第2話 後の事は考えない

 マリアベル様の葬儀は何事もなく、無事に終わった。

 厳しくも優しい女王として民衆に慕われていた彼女の葬儀には、王都以外からもたくさんの者たちが集まった。

 他国からもわざわざ飛竜に乗ってやってくる者たちもいたようだけど、僕には関係ない事だ。

 執務室で政務に励んでいるファスタ公爵――じゃなくて、新国王の予定のアーノルド陛下に挨拶をしたらとりあえず城の外に出よう。

 僕がクッションの上で伸びをしてから床に飛び降りると、アーノルド陛下が「少し休む。下がれ」と言って部屋にいた人たちを全員外に追い出した。

 全員出て行った事を確認してから懐から取り出した杖を一振りすると、彼は僕を見下ろした。


「もう行くのか?」

「見るべきものは見ましたから」

「そうか。それで、どこに行くか決まったのか?」

「一週間考えてみましたが、特に行きたいところが思いつきませんでした。とりあえず、故郷にでも帰ろうと思います。今後仕送りがない事も伝えないといけませんから」

「その事は心配するな。マリアベル様の遺言書に、レイモンドが在籍していた孤児院に仕送りを続けるようにとあった」

「なぜでしょうか?」

「マリアベル様はお前にそれほど感謝していたって事だろうが……真意は分からん」


 肩をすくめたアーノルド陛下は「だから孤児院の事は心配せずとも大丈夫だ」と言って笑った。

 きっと、孤児院の事を気にして自由に生きられないんじゃないか、とか思ってそうしてくれたんだろう。マリアベル様に借りができてしまう気がするけど、有難く受け取っておこう。

 ただ、何もしていないのに報酬をもらうのはやっぱり気が引ける。

 恩返しじゃないけど、あの愚かな元王弟に追い打ちをかけてもいいかもしれない。

 アーノルド陛下に開けてもらった扉から部屋の外に出た。

 長い廊下やら階段やらを短い足四本をせかせかと動かして移動する。

 移動中、騎士やらメイドやらが僕を見てくるけど、止められる事はない。前国王の愛猫だからだろうか。

 日が暮れているので外は暗いけど、猫の目は暗いところもよく見えるから便利だ。

 城を出て、門を越え、貴族街の通りをトコトコと歩く。

 道行く人たちは使用人ぽい見た目の人たちばかりだ。行き交う馬車はどこかの貴族の紋章が必ずついている。

 ただ、僕が目指している人の紋章をつけた馬車は見当たらなかった。記憶を頼りに向かうしかない。

 ひたすら歩き続けてついたのはマリアベル様の弟である方のお屋敷だった。

 思わず通り過ぎてしまいそうになったのは、僕の記憶よりも寂れてしまっているからだろうか。マリアベル様の命によって暗躍していた頃はまだ羽振りが良くて、この時間でも明かりがついていて騒がしかったのに、今は夜の闇に溶け込むかのように静かだ。

 門番を雇うお金を工面できなかったのか、それとも見限られてしまったのか、正面玄関には誰もいない。

 するりと鉄柵をすり抜けて中に入っても呼び止められる事もない。

 足音を立てないように気を付けながら進んでいる間に、どうしてくれようかと思案する。

 マリアベル様の弟であるギルバード様は、マリアベル様の息子の殺害を命じた人だ――と、思われている。物的証拠が何一つ出て来ず、証人も消されてしまったため真相は闇の中だ。

 ただ、僕が暗躍していた頃に本人が口を滑らせていたので、まあ間違いないだろう。

 国が乱れて疲弊する事を嫌ったマリアベル様は泣き寝入りしてしまったが、当時と今では状況が違う。

 その頃はギルバード様の権力も財力も凄まじかったけど、今ではもうお金もなく権力もほとんどない。

 僕が十歳の頃に神様から授かったギフト『変身魔法』を使って忍び込み、悪事を徹底的に調べ上げたからだ。本当はマリアベル様のご子息の殺害を命じた事と結び付けたかったけど……今更か。


「簡単に命を奪ってしまったらつまらないし…………唯一残ったこの屋敷でも壊してしまおうか」


 マリアベル様の大事な物を奪った男には、命以外のすべてを失う事が良いような気がしてきた。

 早速、屋敷を壊してしまおうと思ったけど、そのためには適した体にならなければならない。

 僕はギフト『変身魔法』を発動した。

 体が光に包まれたかと思えば、見る見るうちに体が大きくなっていく。骨格が変わり、背中からは黒くて禍々しい翼が生えた。ふわふわの猫の尻尾はとてつもなく固い鱗に覆われ、肉球に隠されていた爪は剥き出しになる。首が伸びて顔つきも変わったのが分かった。

 屋敷と同じくらいの大きさにまでなったところで、なにやら鉄柵の向こう側が騒がしくなり始めた。まあ、当然か。貴族街のど真ん中にいきなり龍種が現われたんだから。


「キャーーー!」


 甲高い悲鳴と共に、屋敷の中を移動する気配を感じた。

 どうやらギルバード様は夜のお楽しみ中だったようだ。そんな相手を見繕うくらいなら、屋敷の警備を雇ったらいいのに。

 そんな事を思いつつ、人の気配が全くしない場所から建物を壊し始める。

 右前足をグッと持ち上げて、思いっきり叩きつけるだけで建物が壊れてしまった。

 …………流石に昔遭遇したブラックドラゴンの上位種に変身したのはやりすぎだったかもしれない。

 そんな事を考えながら建物を壊していると、どうやらギルバード様が寝室からやっと動き始めたようだ。力加減を間違えないようにしつつ、追い立てるように建物を踏み潰していく。

 ただ、あとちょっとで全部壊せそう、というところで竜騎士隊が飛んでくるのを感じた。

 本当だったらここら一帯を更地にしたかったんだけど、仕方ない。さっさとずらかろう。

 僕は竜騎士に追われながら、慣れない翼を羽ばたかせて十年過ごした王都を後にするのだった。

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