12 山賊襲来

 ツクシは俺の偽名をガン告知のように受け止めていて、悲痛なピアノのメロディが頭の中で鳴っているような表情になっていた。

 よほどショックだったのだろう、ティアラの白バラまでしおれている。

 しかしやがて、未練を振り払うように首を左右に振った。


「た……たしかにアンノウン様は、旅立ちの前におっしゃいました。この旅は、世を忍ぶ姿での世直しであると」


 水戸黄門か俺は。


「そういうことなら、かしこまりました……。これからは、ダーク様とお呼びさせていただきます……」


 ツクシはひとりで結論を出し、苦虫を飲み込んだような顔で渋々と頷いていた。

 ちょっと理由が引っかかるが、納得してくれたのでよしとしよう。


「ですが……」


「ですが、なんだ?」


「ふたりっきりのときは、アンノウン様とお呼びしてもよろしいでしょうか……?」


 思わずドキリとしてしまった。

 ツクシの表情は本当にコロコロとよく変わる。さっきまで苦虫顔だったのに、いまは継父に初めて甘える幼子のよう。


 そのギャップは破壊力抜群でマジでかわいすぎるだろって思ったりもしたが、それ以上に昔のセツを想起させた。

 セツが小学四年生になったばかりの頃、もじもじしながら俺にこんなことを言ったんだ。


『あの……おにいちゃん……。ふたりきっりのときはおにいちゃんじゃなくて、ウンくんって呼んでもいい……?』


 セツがなんでそんなことを望んだかわからんが、本人的にはとても大切なことのようだったので、俺は快諾した。

 それなのに……いまじゃウンコ野郎だもんな、どうしてこうなった。


 俺は懐かしい思い出に浸るあまり、ついやっちまった。


「ああ、好きなように呼んでくれ」


 当時セツにしたみたいに、ツクシの頭に手を置いてしまう。

 ツクシの髪はふわっとしていた。撫でてみるとハリとコシがあって、指通りがよくサラサラ。


 まるで、最高級のシルクみたいな触り心地だった。

 あまりに気持ちがいいでつい撫で回しちまったが、途中でとんでもないことをしてしまったと後悔する。


「あっ!? す、すまん! つい……!」


 俺はとっさに手をどけて後ずさる。こんなの完全なる痴漢行為じゃねぇか。

 表情豊かなツクシのことだから、おぞましくてたまらないような顔になっているに違いない。

 悲鳴をあげられるのも覚悟したが、返ってきたのは「ふわぁ……!」ととろけるようなため息だった。


「あ……アンノウン様にナデナデしていただけるなんて……! まるで、夢みたいです……! ツクシはもう死んでしまったのでしょうか……? はい、もう死んでも悔いはありません……!」


 まるで昇天している真っ最中みたいな表情。

 ティアラの白バラは、天国のバラみたいに咲き誇っていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 さまざまな思惑をのせて、俺たちは首都高4号新宿線へとあがる。

 下の道路と違って、首都高には自動運転の車は走っていない。

 俺以外の人間がいなくなって渋滞もなくなったので、流通が下の道路だけで賄えるようになったからだ。


 おかげで高速道路は整備用の車やサービスエリアへの補給車がたまに通る程度となっていたので、道路上では鳥がくつろいでいた。

 高速道路というのは都会的で未来的なイメージがあるが、いまは田舎のあぜ道とたいして変わらねぇ。


 マーチャンたちの荷馬車は時速10キロ程度だったので、併走していると余計そう感じる。

 こんなにゆっくり高速道路を走ったのは初めてだぜ。


 さらに途中には異世界の地形も混ざっていて、そのぶんだけ道路が長くなっているようだった。

 深い森や大きな湖という大自然の中に高速道路が通っているのは、なんとも不思議な光景だった。


 しかしこんなに遅くて距離も長くなってたんじゃ、水道橋に着く頃には夕方になりそうだな。

 ま、ノンビリ行くか。


 やがて俺たちは、ビル群のように大樹が立ち並ぶ地帯へと入った。

 梁のような太い枝があちこちから伸びてちょっとした緑の屋根みたいになっていて、高速道路にいるというのに木漏れ日を感じる。

 森林浴気分を味わっていると、突然【異世界GO】のスマートウインドウが開いた。


『前方400メートル、後方100メートルにモンスター出現。馬に乗った人型のモンスターです』


「なに?」


 スナイパーモードにしたグンニグルを構えてスコープを覗く。

 大樹の枝の上に、馬に乗った山賊の一団がいて、次々と高速道路に飛び移ってきていた。


「ヒャッハー! 獲物が来たぜぇ! 挟み撃ちだ、やっちまえーっ!」


 そんな声が聞こえてきそうだった。


「おいテス、前と後ろ、どっちの山賊のほうが速くこっちに着く?」


『距離は後方のほうが近いですが、モンスターたちの現在の移動速度から予想すると、前方が先に接触します。後方から先に襲い掛かると標的にスピードを上げられ、突破される可能性があるからでしょう』


「よし、わかった!」


 俺はアクセルレバーをひねり、羊の群れを追い立てる牧羊犬のごとく馬車を抜き去り、先頭まで向かう。


「マーチャン、山賊だ!」


 先頭馬車の御者席にいたマーチャンが、「ええっ!?」と飛びあがる。

 マーチャンはすぐさま帆馬車の屋根にあがり、手をひさしのようにして遠くを警戒していた。


「どこ!? どこなの!? 山賊なんて、どこにも見えないけど!?」


「まだ遠くにいる! 俺たちを挟み撃ちにするつもりみたいだから、スピードを上げて逃げろ! その間に俺は、前方から来るヤツらを潰してくる!」


「ええっ!? たったひとりで!? そんなムチャな……ああっ!?」


 マーチャンの言葉が終わるより早く、俺はギアをトップに入れる。


「「はっ……はやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」


 マーチャンとツクシのハーモニーを置き去りにするほどに一気に加速した。

 ツクシの髪が黄金の御旗のように翻る。彼女はこんな時でも背筋を伸ばして座っているので、突風をモロに受けて変顔になっていた。しかし、それでもかわいいってのはどういうことだ。


「はっ……はっ……! はわわわっ……!? こ、こんなに速い乗り物が……あるなんて……!? 雲を通り越して、もはや雷ですっ!」


「もっと飛ばすから、しっかりつかまってろよ!」


「はっ……はひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 行き詰まるほどの加速。身体は風と一体化し、世界は風鳴りの音だけになる。

 俺はリンドブルムを自動運転に切り替え、グンニグルもアサルトモードに切り替える。

 ダットサイトを覗きこみ、馬に乗る山賊の群れを捉えていた。


 ついクセで、赤点を頭に合わせてしまう。危うく引き金を引きそうになり、「おっと」となる。

 ヤツらはまだ、一線は越えていない。


『殺さないのですか?』


「懲らしめるだけだ。テス、殺さずに反省させるいい方法はねぇか?」


『でしたらヒザを撃つというのはどうでしょう? ストッピングパワーを調整すれば殺さずに落馬させることが可能です。またヒザの靱帯と半月板を損傷させれば、少なくとも当分の間、強盗傷害に類する行為はできなくなります』


「まともに歩けなくなるってことか。当分って、どれくらいだ?」


『アストルテアの医学だと、一生ですね』


「そっか」


 そうこうしているうちに、ヤツらの声と蹄の音が耳に届いた。


「なんだぁ!? すげー速さでなんかこっちに来てるぞ!?」


「鉄の馬だ! 鉄の馬に人が乗ってやがる!」


「あれって乗れるもんだったのかよ!? ヒャッハー! 奪っちまおうぜ!」


 山賊どもは意気込んで馬に鞭打っている。だがそんな表情ができるのも、あと数秒だろう。


「……俺に見つかったのが、悪運の尽きだったな」

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