4.私の初めて

 朝一で何故か、今村いまむらあかねに告白された。


 雪女の今村いまむらあかね


 雪女みたいに美人だけど、男子にはとても冷たい。


 それが俺が聞いたことのある、今村いまむらあかねの噂だ。


「じゃ、じゃあこれから! これから私のことを知ってもらえばいいからっ!」

「はぁ……?」


 すごい必死だ……。

 目元を真っ赤にして、子供みたいにふくれっ面になっている。


「だ、だから答えをすぐに出さないで! なんでもするから!」


 めちゃくちゃ言ってやがる。

 しかも今なんでもって――。

 

「なんでもするならこの話はここで終わりにして」

「そういうことじゃない!」

「全然なんでもしないじゃんかぁ……」

「分かった! 片岡かたおか君って、なんでも願い事を一つだけ叶えてあげるって言われたら、じゃあ願い事を三つにして欲しいですって言うタイプでしょう!」


 なんか今村いまむらが面白いことを言っている。


 噂と印象があまりにも違い過ぎる。


(でも、ふーん……)


 初めて今村いまむらあかねのことをちゃんと見たが、確かにクラス一の美少女と言われるだけはあると思う。


 唇は薄くて、身長はやや高め。


 肩まで伸びた真っ黒なロングヘア―。


 左の耳元には純白の蝶型のヘアピン。


 清楚が服を着て歩いているみたいな見た目をしている。


「大体、今村いまむらは俺のことよく知らないでしょう」

「し、知ってるよ! 元天才子役でしょう!」

「それはみんな知ってるし。それにそんな風に言われるのあんまり好きじゃない」

「ご、ごめん……」


 今村いまむらの体が縮こまってしまった。

 あからさまに落ち込んでしまっている。


「はぁ……」

 

 思わずため息をついてしまった。

 昨日、あんなことがあったから心配していたのに普通に元気じゃんか。

 

「ほら、荷物持ってやるから。遅刻するぞ」

「え?」

「体調、まだ万全じゃないだろう。そもそも、なんで昨日倒れてたのさ」

「そ、それは喘息で……」

「そんなにつらい喘息なんだ」

「そ、それと! 貧血もあったから!」

「あー……」


 しまった。

 これ以上は聞かない方がいいかも。

 そこの機微は女の世界にいたのでよく分かる。


「やっぱり付き合ってくれないの?」

「ごめんって言ったじゃん」

「あっ、そうか……。片岡かたおか君には彼女いるよね……」

「いないし」

「じゃあなんで? 私、一応クラスで一番可愛いって言われてるみたいなんだけど……」

「すげー自信」

「そ、そういうことじゃなくて!」


 やたら食い下がってくるなぁ。

 同じクラスだからできれば、穏便にすませたいんだけど。


「もうこの話はいいだろ。早く学校に行こうぜ」

「……」


 今村いまむらの体が小刻みに震え始めた。

 俺がいくら促しても、その場から全然動こうとしない。

 

今村いまむら?」

「見たでしょう……!」

「ん?」

「私の胸を見たでしょう!」

「まぁ、ちょっとだけは」

「じゃあ責任取ってよ!」

「はぁああああ!?」


 あまりにも予想外なことを言われたので、声が裏返ってしまった。


「お、お前なぁ! あれはお前がつらそうにしてたから!」

「初めてだったのに……」

「語弊しかない言い方はやめろ!」

「でも見られるのは初めてだったもんっ!」


 声がでけぇ!

 こんな会話、誰かに聞かれたらどうするつもりだよ!


「責任取ってよ! 私の初めてを奪った責任!」

「別になにも奪ってないだろう!」

「うっ、うっ……」


 こ、今度は今村いまむらの目から大粒の涙がこぼれてしまった。


「付き合ってくれないなら、片岡かたおか君に痴漢されたって言いふらす」

「はい?」

「付き合ってくれないなら片岡かたおか君に乱暴されたって言いふらす!」


 やべぇ女に絡まれてしまった。

 まさに痴漢免罪みたいな状況になってしまった。


「お前さぁ……」

「ぐすっ……えぐっ」


 今村いまむらの顔がぐちゃぐちゃになっている。


 誰だよ、こいつのことクラス一の美少女とか言ったやつ……。


 ……。


 ……。


 あっ、俺もこいつに投票してたわ。


 だって有名だったし。


「こんな気持ちになるの初めてなんだもん」

「……」


 今村いまむらの潤んだ目が俺のことを見つめてきた。

 今の俺にはないとても真っ直ぐな目をしていた。


「……とりあえず学校に行こう。遅刻するよ」

「うん」


 こうして俺と今村いまむらあかねの関係が始まってしまった。


 綺麗な花には毒があるとはよく言ったものだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る