07 はじめての奴隷

 いちど聞いたら忘れられない、神楽鈴のような澄んだその声。

 光の柱から顔を離した途端、花のような香りがたちのぼる。


 なんとツクシが俺のそばにいて、ぴっとりと身体を寄せてきていた。

 彼女は小柄で、俺の肩のあたりに頭のてっぺんがきている。


 このまま叫ばれたら、完全にチカンとして取り押さえられる距離だった。

 びっくりして仰け反ると、ヒジに柔らかい感触がぽよんと当たってしまう。


「あっ、す、すま……!」


「アンノウン様は奴隷を必要とされているのですよね!? それでしたら、ツクシを奴隷にしてくださいっ!」


 もはやそれがひとつの形態であるかのように、シュバッと土下座するツクシ。

 顔をあげ、すがるような上目で俺を見つめている。


「すべての人間は神の奴隷です! ツクシはアンノウン様の奴隷となり、尽くすために生まれてきたのです!」


 俺はアストルテアの宗教観を垣間見た気がした。

 神の子とかいうならまだわかるけど、神の奴隷かよ。


「なんだかよくわかんねぇけど、奴隷になんてできるわけがないだろ」


 俺は即座に拒否したのだが、漫才のベテラン突っ込みのようなタイミングで頭の中から声がした。


『マスターは本日の午前10時32分19秒3ミリ秒ジャストに、「異世界といえば、やっぱ奴隷だからな!」とおっしゃっていましたが?』


「や……やめてーっ!」


 俺は火が出るかと思って顔を押さえてしまった。


「それはゲームの上での話だよ! 現実で奴隷が欲しいなんて思うわけないだろ!」


 いくら異世界かぶれの俺でも、現実と空想の区別くらいはつく。

 しかしテスはシビアだった。


『そうですか、本音と建前を使い分けているということですね。いずれにしても、奴隷がいないとアストルテアへの干渉はできません』


「あっ……そうだった……!」


 超絶美少女から奴隷にしてくれなんていきなり言われたもんだから、肝心なことをすっかり忘れてた。

 セツを助けるためには、奴隷が必要なんだった。


 気づくとツクシだけでなく、同行していた少女たち全員が俺の前で跪いていた。総勢10人。

 少女たちを見下ろしたまま拳をきつく握りしめるほどに悩んでいると、ふと俺と彼女たちの間に【異世界GO】のスマートウインドウが現れた。

 いつもの地図画面ではなく、現実の風景を映し出していて、俺の手元にあたる位置には首輪のようなものが浮いている。


『その首輪を輪投げの要領で、奴隷にしたい対象に投げつけてください。命中した対象が奴隷になります』


 いろいろ突っ込みたいところはあった。だがノンビリしてるヒマはねぇ。

 俺は握り締めていた拳で、首輪をガッと掴んだ。


「俺の……奴隷モノになれっ!」


 投げ放たれた首輪は光輪と化し、磁石で吸い寄せられるようにツクシの首にはまる。

 色白な彼女の、全身純白のコーディネートを穢すような黒革の首輪となった。


 その瞬間、俺は降り積もったばかりの新雪に初めての足跡を残したような、奇妙な征服感を感じる。

 初めての衝動に身を任せるように、次々と首輪を投げていく。


 数秒後、恍惚の表情を浮かべる少女たちがそこにいた。


「あ……ああっ、ついに、ついに……!」


「アンノウン様の、奴隷になれました……!」


「賊に襲われた時は、自害も覚悟していたのに……!」


「い……生きてて、よかったぁ……!」


 異世界の信仰がどんなものかはわからねぇが、理解に苦しむ価値観だった。

 しかしそんなことよりも、いまはセツだ。


 俺は返す刀のように光の柱に首を突っ込む。

 するとそこには、ハラワタが煮えくり返りそうな光景が広がっていた。


「や、やめろっ! やめろってぇぇぇぇぇーーーーっ!」


 チンピラどもがセツに馬乗りになり、両手をバンザイの状態で押さえつけ、ローブを乱暴に引きちぎっている。

 セツは叫んで暴れまくっていたが、ふたりがかりの男をはねのけるほどの力はなかった。


「ぎゃははは! 強気な女をこうやって鳴かせるのは、何度やっても最高だな!」


「げへへへへ! たっぷりかわいがってやるぜぇ! ここなら、いくら叫んでも誰もこねぇからな!」


 思わず殴り掛かっていきたい衝動に駆られたが、目の前にある【異世界GOD】のスマートウインドウのおかげで思いとどまれた。

 ウインドウにはステータスのようなものが表示されている。


 奴隷数が【10】とあり、【実体化 レベル1】と【モンスター召喚 レベル1】というふたつのスキルがあった。

 俺はゲーマーとしての直感を信じ、【モンスター召喚 レベル1】にタッチ。

 さらにウインドウが開き、どのモンスターを召喚するかの選択っぽいものがでてきた。

 しかし【ゴブリン】の1項目のみだったので、それに触れる。


 するとチンピラどもの背後の床に赤い魔法陣が浮かび上がり、そこからエレベーターでせり上がってくるみたいに、緑色の肌をした小鬼たちが現れた。

 俺が森の中で轢殺したのと同じゴブリンだ。総勢10匹。


 ゴブリンたちは命令を待つようにこっちをじっと見ていたので、俺はチンピラどもを指さした。


 よし、あいつらをぶちのめせ! 殺さない程度に、徹底的に痛めつけてやるんだ! あと、セツ……魔術師の女には指一本触れるなよ!


 テスいわく、俺の声はアストルテアには届かないらしいので、その声は地下には響き渡らなかった。

 しかし意志は届いたようで、ゴブリンたちは手にしていた棍棒を振り上げ、行き止まりにいるチンピラどもに「ギャーッ!」と襲いかかっていく。

 突然の不意討ちに、チンピラどもは目玉を飛びださせんばかりに驚いていた。


「なっ……なんでこんなところにゴブリンが!?」


「チクショウ、この地下迷宮ダンジョンはモンスターが枯れてたんじゃなかったのかよ!?」


 チンピラどもはセツを襲うのにジャマだったのか武器をほっぽり出していて、そのうえちょうどズボンを脱いだところだった。

 完全なる無防備といえるその姿。さらけ出されていた完全なる男の弱点めがけ、ゴブリンの棍棒が振り上げられる。


「「や……やめっ……!」」


 チンピラどもの懇願がハモる。しかしその願いも虚しく、ゴルフスイングじみた一撃がまともに股間を捉えていた。

 ゴルフボールであれば300ヤードは飛んでいたかもしれない改心の一撃だったが、音は鈍く、潰れた卵を思わせる。


「「が……はっ……!?」」


 目玉だけでなく舌まで飛びださんばかりになるチンピラども。息が止まるほどの激痛に、ビクンビクンと痙攣している。


「う……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 地下通路を突き抜けていく阿鼻叫喚。もはや誰かを襲うどころではなく、セツの身体から離れてのたうち回りはじめる。

 ゴブリンたちは、まだ地獄の一丁目が過ぎたばかりだと言わんばかりに、さらに調子づいてチンピラどもを滅多打ちにした。

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