06 妹との再会

 けっきょく俺は少女たちだけでなく、ほかの村人たちからも神様だと崇められてしまう。

 もちろんそうじゃないと訴えたのだが、まったくといっていいほど聞き入れてはもらえなかった。


 いくら言ってもダメだった理由は他でもない、あの女神のような天使様だ。

 俺を神様だと推しているツクシが、【聖皇女】と呼ばれる権力者で村人たちの信頼も厚かったから。


 彼女は純真可憐な性格で、いつもはは控えめに微笑んでいるだけなのに、神様の「か」の字が出るだけで腹ペコの犬みたいに食らいついてくる。

 事あるごとに青い瞳を伝説の秘宝みたいに輝かせ、「神様!」と俺にスライディング土下座をかます姿はもはや狂信者といってもいいレベルだった。


 あと、俺の行いも良くなかったのかもしれない。

 銃で山賊たちを一瞬にして倒しちまったのが、異世界の人間にとっては神の裁きのように見えてしまったようだ。


 異世界でチヤホヤされるのは夢だったけど、いざチヤホヤされるとなんというか、背中がこそばゆい。

 それに勇者とか呼ばれるならまだしも、いきなり神様だもんな。


 村人たちを騙しているような気もするし、秋葉原に行く用もあるので、そろそろここからオサラバするとしよう。


「平和が戻ってよかったな。山賊どもは明日くらいまでは気絶してると思うから、煮るなり焼くなり好きにしろ。じゃ、俺はこれで」


 しかし俺の行く手には、五体を投げ出すツクシの姿があった。


「アンノウン様! お願いの儀がございます! この村の近くに、不思議なものがあるのです! 良きものか悪しきものかを見定めていただけないでしょうか!?」


「ああもうわかったよ、こうなりゃ乗りかかった船だ」


「ありがとうございます、アンノウン様!」


 俺は半ばヤケになって、ツクシの願いを聞き入れてしまった。

 っていうかこんな美少女に土下座されて、断れる男がいるのかよ。


 それからツクシに案内されたのだが、連れて行かれたのは村のはずれ、森のなかに青い光の柱のようなものが立っていた。

 誤って人が立ち入らないようしているのか、柱のまわりは木の柵で囲われている。

 明らかに現代社会のものではなく、異世界からやってきたもののようだ。


「なんかセーブポイントみたいだな。テス、これがなんだかわかるか?」


『【残滓ざんし】です』


「残滓? なんだそりゃ?」


『光の柱のように見えますが、地球とアストルテアのゲートのようなものです』


「ゲートだと? ってことは、あの柱は異世界に繋がってるのか?」


『はい、残滓というのは閉まりかけのゲートのようなものです。あの中を覗けばアストルテアの様子を観察することができますが、アストルテアに行くことはできません。』


「狭すぎて通れないけど、隙間から覗くことはできる、みたいなもんか……」


 異世界へのゲートと聞いて、俺も行けるのかと期待したんだが、見るだけかよ。

 まあ、見られるだけでも儲けもんだ。


「異世界を見るには、あの柱に顔を突っ込めばいいのか? 突っ込んでも大丈夫なんだろうな?」


「はい、人体には影響はありません」


 いつのまにか俺の傍らに控えていたツクシが「あ、あの……?」と怯えたような声を出す。


「アンノウン様、さきほどからおひとりで、なにをおっしゃっているのですか……?」


 しまった、テスの声は俺以外の人間には聞こえないんだった。


「あ、いや、なんでもない。ちょっくら、あの柱を見てくるよ」


「えっ、大丈夫なのですか?」


「ああ」とだけ言い残し、俺は柵をひらりと乗り越える。

 ホタルの光のようにゆっくりと明滅する柱に顔を近づけた。


 すると顔は通り抜け、その向こうには地下のような通路が広がっていた。

 天然の洞窟とかではなく、人工的に作られた地下迷宮ダンジョン


 通路には戦士と盗賊、冒険者とゴロツキを合わせたみたいなふたり組の男がいて、なにかを行き止まりに追いつめているようだった。

 モンスターかな? と思って視線を移した先には、モンスター級の衝撃があった。


 お……お前は……せ……セツっ!?


 目をこすって何度も確認してみたが間違いない、俺の妹のセツだ。

 もともとセツは発育がいい子だったが、2年ぶりに見た姿はいちだんと大きく、その成長ぶりに思わず涙が出そうになった。


 格好はまるでギャル魔術師。巻き毛の金髪に三角帽子を乗せ、デコレーションを施した木の杖を持っている。

 首にマフラーをしていたのだが、そのマフラーはセツが異世界に行く前からのお気に入りのものだった。


 そして魔術師といえば丈の長いローブを着ているものだが、セツは生脚を極限まで出したミニスカローブ。

 壁のかがり火がセツの太ももをまばゆいばかりに輝かせ、それがよりいっそう冒険者たちの瞳をギラつかせているようだった。


「ひひひ、バカめ……! 騙されてるとも知らずに、ノコノコついてくるなんて……!」


 舌なめずりしながら近づこうとする戦士と盗賊を、セツは杖を槍がわりにして追い払っている。


「チッ! やっぱりウソだったのかよ! このクズがっ!」


「げへへ、クズはねぇだろう? そんな格好して街を歩いてちゃダメだってのを、親切に教えてやろうとしてんのによぉ……!」


「そうそう! カモがネギしょって歩くようなもんだぜ!」


「うっせーよ! 脚を出すのはウチのコーデなんだよ! 見んじゃねぇ、クズども! 金取るぞ!」


「カネはねぇけど、キンならたっぷりくれてやるぜぇ!」


 や……やめろ! 俺の妹に……!


 俺は手を伸ばしてクズどもの肩を掴もうとした。しかし声は響かず、手は肩をすり抜けてしまう。

 俺は俺の身体を見ようと視線を落としたが、そこにはなにもない空間があるだけだった。

 脳内には、冷たい声が響いている。


『見るだけだと言ったでしょう? 現時点でマスターは、アストルテアには存在していませんので』


 バカ言うなよ、テス! 俺の妹がヤバいんだぞ!? なんとかして助けられねぇのかよ!?


『ここからアストルテアに干渉する方法は、無くもありません』


 マジかよ!? なら、さっさと教えろ!


『まず、アストルテアにいるいずれかの人間をプロキシ指定します。プロキシ指定できるのは、エレメントを持つ人間でなくてはなりません。プロキシのエレメントを利用することで、マスターの存在がアストルテアで概念化されます。現状ですと、安穏雪あんのせつさんがプロキシとして適切かと……』


 なんでもいい! なんでもいいからさっさとやれっ!


『承知しました。安穏雪あんのせつさんをプロキシとして登録、新規アプリを起動します』


 すると俺の目の前に、スマートウインドウが浮かびあがった。

 【異世界GO】を立ち上げていたはずなのだが、タイトルロゴの【GO】がなぜか【GOD】に変わっている。


 いせかい、ごっど……?


『はい。【異世界GOD】は、【異世界GO】と連携するゲームアプリです。【異世界GO】で奴隷を増やすと、そのぶんだけ【異世界GOD】での力となり、アストルテアに干渉できるようになります』


 なんだかよくわかんねぇけど、まずは【異世界GO】のほうで奴隷を増やせばいいんだな!? 奴隷を捕まえるにはどうすりゃいいんだ!?


 すると思いも寄らぬ声が、俺の脇のあたりから湧き起こった。


「……ツクシを、奴隷にしてくださいっ!」

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