11 マーチャンとの取引
少年のその声で、うなだれていた商人たちは一斉にこちらを見た。
俺は手招きする。
「おいみんな、水をやるから集まれ!」
それから俺は自動販売機のボタンを連打、取り出しと手渡しをツクシに任せて水を配りまくる。
商人たちは大喜びだった。
「う……うまぁーーーーいっ!? こんなうまい水、初めてだ!」
「こんな混じりっけのない水があるのかよ!? まるで神様がくださった水だ!」
「ああっ、生き返った! ああっ、ありがとう、あなたは救いの神のようです!」
「いいえ! まるで神様がくださった水ではなく、神の御業のお水です! 救いの神のようではなく、神そのものなのです! みなさん、アンノウン様に感謝の祈りを捧げましょう!」
いちいち訂正するツクシ。とうとう教祖のように両手を広げていたが、商人たちは笑っていた。
「あはははは! そこにいる男がアンノウン様だって!?」
「そんなわけないでしょう! 神様なんているわけがないんだから!」
ツクシはムキになって言い返していたが、相手にされない。
商人たちの中に紛れていた少年がツカツカと歩みでて、ツクシの手からペットボトルをひったくった。
「そんなこと言って! キミの魂胆はわかってるよ! お布施をがっぽり頂こうっていうんでしょ!? 神様なんていないんだよ! こっちには、ちゃーんと証拠もあるんだから!」
少年は商人たちをかきわけ、一台の馬車の前へと歩いていく。
それは檻馬車で、中には小学校低学年くらいの幼い少女が入れられている。
少女は粗末な貫頭衣を着ていて、髪はボサボサ、前髪のかかった瞳はいっさいの光がなかった。
「ほら、飲みな」
少年から渡された水を黙って受け取った少女は、両手でペットボトルを持ってこくこく飲みはじめる。
しかし渇いているはずなのに表情ひとつ変えず、水を飲む仕草も燃料補給のようにしか見えなかった。
年端もいかない子供なのに、いったいどんな人生を歩んだらこんな抜け殻みてぇになっちまうんだろう。
少年は手のひらで檻の中の少女を示しながら、シニカルな笑みをツクシに向けていた。
「神様がいるんだったら、こんな子はいないはずだよね? みんなキミみたいに美しい姿になって、きれいな服を着られて、幸せに暮してるはずだよ」
「そ……それは……!」
言い返そうとするツクシを、俺は手で遮る。
「もしかして、その子は奴隷か?」
すると、少年はアハッと笑った。
「そんなの、見ればわかるでしょ! あっ、違法な奴隷だと思ってる? 首のとこ見てみてよ、ちゃんと奴隷の証もあるから」
俺は檻馬車の近くまで歩いていき、少女の首筋を見る。
そこには鎖の首輪のような見た目の、焼印の跡があった。
「異世界だと、奴隷は合法なのか……?」
『はい、アストルテアでは奴隷はありふれたものです。牛や豚の一種として扱われたり、工芸品の一種として扱われています。ようは、社会をなす産物のひとつということですね』
「マジかよ……!?」
俺は「異世界といえば、やっぱ奴隷だからな!」なんて言っていたが、それはあくまでフィクションでの話だ。
まさかこんな幼い子が、動物みたいに檻に入れられて売買されているなんて……。
それはあまりにもショックな事実だった。目の前の少女と、幼い頃のセツの姿が、俺のなかでだぶる。
俺は握り拳を固めながら、商人たちのほうに向き直る。怒りのあまり、つい声が抑えられなくなっちまった。
「おい! リーダーは誰だ!? この子を自由にしろ!」
すると、背後から声がする。
「リーダーはボクだよ」
振り向いた先にいたのは少年だった。
年の頃が中学生くらいだったので、とてもリーダーには見えなかった。というかいでたちも商人には見えず、どちらかというといいとこのお坊ちゃんみたいだった。
丸いキャスケット帽を被ったショートカットの髪、シャツの上にはサスペンダーを付けたショートパンツ。
それにハイソックス……ハイソックス、だと?
「もしかして、キミは女か?」
その質問が気に障ったのか、少年はフンと鼻を鳴らした。
「それ、いま関係ある?」
「あ……それもそうだな、とにかく、この子を自由にしてやってくれないか」
少年は「いいよ」とあっさり言い、ちょうだいと手を出す。
「50……いや、500万
「なんだと?」
『
「なに? 500万で売るってのかよ?」
「当たり前でしょ、商品をタダで渡す商人がどこにいるのさ」
「さっき水をやっただろうが」
「ボクはくれって頼んでないよ? キミが勝手にくれたんじゃない」
「この……!」
俺はアストルテアの通貨どころから、もう長いこと日本円すら持ったことがねぇ。
実力行使という手もあるが、それをやったらいままで俺がぶちのめしてきた悪人どもと同じになっちまう。
歯噛みをしながらどうしようか考えていると、少年はこちらの困窮を見透かしたように言った。
「じゃあさ、ボクらの護衛をしてよ」
「なに?」
少年は手のひらで、頭上にそびえる高速道路を示す。
「ボクらはこれからこの石の山道を通って、【タップウォーターブリッジ】にある街まで行くんだ。そこまで護衛をしてくれたら、奴隷の子をあげるよ。オマケで檻も付けてあげる」
【タップウォーターブリッジ】? 異世界の地名か? と思っていたら、『水道橋のことを、彼らはそう呼んでいます』とテスが教えてくれた。
水道橋なら、高速を使えばあっという間じゃねぇか。あ、でも荷馬車だと時間が掛かるのかもしれないな。
「石の山道は便利なんだけど、見通しがいいから山賊が多いんだよね」
なるほど、そういうことか。
俺はどのみちこの高速を使って秋葉原にいくつもりだったから、ちょっとした寄り道になる程度だ。
「よしわかった、いいだろう。でも、俺ひとりで大丈夫なのか?」
すると少年は肩をすくめながら視線を移す。そこには俺が乗りつけたリンドブルムがあった。
「あの、鉄の馬に乗れるなんて……。キミは神様じゃないけど、ただものでもなさそうだからね」
「そうでもねぇさ」と無難な相槌を打っておく。
「そうなの? でも取引は成立だね。じゃ、さっそく出発しようか、時は金なりっていうしね」
少年は仲間の商人たちに出発の指示を出す。その途中で振り返って俺に聞いた。
「あ、そうだ、名前を聞くのを忘れてた。ボクはマーチャン。キミは?」
本名を名乗ろうかと思ったが、そういえば俺のフルネームはアストルテアの神様と同じだった。
少し考えてから、ある名前を口にする。
「ダーク・クラウドだ。ダークって呼んでくれ」
「ふぅん、ダークくんか、よろしくね」
それはネットゲームで使っている名前で、本名の【
【の】を取って【あんうん】⇒【暗雲】⇒【ダーク・クラウド】というわけだ。
このネーミングは異世界的にはどうなんだろうと思ったが、アンノウンと名乗るよりはよっぽどマシだったであろう反応がマーチャンからもらえた。
しかしもうひとりの異世界人は、そうではなかった。
「そ……そんな……!? アンノウン様は、アンノウン様です……! それ以外のどなたでもありません……!」
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