09 皇女が奴隷に
セツはオフクロに似て美人で背が高く、男からも女からも大人気だった。
読者モデルとしてスカウトされたみたいで、コンビニに置いてあるティーンズ向けのファッション誌でよく見かけた。
脚を出すコーディネートが好きで、スカートもジーンズもありえないくらい丈が短かったんだけど、俺や教師にいくら注意されても止めなかった。
日常でも紙の上でもずっと美脚を披露していたが、そのポリシーは異世界でも変わらないようだ。
目の前にいるモンスターが俺だって知ったら、セツはどんな顔をするだろうか。
喜んでくれるだろうか、それともこっちの世界にいた時みたいに、蔑みきった顔をするだろうか。
いまの俺はきっと、複雑な表情を浮かべていたに違いない。でもそれすらも、セツには伝わらない。
セツは「ん~っ」と伸びをしてから立ち上がっていた。
襲われそうになったショックは、少し休んだら回復したようだ。
「なんかよくわかんないけど、助けてくれてあんがとね。ここはハズレみたいだし、そろそろ行くわ」
セツは腰に下げていたポーチから小さな水晶を取り出すと、虚空に向かってぽいっと投げた。
水晶は赤い光の柱となる。『転送の魔術ですね』とテスの声がした。
セツは厚底ブーツを軽やかに鳴らして光の中へと入っていく。
途中で振り返ったので、俺は最後にどうしても尋ねたかったことをジェスチャーで伝えた。
「探してるヤツに会って、なにをするのかって? そんなの決まってんじゃん、大好きだって言うんだよ。もう二度と離さないから、って」
セツは微笑んでいた。それは、俺が死ぬ気になって見ようとしたのに、一度も見ることができなかった顔だった。
「じゃね」
笑顔が、幻のように光に溶けていく。
ま……まて……!
気づくと俺は手をかざしたポーズで、森の中に立っていた。
光の柱はすでになく、まわりに囲いが残っているだけだった。
『時間切れです。残滓が完全に閉じました』
「くそ、タイムオーバーかよ。おいテス、残滓は外にもあるのか?」
『それはわかりません。地球上の情報はすべてデーターベース化されていますが、地球上に転移してきた異世界の情報はまだ収集中ですので。もしかして、残滓を探すつもりですか?』
「当たり前だろ、セツが異世界にいるってわかったんだ。それに、求婚しようとしてるんだぞ。ソイツがクズ野郎だったらどうすんだよ」
ロクでもねぇ男だったら、生きたまま剥製にしてやる。
しかしテスにもわからないとなると、探しようがねぇな。
ひさびさにセツと会ったことですっかり頭がのぼせちまっていたが、三つ指ついて俺を見上げているツクシたちの視線を感じて現実に引き戻された。
「あの、アンノウン様……ツクシたちの力は、お役に立てましたでしょうか……?」
「あ……ああ。キミたちのおかげで助かったよ。それに光の柱は無くなったから、もう心配はいらない」
大きな胸に手を当て、「よかった……!」となで下ろすツクシ。
「まさに神の御業でございます、アンノウン様!」
「とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ」
俺はその場のノリでつい昔のコントの名台詞を口走っちまったが、それが良くなかった。
茂みの中から村人たちが次々と現れ、救いを求めるように俺にすがってきたんだ。
「あ……アンノウン様……! おらたちも奴隷にしてくだせぇ……!」
「どうか、どうか……! アンノウン様の、ご加護を……!」
「この村もとうとう賊に襲われるようになっちまって、アンノウン様だけが頼りなんだ……!」
待て待て。俺がツクシたちを奴隷にしたのはなりゆき上、セツを助けるためで……。
『マスター、今後のことを考えると、奴隷は多いほうがよいのではないですか?』
テスにそう言われてはたとなる。
そういえば、【異世界GOD】は奴隷の数に応じていろんなスキルが使えるようになるっぽかった。
いまはゴブリンを召喚するくらいしかできないが、奴隷を増やしていけばセツの異世界人生を手助けできるようなスキルが得られるかもしれない。
『他にもメリットはあります。奴隷化したモンスターは主人の命令には逆らえません。また、エレメントの保護対象にもなります』
エレメントの保護対象になるということは、防犯設備にも守られるということだ。
そうなれば俺がいなくても、この村を襲う敵は自動的に撃退できる。
人間を奴隷にするなんて、とんでもねぇって思ってたけど……。
この世界なら、けっこうアリだったりするのか……?
俺は悩んだ挙げ句、村人と村を襲った賊を奴隷化することに決めた。
村人が60人で、山賊が30人、ツクシたちとあわせて総勢100人が俺の奴隷となる。
山賊たちは猛犬のように抵抗したが、首輪をしたら借りてきたチワワのように大人しくなった。
腕っ節は立つだろうから、いい働き手となってくれるだろう。
それから警備ドローンを10機ほど呼び寄せ、村の自警団の補佐を命じた。
警備ドローンでも手に負えないような強敵の気配を察知した時は、俺のところに連絡をよこすようにテスに頼んだ。
いろいろあったが、これにて一件落着、かな。
だいぶノンビリしちまったが、残滓を探すという新しい目的もできたので、そろそろここからオサラバすることにしよう。
「今度こそ平和になったから、俺はもう行くよ。じゃ、元気でな」
しかし俺の行く手には、回り込みを得意とする土下座モンスターの姿があった。
「アンノウン様! お願いの儀がございます!」
「まだなにかあんのかよ!? 今度はなんだ!?」
「はい! どうかこのツクシを、旅のお供にしてください!」
「わかったわかった! 旅のお供でもなんでも……え……ええっ!?」
もう少々のことでは動じない自信があった俺だったが、この【お願いの儀】にはさすがに度肝を抜かれる。
そこからツクシはせつせつと訴えてきたのだが、ツクシは【リンデンバウム王国】のお姫様だそうだ。
いっしょにいる少女たちは【聖女】といって、現代でいうところのシスターみたいな存在だという。
リンデンバウムの聖女たちのトップに立っているのが、【聖皇女ツクシ】らしい。
しかしアストルテアからの異世界転移でツクシは両親、つまりリンデンバウムの国王と王妃とはぐれてしまった。
この世界のどこかにあるリンデンバウム王国を探したいそうなのだが、この未知なる異世界は危険でいっぱい。
「なるほど、お供のついでにリンデンバウムに連れてけってことか」
「と……とんでもございません! アンノウン様に、リンデンバウムにお越しいただきたいのです! それに聖皇女は、もとよりアンノウン様に仕える巫女でございます! どうかおそばに置いていただいて、身の回りのお世話などをさせていただきたいのです!」
ツクシはやる気マンマンのレッサーパンダみたいに、正座からスックとヒザ立ちになる。
まっすぐなまなざしで俺を見つめていたのだが、その瞳は青き炎のようにゆらめいていた。
「もし連れて行くことはできないとおっしゃるのであれば、それでも構いません! ツクシはアンノウン様のじゃまにならぬよう、こっそりと後を追わせていただきます!」
こんな慇懃な脅迫、初めてだ。
ツクシとは会ってまだ数時間しか経っていないが、これだけはわかる。彼女は本気だ。
見るからにギャルで強気そうなセツだって、異世界じゃあんなに襲われてんだ。清楚で大人しそうなツクシなんて言うまでもないかもしれない。
こっそり後を追うなんてことをさせたりしたら、寝覚めが悪いことになるような気がする。
「わかったよ。ちょうどサイドカーは空いているし、連れてってやるよ。しかしこれだけはハッキリ言っとく、俺は神様じゃねぇからな」
「か……かしこまりました! ご身分を隠されての旅というわけですね! このツクシ、いっしょうけんめいお尽くしさせていただきますっ!」
まったく、いまはなにを言ってもムダそうだな。まあ少し連れ回してやれば、こんなオッサンが神様じゃないことくらいすぐわかるだろう。
魔法が解けたら俺を視界に入れるのも嫌がるだろうから、そん時はまたこの村に連れてくりゃいい。
俺が旅立ち前から送り帰すことを考えているとも知らず、ツクシは豊かな胸に両手をあてがい万感の表情。
その仕草がかわいかったので、呆れるやらほっこりするやらだったが、俺は彼女のこのあとの行動を察して機先を制した。
「そうだ、ひとつ条件がある」
「さっそくご用命を頂けるのですね!? はい、なんでしょう!? なんでもお申し付けください!」
「土下座はやめてくれ。それが、いっしょに旅する条件だ」
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