1.引きこもりの義妹

【本編】



「それでは第22回諸泉もろいずみ高等学校のミスコン優勝者は、片岡かたおかとおる君に決まりましたー!」


 高校一年生の六月。


 体育館で行われているミスコン会場は、ものすごい熱気に包まれていた!


 今日は文化祭の初日。


 パイプ椅子で作られた観客席は満員になっている。


 ちなみに今、俺がいるのは体育館の壇上。


 片岡かたおかとおるの名前だ。



片岡かたおか君、こっち見てー!」


片岡かたおか君、可愛いよぉおおおお!」


「きゃーー! 片岡かたおかくーーん!」


 

 観客席からは悲鳴にも近い歓声が聞こえてくる……。


「はぁ……」


 ため息が止まらない。


 足はスース―するし、下を少し向くと胸元には赤いリボンがついている。


 女子用のブレザーにスカート。


 それが今の俺の格好だ!


 ちなみに俺は正真正銘の男である。


「それでは、優勝者の片岡かたおかとおる君ちゃんさんにコメントいただこうと思います! どうぞ前へ!」


 どこかの魚の被り物をしているタレントみたいになっているじゃん!


 “くん”なのか“ちゃん”なのか“さん”なのか!

 

「それでは皆さんに優勝の喜びのコメントをしてください!」


 司会をやっている先輩からマイクを渡された。


 いいさ、いいさ。


 そもそもこんな格好をしている俺が悪いんだし。


 もやもやしながら、一歩前に出る。

 

 壇上から観客席を見渡した。


(ふぅ……)


 浅く息を吐く。

 大勢に見られることは慣れているが、緊張をしないわけではない。


「私がでいいんでしょうか?」


 俺の言葉に、わぁぁああああ! と体育館が歓声で揺れた。


「本当に私が一番でいいんですか?」


 更に歓声が大きくなっていく。


 本当はこんなコンテストに出たくなかったさ!


 スカートなんて履きたくなかったし、女性用のウィッグなんて付けたくなかった。


 だが、今この瞬間だけは気分がスッとしている!

 

「うぅうう……!」


 後ろにいる女子が、今にも泣きだしそうな顔で俺のことを睨みつけている。


「ふんっだ、これでお前がだからな!」


 マイクから口を離して、俺はその女子にそう告げた。


 だって俺はこの女子を――。


 クラスで一番可愛いと言われている今村いまむらあかねを負かすためにこのミスコンに出たのだから!


 俺がミスコンに出るキッカケになったのはある出来事からだった。


 


●●●




数週間前



 五月の下旬。

 高校に入学してから二ヶ月弱が経とうとしていた。


「お兄ちゃん、起きてよ!」


 今は朝の六時……。

 まだ時間があるので二度寝を楽しもうと思ったら、妹が俺の部屋にやってきた。


「あと五分だけ……」

「もー、せっかく朝ごはん作ったのに冷めちゃうよ」


 妹は毎日こうして朝食を用意してくれている。

 毎日、毎日、不思議なくらい妹のほうが起きるのが早い。


 ちょっとだけ時間が早いのが気になるけど……。

 

「下で待ってるからね! すぐに来てね!」


 妹の名前は片岡かたおかひより。


 コタツと布団をこよなく愛する女子。

 大絶賛引きこもり中。


 親の再婚できた妹なので歳は一緒だ。


 ちなみに俺もひよりも十五歳。

 俺のほうが誕生日の早かったから、俺が兄になっただけだ。


 コタツと布団を愛すると言っても、何故か朝は強い。

 一般的な引きこもりとは違い、家でも割とおしゃれをしている。

 でも、いまだに高校の制服に袖を通すことはできていない。


 ……と、我が妹ながら謎の生態をしている。


「早く行かないと怒られるな……」


 俺は、何故か引きこもりの妹に朝を急かされる毎日を過ごしていた。


 


※※※




「今日はお吸い物を作ってみたんだけど」

「うん、美味しいよ」

「本当!?」


 リビングに行くと、テーブルの上には高級料亭みたいな食事が沢山並んでいる。

 最近、ひよりの料理の腕前がめきめきと上達している!


「こんなに作って大変だろう……。毎朝、こんなに頑張らなくてもいいのに」

「いいの、いいの! 私、料理好きだし!」

「そもそも朝からこんなに食えないって」

「全部食べなくてもいいよ。ただお兄ちゃんに、お腹いっぱいになってほしいだけだから。それに中国では無礼がないようにいっぱい食事を出すのがマナーだって聞いたことあるよ!」

「ここは日本! そして今いるのは自分の家! どこの富豪の話だよ!」

「あはははは!」


 ひよりが楽しそうに笑っている。


 ……ひよりは誰がどう見ても“美少女”と言って差し支えない容姿をしていると思う。


 色素が薄いので、毛先が少しうねったボブヘアーは染めていないはずなのに薄い茶髪みたいになっている。


 肌も真っ白で、くりくりした目は赤みがかった茶色をしている。


 かなりの童顔だが、見た目がいいので学校に行けばすぐ人気者になれると思うんだけどなぁ……。


「まだ学校には行けそうにないか?」

「う゛っ!」

「ごめん、なんでもないよ」

「で、でも! ちょっとずつは特訓はしてるんだよ! 今日もこれからコンビニに買い物に行こうと思って!」

「なんでコンビニ?」

「一番近いから」

「なんでこれから?」

「朝なら混んでないでしょう?」


 妹よ、通勤・通学前のコンビニは――。


「……」


 まぁいいや。

 本人のやる気をそぐような発言はするべきじゃないよな。


「そっか、頑張れ」

「うん、頑張る!」


 妹は、色々な事情があって引きこもりになってしまった。

 だから俺はできるだけひよりの力になりたいと思っている。


「ところでお兄ちゃんはまだ学校で可愛いって言われるの?」

「言うな! 聞くな! そこに触れるな!」

「私はお兄ちゃんは可愛いじゃなくて格好良いだと思ってるよ」


 


※※※




 ひよりと朝食を食べて後、いつも通り一人で学校に行くことにする。

 ひよりは俺よりも一足先に、コンビニに買い物に行ってしまった。


 もしかしたらひよりは俺の前では強がっているのかもしれないなぁ……。


「ん?」


 いつも通り通学路を歩いていたら、道のド真ん中に人が集まっているのを見かけた。ドヤドヤと何かを揉めているようだ。


「なんだろ?」

 

 家の近くのなんてことのない道。

 人通りも車通りも少ない道で、こんなに沢山の人がいるのは異常事態だ。


「どうしたんですか?」


 気になったのでその中にいる中年の男性に声をかけてみた。

 そもそもその人混みが邪魔で道が通れない。


「いや、女の子が倒れててさ」

「えっ!?」


 まさかの一言に血の気が引いていく。

 もしかしてひよりが……?


「ちょっとすみません!」


 嫌な予感がして、急いでその人混みをかき分けて進む。

 

「すみません! 本当にすみません!」


 なんとか前に進んでいくと、すぐに地面に仰向けに倒れている女の子が見えた。



 ――俺と同じ高校の制服を着ている女の子が倒れている。



(良かった、ひよりじゃないみたいだ……)


 肩まで長い黒髪、耳元には純白の蝶型のヘアピンがついている。


「あれは――」


 倒れている女の子には見覚えがある……。


 同じクラスの今村いまむらあかね


 クラスで可愛いと噂されている女子だ。

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