10 商団を助ける

 やれやれ……ふらっと立ち寄っただけの村なのに、おおごとになっちまった。

 神様にまつりあげられて、その上お供までできるなんて……。


 俺は村の外に停めておいたリンドブルムにまたがりながら、サイドカーの革張りのシートにちょこんと正座するツクシを見下ろしていた。靴はちゃんと脱いでいて、揃えて足元に置いている。

 しかしなんど見ても、めちゃくちゃかわいいな……等身大のフィギュアみてぇだ。


 見とれていたところに視線がぶつかって、俺は心臓が跳ね上がりそうになった。

 昔からのトラウマのせいか、美少女と目が合うのはマジで心臓に悪い。


「あの、アンノウン様、こちらは何なのでしょうか?」


「あ……ああ、これはバイクっていう乗り物だ」


「乗り物ということは、馬車のようなものなのでしょうか? でも、お馬さんがおられないようですが……?」


「コイツが鉄の馬みたいなもんかな。名前はリンドブルムだ」


「そうなのですね。お馬さんとはつゆ知らず、大変失礼いたしました。リンドブルムさん、どうかよろしくお願いいたしますね」


 ツクシはサイドカーから乗り出すと、慈しむようにフロントカウルを撫でる。


「それよりツクシ、シートには正座じゃなくて椅子みたいに腰掛けてくれるか。靴も穿いてくれ」


「はい、かしこまりました」


 素直に頷き、居住まいを正すツクシ。


「あといちおう、シートベルトもしてくれ」


「しーとべると、ですか……?」


 そっか、バイクを知らないヤツがシートベルトなんて知ってるわけがないよな。


「ああ、安全装置の一種だ」


 俺はシートに跨がったままシートベルトの位置と使い方を教えてやった。

 ただそれだけのことだったのに、大変なことになる。


 ……こ……これがウワサの、パイスラッシュ……!?

 実物を見たのは初めてだぜ……!


 谷間にシートベルトが食い込み、ただでさえ大きな胸がより強調されて、形がハッキリと浮き出ている。

 さらにそのすぐ下にはかわいいおへそが出ていて、もはや衝撃映像といっていいレベルだった。


「身体を拘束されているみたいで、なんだかドキドキします。これで、ツクシは安全なのですよね?」


 しかもそんな格好で、はにかみながら上目使いをされた日には……。


「き……危険すぎるやろーっ!?」


「ええっ!?」


 準備だけでもこんな調子だったので、出発してからも大変だった。


「えっ!? あっ……わっわっわっ!? は、走ってます!? リンドブルムさんは鉄でできているのに、お馬さんよりずっと速いなんて!?」


 ちょっと走り始めただけで、ツクシは大興奮。

 新幹線を知らない田舎の子供が初めて乗ったみたいに、アタフタあちこち見回している。

 まだ40キロくらいしか出してないんだけどな。いつもみたいに200キロとか出したらショック死するんじゃなかろうか。

 とりあえず、少しずつスピードを上げて慣していこう。これは、長い旅になりそうだぞ……と覚悟したのだが、


「ま……まるで、雲に乗っているみたいです! まさしく、神の御業でございます!」


 感動に瞳をキラキラさせるツクシを見て、それもまあいいかな、と思った。


 俺には残滓を探すという新しい目的があったが、とりあえず当初の目的地である秋葉原に向かうことにする。

 残滓は探して見つかるものじゃなさそうだし、だったら【異世界GO】を楽しみつついろんなところに行くほうがいいんじゃないかと思ったからだ。


 村のあった森を抜けると代々木駅付近の道路に出たので、最寄りの首都高を目指す。

 代々木は渋谷と同じく、人っこひとりいない。

 無人の街中を走っている最中、ツクシは夢の国に来たみたいにあたりを見回していた。


「すごい……すごいです! これがアンノウン様の住まう、神様の世界なのですね……!」


「ツクシは、あの村から出たことはないのか?」


「はい、ほとんど出たことはありません。こちらの世界に来たばかりの頃は、リンデンバウムを探して各地を旅するつもりでおりました。しかし情勢が不安定でしたので、先ほどの村に滞在させていただいた次第です」


「そっか……見つかるといいな、お前の国」


「はいっ! アンノウン様をお連れすることができれば、多くの民をアンノウン様の奴隷にできますから!」


 なんかとんでもねぇことを言ってるが、とりあえず俺は聞き流すことにする。

 そうこうしているうちに、首都高4号新宿線の入口に着く。


 そこには、思わぬ先客がいた。


 商団らしき帆馬車の群れが停まっていて、首都高の入口を塞いでいた。

 馬車のまわりには商人っぽい格好をしたヤツらがへたり込んでいる。

 俺はもう異世界人に慣れつつあったので、リンドブルムを横付けしつつ尋ねた。


「どうした、なにかあったのか?」


「み……水……水を……」


 商人のひとりが、息も絶え絶えに助けを求めてくる。

 彼らは行商の途中で山賊に襲われ、逃げ切るために水の入った樽を捨ててしまったそうだ。


 道にも迷ってさまよい、なんとかこの【石の山道】にたどり着いた時点で限界を迎えてしまったらしい。

 馬も歩けなくなっていまにも干からびそうになっていたのだが、それはなんだかシュールな光景に見えた。


 東京都内、しかも新宿のすぐ近くの代々木、高速道路の入口だいうのに、まるで砂漠のど真ん中に取り残されたかのように絶望している。


 商人の仲間であろう少年が、自動販売機の側面によりかかってグッタリしていた。

 そこからちょっと手を伸ばしてボタンを押せば、水なんてすぐに手に入るのに。

 そんな俺の考えを見透かしたかのように、頭の中で声がした。


『彼らは自動販売機で飲み物が手に入ることを知りません。たとえその知識を得たとしても、エレメントのない彼らには自動販売機は使えません』


 そっか、そういやそうだったな。

 現代人は赤ん坊の時からすでに、母親から受け継いだエレメントが血中にある。エレメントはナノマシンよりもずっと小さく、血液に乗って体内を循環し、体外に排出されることはない。


 そのエレメントがあるおかげで個人識別が容易となり、また機械がなくてもスマートウインドウが利用でき、現金が無くても買い物ができる。


 実をいうと代々木の街中を走ったとき、ちょっと疑問に思ってたんだ。

 異世界人たちは、なんで街中に住まないんだろうか、と。


 その理由がいまわかった。異世界人にはエレメントが無いからだ。

 エレメントが無ければ店や家には入れないし、自動販売機のボタンを押してもなにも出てこない。もちろん電車やタクシーにも乗れない。

 無理やり店に入ろうとたしり、自動販売機を壊そうとしたら防犯ドローンが飛んできてあっという間に捕まっちまうだろう。


 ショーウインドウの向こうにはうまそうな食いものがあるってのに、買うこともできないなんて拷問だよな。

 異世界人にとって現代社会の街中ってのは、野生のクマにとっての人里に等しいのかもしれない。


 俺はちょっとだけ、憐れみのようなものを感じてしまう。

 自動販売機に歩みより、水のボタンを押した。


 ガチャンと落ちてきたペットボトルを取りだし、フタを取って少年に差し出す。


「やるよ」


 すると少年はカッと目を見開き、その水が巨大なダイヤモンドであるかのように凝視していた。


「えっ……? な……なに? なに、こ、この透明な入れもの……? 紙みたいに薄くて軽いのに、ガラスみたいに丈夫で、透き通ってるなんて……?」


 まず材質を気にするなんて、いかにも商人らしい。

 少年はごくりと喉をならすと、ままよとばかりに飲み口に唇を寄せる。


 ぐいっと一気にあおって、歓喜の雄叫びをあたりに轟かせていた。


「み……水だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!? それも、最高の水だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」

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