸らした。


「こ、今度からご飯いらないときはちゃんと言ってね」

「うん、分かった。ごめんな」

「私こそ大きな声出してごめんなさい。お兄ちゃんももう高校生だもんね。誰かとご飯に行ったりくらいはするよね!」

「……」


 引きこもりのひよりは、料理や家事をやるのが生きがいになってしまっている。


 それ以外の時間はゲームをやったりしているらしいけど……。


 もうちょっと、他のことに目を当ててくれてもいいのかなぁと思う。


「ひよりは他にやりたいことないのか?」

「やりたいこと?」

「俺のためにそんなに料理とか家事を頑張らなくていいんだぞ。将来、なりたいものとかないのか?」

「うーん?」


 ひよりが腕を組んで考え始めた。


「……やりたいことはないけど、なりたいものはあるよ」

「おっ、じゃあ俺は応援するよ」

「聞かないの?」

「聞かない?」

「私のなりたいもの」


 ひよりがぐいっと背伸びをして俺の顔をのぞきこんできた。


「じゃあ、ひよりは何になりたいの?」

「それはね、お兄ちゃんのお嫁――」


 ひよりが何かを言いかけたが、途中でやめてしまった。

 背伸びをやめて、首を軽く横に振っている。


「やっぱり今はやめとく」

「お兄ちゃんのなに?」

「今はやめとく。でもいつかちゃんと言うから」

「気になるやつじゃんか」

「じゃあずっと気にしてて! 私がもっとしっかりしたら言うから!」


 そう言うとひよりは優しく俺に微笑んだ。

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