元影武者は自由に生きろと言われたので自重しない

みやま たつむ

第1話 雇い主との死別

「私が死んだら、貴方は自由に生きなさい」


 いつだったか、僕の雇い主だったマリアベル様が仰った事を実行する時が来たようだ。

 まだ日が昇る前の時間帯にも関わらず、マリアベル様の部屋に医者が慌てた様子でやってきたが時すでに遅し。

 マリアベル様は数時間前に息を引き取っていた。

 女王であった彼女が亡くなって上を下への大騒ぎになっている。室内でくらい静かにしてほしい。マリアベル様が安らかに眠れないじゃないか。

 そんな事を考えながら、枕元にちょこんと香箱座りの姿勢でいると、宮廷侍女の一人にひょいっと持ち上げられてしまった。


「デイビッド、ちょっとあっちに行っててね」


 涙声でそういう侍女の顔を見上げると、彼女はポロポロと涙をこぼしながら僕をベッドの近くにある僕用のベッドの上にそっと置いてくれた。

 もう少しマリアベル様の安らかな表情を眺めていたかったけど、仕方がない。ここで大人しくしていよう。ここからでも十分見る事ができるし。

 のんびりと彼女の眠っているかのような安らかな顔を眺めながら、ボーッと過ごしていると、次の国王になる予定のファスタ公爵がやってきた。

 マリアベル様の遠縁にあたる彼が次の国王になるのはマリアベル様の意向によるものだ。

 まあ、マリアベル様の弟が何も変な事をしなければ、だけど。


「席を外してくれ」


 ファスタ公爵の指示で、部屋に残っていた医師や侍女たちが部屋から出ていく。

 先程の侍女は、出ていくついでに僕も部屋の外に出そうと思ったのか、抱き上げてきたけどファスタ公爵が彼女を止めた。


「デイビッドは置いていけ。マリアベル様の愛猫だ。きっとそばにいて欲しいだろう」

「かしこまりました」


 そっとベッドに戻された僕は、侍女が部屋の外に出て行くのを見送った。

 公爵が懐から取り出した杖を一振りしてから僕に視線を向けて口を開いた。


「本当に病死なのか?」

「十中八九病死でしょう。僕の知らない呪いの魔法の可能性もありますが、その場合は宮廷魔導士の誰かが分かるはずですよね?」

「買収されてなければ、な」

「あのお方の事を心配されているのですか? マリアベル様に何かしらちょっかいをかける事ができるほどの力は残っていなかったと思いますが……。いずれにしても、何者かの魔力を感じる事はありませんでした」


 僕がそう断言すると、ファスタ公爵はただ一言「そうか」とだけ呟いてマリアベル様の安らかな顔をじっと眺めるのだった。




 朝日が昇り、しばらくするとやっと公爵様は動いた。


「レイモンド、お前はこれからどうするつもりだ?」


 レイモンドというのは、僕の本当の名前だ。

 マリアベル様の愛猫のフリをしている間は、デイビッドという名前なんだけど……まあ今更か。


「外の世界を見てみようと思います。マリアベル様に自由に生きろと命じられましたから」


 十歳の頃にマリアベル様に雇われてから僕はそのほとんどをマリアベル様のすぐ近くで過ごした。

 今までの人生の半分以上マリアベル様に仕えていたから、正直世間については疎い方だろう。言われるがまま過ごしてたし。

 任せられた仕事柄、故郷に帰る事ができていなかったけど、一度顔を見せに戻ってもいいし、別の国に行ってみるのも面白そうだ。

 マリアベル様から直接頂いていたお給金の半分以上は世話になっていた孤児院に送っていたけど、それでもしばらく遊んで暮らせるだけのお金はある……はずだ。


「できれば、雇いたいのだが……」

「申し訳ございませんが、女王陛下のご命令ですので、次期国王であらせられるファスタ公爵の命令でもお受けできません。ですが、そうですね……外の世界を見るのに飽きたらそれも面白そうです」

「そうか。気長に待つとしよう」


 ファスタ公爵様はそう言うと、部屋から出て行った。

 僕もそろそろ外に出るのもありかな、と思ったけど……とりあえず、マリアベル様の葬儀が無事に終わるまでは見守ろうと思ったので、再び彼女が横たわっている枕元に香箱座りの姿勢で居座る事にした。

 …………うん、やっぱり最近見た中で一番安らかな顔だ。

 今にもパチッと目を開いて起き上がりそうな感じがするけど、結局彼女が再び起き上がる事はなかった。

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