08 大切な人
怒号と悲鳴、涙と血飛沫が交錯し、
しばらくしてチンピラどもが動かなくなったので、俺は「止め」の指示を出した。
ゆっくりとチンピラどもに近づく。アゴでゴブリンに命じると、ゴブリンたちはチンピラの髪をガッと掴んで上を向かせた。
「お……おねがい……しま……す」「も……もう……ゆるし……て……」
風船のように膨らんだ顔、末期の息で許しを乞うチンピラども。
俺は聞こえないのを承知で、ヤツらに言ってやった。
それと同じことを、セツは何度も叫んでただろ?
お前らはそれで、許してやったのか?
俺は自分なりの一線を持っている。
それは、【人間はむやみやたらと殺さない】ということ。
村を襲っていた山賊たちをキャプチャーモードで戦闘不能にしたのもその理由からだ。
しかし、コイツらは踏み越えやがった。
大切な妹に狼藉を働くという、一線を……!
容赦という名のリミッターはすでに外れている。
俺が音もなく指を鳴らすと、ゴブリンたちはチンピラどもの身体を胴上げのように抱え上げた。
そのままワッショイワッショイと通路の向こうへと運んでいく。
「なっ……なんだ?」「な、なにをするんだ?」
チンピラどもは不安のあまり息を吹き返し、もがきはじめた。
曲がり角の先で降ろされると、ゴブリンたちはチンピラどもを四つん這いにする。
「ま……まさか……!?」「や、やめてっ……!」
ヤツらは曲がり角の向こうにいるので、俺からはその姿は見えない。
見たくもねぇし、セツにも見せられねぇからな。
俺はゴブリンにこう命じていた。
襲われる女の恐怖と恥辱を徹底的に味わわせて、死んだほうがマシだと思えるような身体にしてやれ、と……!
「「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
女々しい悲鳴が
「ひっ……!?」
小さな悲鳴に視線を移すと、セツがへたりこんだまま壁際に貼り付いていて、真っ青な顔で俺をじっと見つめていた。
「や……やめて……! 乱暴しないで……!」
セツはすっかり怯えている。
無理もないか、チンピラに襲われたと思ったら、いつの間にかそのチンピラが襲われてるんだからな。
しかしふと、あることに気づく。
あれ? そういや俺の姿って、こっちのヤツらには見えないんじゃなかったのか?
チンピラもセツも、俺が見えてるような反応をしてるけど……?
『奴隷を得たことにより、【実体化 レベル1】のパッシブスキルが有効になっています。アストルテアのものに触れたりすることはできませんが、アストルテア側からは可視化されています』
マジで?
身体を見てみると、俺の身体に相当する部位は真っ黒な雲みたいなのがモクモクと渦巻いていた。
まるで雲のモンスターみてぇだな。
セツがまるでボスモンスターに遭遇したみたいなリアクションだったのだが、これで納得がいった。
俺は敵ではないことを示すために、両手の指でマルを作るジェスチャーをしてみせる。
そのおどけた動きに、セツは戸惑いながらも尋ねてきた。
「あ……あんた……なんなの……? セツを、助けてくれたの……?」
大いなる肯定という意味を込めて、俺は両手を掲げて頭の上で大きなマルを作る。
すると不意を突かれたのか、セツはクスッと笑った。
「モンスターなのに人間を助けるなんて、へんなの」
緊張はほぐれたようなので、俺はセツと話をすることにした。
といっても声は届かないので、こっちはジェスチャーで意志を伝えるのみ。
「……え? なんでこんなところにいたのかって? 人を探してたんだよ、そしたらちょっと騙されちゃってさ。えっ、誰を探してるのかって? それは……セツのいちばん大切な人」
やっぱり、探してるのは俺じゃねぇのか……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オヤジは俺が高校生の時に再婚、新しいオフクロは俺が大学生の時にセツを出産した。
しかし車で病院から帰ってくる途中で事故に遭い、ふたりとも死んだ。
オヤジとオフクロは、ふたりでセツを守るように抱きあって死んでいたという。
それから俺はセツを育てることに決め、大学を中退して働き始めた。
男手ひとつで働きながら赤ん坊を育てるのは大変だったが、俺は死ぬ気でがんばった。
俺はあるIT系の人材派遣会社に転職したのだが、そこはいわゆるIT土方というやつで転勤が多くなった。
セツをそれに付き合わせるわけにもいかないので、中学になったタイミングで全寮制の学校に入れたんだが……。
そこからセツは、俺を拒絶するようになった。
「もう仕送りとかいらないから。奨学金申し込むし、読モの話もあるし」
「読モなんてやめろ? うっせーよ、お前に関係ねぇだろ」
「ねぇ、何度言ったらわかんの? いらねーっていってるのに、何度もカネ送ってきやがって」
「もうハッキリ言うわ、お前のカネ、くせーんだよ。カネのために平気でクソにまみれやがって、お前みたいなのをクソ社畜っていうんだよ!」
「おい、ふざけんな! これだけ言ってもなんでカネ送ってくんだよ!? このウンコ野郎、働き過ぎて脳みそまでクソになっちまったのか!?」
メールや電話でなにを言われても、俺は仕送りを止めなかった。
しかし高校の入学式の日、俺は袋に入った札束を顔に叩きつけられ、こう言われたんだ。
「今日で兄妹の縁、切るから……! もう二度と、セツに近づかないで……!」
セツはガタイのいい不良どもを従えていて、追いすがろうとした俺はボコボコにされちまった。
「セツさんに近づいたらどうなるかわかったか、このウンコ野郎っ!」「次に近づいたらこんなんじゃすまねぇからな、この変態ウンコ野郎っ!」
セツは俺のすべてだった。
セツを幸せにするのが、俺の使命。
セツが笑顔になるなら、俺はどうなっても構わないと思っていた。
たとえ兄妹の縁を切られても、ボコボコにされても、その気持ちは変わらねぇ。
たとえ世界のすべてを敵に回してでも、俺はセツを守り抜く。
そう、決めてたんだが……。
しかしまさか、異世界によって離ればなれになるなんて、思いもしなかった……。
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