05 神様降臨
「なっ……!? 誰だっ!?」
山賊たちは武器を構え天井を見上げる。こぞって梁の上を見渡したが、誰もいない。
「いたぞ、あそこだ!」
山賊のひとりが棍棒を突きつけた先は、聖堂の壁の高い位置にはめこまれたステンドグラス。
七色のガラスで描かれた神。その姿に重なるようにして、人影が浮かんでいた。
「だ……誰だテメェはっ!?」
「そりゃねぇだろ、呼んどいて」
「な……なんだとぉ……!?」
「呼ばれて飛びでてぇ……」
人影はおどけるように言いながら、一瞬その姿を消す。
「ジャジャジャジャァァァァァァァーーーーーーーンッ!!」
直後、ステンドグラスを蹴破りながら躍り込んでくる。
その正体はこの世のものとは思えない、漆黒の鎧をまとった男だった。
ワイヤーをスイングさせるその姿は、あまりにも異質。
まるで、空飛ぶ悪魔のようだった。
しかし少女たちの目には違って見えた。
差し込む陽光を背に、星屑のようなガラス片をキラキラとまとい、宙を舞うその姿はまさに……!
「か……かみさまっ……!」
神とも悪魔ともつかぬ男は、手にしていた黒い杖を地上に向ける。その刹那、
「う……うわあっ!?」「ぎゃっ!?」「ひぎいっ!?」「ぎゃああーーーーっ!?」
山賊たちは見えない雷に撃たれたように全身を硬直させ、泡を吹きながら激しく痙攣をはじめる。
謎の男は瞬きほどの間に聖堂内を制圧。山賊たちが倒れると同時に、床に三点着地をキメていた。
「大丈夫か?」と顔をあげて尋ねる。
しかし少女たちは答えない。見開いたままの瞳に、ただただ男を映すばかり。
その姿はまるで、男に魂までもを奪われてしまったかのようだった。
しかしやがて、ぽつりぽつりとつぶやきはじめる。
「あ……あなたさまは、いったい……?」
「い……いまのは、魔術……ですか……?」
「でも、詠唱がありませんでした……!」
「じゃあ、いまのはいったい……?」
「か……神の御業ですっ……!」
ティアラの少女が真っ先に起きだし、畏怖と畏敬が入り交じった表情でおそるおそる男に近づいていった。
「あ……あなた様こそが、アンノウン様なのですか……?」
男は不思議そうに答える。
「そうだけど、なんで俺の名前を?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は気後れしていた。
いきなりフルネームで呼ばれたというのもあるのだが、助けた少女たちが15~6歳くらいの年の頃だったからだ。
この年代の女の子にとっては俺みたいなのは変質者と同じなので、これまで生きてきたなかで接点はほとんどなかった。
だから俺にとっては、モンスター以上の未知の存在といっていい。
しかも率先して声を掛けてきた少女が、天使と見紛うほどの美少女だったから尚更だ。
その少女はヒザの裏まで届くほどの金髪のストレートロングで、白バラのティアラと、キューティクルで輝く光の輪を頭に頂いている。
その時点でもう天使すぎるというのに、青い瞳で見つめられると心臓を矢で射貫かれたみたいにドキッとした。
直視できなくなって視線をサッと下に落としたのだが、さらなる衝撃に爆弾矢で射貫かれたみたいに心臓が弾けそうになる。
少女は純白の羽根を集めて作ったような羽衣をまとっていて、とてもよく似合っているのだが、身体の線がけっこう出ていて目のやり場に困った。
あどけない顔と反比例するような、豊かな胸にくびれた腰。しかも腹部のあたりにひし形の穴が開けられていて、かわいいおヘソを丸出しにしている。
なぜそんなデザインの服を着ているかはわかないが、ジロジロ見たら訴えられると思ってまた目をそらす。
まっすぐ見ることすらできないその少女は、まるで太陽だった。
すべてが清廉で穢れひとつなく、まばゆいほどに美しいのに、発するオーラはとてもあたたかい。
神をいっさい信じねぇ俺でも、もし女神がいたとしたらこんな姿なんだろうなと思ってしまう。
あと1秒遅れていたら、俺は彼女にヒザを折っていたかもしれない。
しかしコンマ1秒の差で、女神のほうが先に動いていた。
彼女は金髪がふわりと広がるほどの勢いで両ヒザを付くと、土下座そっくりのポーズで俺にひれ伏したんだ。
「ああっ、やはりこちらの世界におられたのですね……!」
少女の声は、天上から奏でられたハープのようにきれいな音色だった。
思わず聞き惚れそうになっちまったが、それどころじゃなかった。
「えっ……!?」
何事かと思う間もなく、まわりにいた少女たちも次々と平伏していく。
チカンと間違われて土下座させられたことならあるが、土下座されたのは初めてだ。
「ちょ、待ってくれ、なにやってんだ」
すると女神な少女が顔を床に伏せたまま答えた。かなり恐縮しているようで、くぐもった声が震えていた。
「あ……アンノウン様とはつゆしらず! 先ほどまでのご無礼、大変申し訳ございませんでした! 頭が高かったのをお怒りなのですね、どうか、罰をお与えください!」
「な……なに言ってんだ? 俺は怒っちゃいねぇよ、っていうか顔をあげてくれ」
「
「い……いいから顔をあげてくれ!」
うやうやしく顔を上げた少女たちは、泣きはらした瞳に随喜の涙を浮かべていた。
水面のようにうるんだ瞳には、どれも俺の顔が映っている。
やがて感極まった一言が、女神の唇からこぼれた。
「ああっ、神様……!」
「なに……?」
「ああ……! アンノウン様……! アンノウン様っ……!」
女神は俺を神呼ばわりして、はらはらと落涙。額の白バラのティアラがパアッと花開いた。
花びらには朝露を思わせる雫が浮かびあがり、キラキラと光っている。
それは奇跡体験といってもいいような不可思議な現象だったが、いまはそれどころじゃねぇ。
「俺が、神だって……!?」
「はい。我らが神、アンノウン様……!」
「なん……だと……?」
混乱する頭の中で、テスの声がする。
『アストルテアの人々は、アンノウンという神を信仰しています』
その声はうざったいと思う時もあるのだが、いまはなぜか懐かしいとさえ思えてホッとした。
アストルテアというのは、俺以外の人類が転移していった異世界のことだ。
そこで信仰されていた神の名が、ぐうぜんにも俺と同じ名前だったということか。
なるほど、この女神サマの奇行の理由がやっとわかったぜ。
「いや、俺は神様なんかじゃねぇ」
俺はそう言ったのだが、女神は脊髄反射のような速さで「いいえ、あなた様は神様です!」と言い返してきた。
彼女は青い瞳をまん丸にして、色白だった顔を真っ赤にしている。
相当興奮しているようだったので、俺は落ち着かせる意味も込めてワンクンション置くことにした。
「キミ、名前はなんていうんだ?」
「はい! ミオ・ツクシ・リンデンバウムと申します! どうか、ツクシとお呼びください!」
かわいい名前だな。
「ツクシ、よく聞いてくれ、キミは誤解をしてる。俺はキミの信じている神様じゃないんだ」
「いいえ、神様です! ツクシがアンノウン様ですかとお尋ねしたら、そうだとおっしゃっていたではありませんか!」
「それは誤解だ。俺はその神様とやらと似たような名前だったんだよ」
「そうなのですか? でも似ているのは、お名前だけではありません! あなた様のお姿は、言い伝えの通りです!」
「言い伝えだと?」
「はい! 【神は黒き鎧をまといて降り立ち、雷の槍の力で善には清栄を、悪には必衰をもたらす】……! あなた様のお姿、そしてなされたことそのままです!」
ツクシは両手を広げ、天を仰ぐかのように俺の姿を示す。
俺のいでたちはエクソリトンスーツにアサルトライフル。彼女たちの世界には存在しないであろうこれらは、見ようによっては黒い鎧と雷の槍を持つ神様に見えなくもなさそうだった。
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