第2話

 僕の人生を振り返るうえでほかのだれかには語らないけど語らずしては僕を語ることはできない人物。大西直治おおにしなおじその人と彼の失踪。そのことについて話していこうと思うのだけれど、その前に行っておきたいことがある。それは僕が死んだら、僕が持っている彼の手記を誰にもだれないように海に捨ててほしいんだ。きれいな海がいい、白浜とか天橋立みたいなところ、ここから遠いけど江ノ島とかがいいな。景色がいいとなおのこといいな。これは彼のためではなくて僕のためにやる行為だと思ってやってくれないかな。誰にも知られたくないんだよ。海に彼の思いを捨てるんだと思わないでくれないか、ただ彼の思いを受け止めてもらうんだよ。彼がそうしたように。だから、そのためにもきゃんと聴いてほしいんだ。

 君にとっては赤の他人だろうけど、僕は彼のために会社を立てて、ここまで大きくしてきたんだ。妻のためでも、子供たち、ましてや社会のためにだなんてこれぽっちも考えてはいなかったんだよ。結婚したのも子供を作ったのも本当は本意じゃなかったんだけど、これも世間体のため、正確に言うと彼の影をほかのだれにも感じさせないためだよ。これで君もちょっとは興味を持って聴く気になったんじゃないのかな。僕はメディアが取り上げるようなできた人間じゃないんだ、だからそんなに身構えずに聞いてほしいんだよ。いいかい。

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