03 異世界GO

「それから俺はこの渋谷にこもって、テスといっしょに戦闘訓練をやったんだよな……」


 なんで渋谷かというと、俺のガキの頃からの遊び場で、いろんな思い出が詰まった場所だったから。

 就職したあとでも、休みの日にはハチ公前の広場でボーッとしてたな。

 まわりのヤツらを見て、コイツら全員いなくならねぇかな、なんて思いながら。


「まさか、マジでいなくなっちまうなんてな……」


 俺はハンバーガーショップの窓から無人の車が行き来する通りを眺めながら、2年間の出来事に思いを馳せていた。

 しかし、けたたましい音が耳に割り込んできてジャマされる。


 見やると、道路のど真ん中にカラスがいて、ネズミの死骸をついばんでいた。

 広告トラックが進めなくなっていて、クラクションを鳴らしている。

 いい気分に水を差された俺は、相棒に苦情を申し立てた。


「おいテス、ああいうのってお前のほうで駆除したりできねぇの?」


『あの道路は害虫、および害獣駆除エリアの対象外となっています。【エレメント工学三原則】に抵触することになりますので、できかねます』


 エレメント工学三原則。たしかエレメントは自らの意志で、人間とか動物に危害を及ぼしてはならないとかそういうやつだったと思う。


『こちらは電気イスの用意はできますし、死刑囚を座らせることもできます。ボタンを押すこともできますが、それらの意志決定は人間によって行なわれなくてはならないのです』


「そうかい」


 そんな無駄話をしているうちに渋滞の原因であったカラスは飛び去り、いつもの静寂が戻ってきた……。

 かと思いきや、よりいっそう賑やかな音が窓越しに飛び込んでくる。


「【異世界GO】 本日よりサービス開始! いますぐプレイして、キミも異世界へ行こうっ!」


 それは広告トラックからのアナウンスだった。いつもなら珍しくないものなのだが、俺は思わず立ち上がってしまう。


「マジで!? ついに完成したのかよ!?」


 【異世界GO】とは俺がひとりぼっちになる前から開発されていた、ARを使った位置情報ゲームのこと。

 基本的にはモンスターと戦う内容なのだが、気に入ったのがいたらペット化して旅のお供にすることもできる。


 開発中のディザームービーで紹介されていた美少女モンスターたちに、俺は恋してしまった。

 このゲームのサービス開始は俺の生きる糧になるほどの楽しみとなっていたので、ひとりぼっちになった後でもテスに頼んで開発を続けてもらっていたんだ。


『はい、本日12時より正式サービスが開始されました』


「ひゃっほーっ! やったぜ!」


 俺の寝ぼけ眼はパッチリ。喜び勇んで手をかざし、【スマートウインドウ】を目の前に展開する。

 スマートウインドウとは大気中のエレメントを利用して、空中に画面を浮かび上がらせる技術。

 大昔に流行していたスマートフォン、それを持ち歩かなくてよくなったみたいな感じのものだ。


 スマートウインドウのオススメゲームのところにはさっそく【異世界GO】があったので、指で触れてプレイ開始。

 画面が切り替わり、ゲームのフィールドマップであろうタイトルロゴの入った地図が表示される。

 それは羊皮紙の上に描かれたようなデザインで、いまの俺にとってはまさに宝の地図そのものだった。


「これで俺もようやく、異世界気分を味わえるんだ……!」


 実をいうと俺は異世界に憧れていた。120連勤したあとの朝なんかは、トラックに飛び込めば異世界に行けるんじゃないかと本気で考えるくらいに。

 異世界転移が起こったときは、ひとりぼっちになったことよりも、俺だけ異世界に行けなかったことのほうがショックだった。


「いまこそ旅立ちの時! テス、俺は美少女モンスターをゲットしまくる旅に出るぞ! 異世界といえば、やっぱ奴隷だからな!」


 こういう時、いつもテスは『承知しました』と淡々とした答えを返してくる。

 しかしこの時ばかりは、理解に苦しむような口調だった。


『マスター、本当に行かれるのですか?』


「ああ、なんか問題でもあんのか?」


『現在、この渋谷区は地球上でもっとも安全な場所といえます。区の外周にはパージ用のフィールドが展開されており、モンスターの流入が制限されているからです。でも、区外に出ると……』


「ああ、どんなモンスターがいるかわからねぇって言いたいんだな。だからこそ、この2年間鍛えてきたんじゃねぇか」


 俺はテスと脳内会話を続けながらハンバーガーショップを出る。

 目の前の道路にはすでに、相棒のリンドブルムが停まっていた。


『まさかマスターが戦闘訓練を行なっていたのは、ゲームで遊ぶためだったのですか?』


「当たらずとも遠からずってやつだな。それにそろそろ、よそでショッピングをしたくなったんだ」


『渋谷では手に入らないものが欲しいというわけですね。でもそれならデリバリーを利用すればよいのでは?』


「手に入れるだけならそれでもいいんだが、こればっかりは現地に行って買いたいんだよ」


 テスはいつもなんでもお見通しで、聞く前に答えが返ってくる時もある。

 しかしこの時ばかりは、首をかしげるような声になっていた。


『未知のモンスターに襲われる危険を冒してまで、行きたい場所……? それはいったい、どこなのですか?』


 俺はリンドブルムにまたがり、エンジンをふかしながら答える。


「秋葉原さ」



◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 秋葉原を目指すにあたって、俺はまず新宿に向かうことにした。

 リンドブルムで明治通りを走っていると、目の前を走っていた車たちが脇にそれ、救急車両が来たみたいに道を譲ってくれる。

 俺の決意が固いことがわかったのか、テスが気を利かせてくれたのだろう。


「サンキュー、テス」


『マスター、気をつけてください。もうすぐ渋谷区を出ます。そうなると……』


「保護のフィールドが無くなるってんだろ。わかってるって、お前は心配性だな」


『ここ2年間で異世界から地球に転移してきたモンスターはさらに増え、現在では50億を超えています。渋谷区の外はモンスターによって支配されているといってもいいでしょう』


「マジで? といっても都内ならエレメントが普及してるから、危ないってこともねぇだろ。ほら、もうすぐ新宿御苑が……って、行き過ぎちまったか」


 代々木で首都高に乗るつもりだったんだが、いつの間にか通り過ぎちまったみたいだ。

 近づいてくる緑が新宿御苑のものだと思い込んでいたので、気付くのが遅れてしまう。


 急にアスファルトが途切れて剥き出しの荒地が現れ、車体が激しく揺れだした。

 ビックリしてとっさにブレーキを握り、ドリフトをかますと土煙がもうもうとあがる。

 停車してあたりを見回すと、そこは森の中だった。


「ここは……?」


『ここは原宿駅の近くにある森です』


「えっ? 原宿にこんな森あったか?」


『異世界転移は生物だけでなく、地形にも変化を及ぼしました。一部、異世界の地形が地球に入り込んできているのです』


「ってことはこの森は、もともとは異世界にあった場所ってことか?」


『はい、その通りです』


「マジかよ……!」と衝撃を受ける俺。テスはそれみたことか、みたいに嬉しそうだった。


『ようやくマスターにも、未知の危険性というものがわかってきたようですね。渋谷区に戻りますか?』


 俺は返事のかわりにアクセルを捻る。それもめいっぱいに。


「バカいうなよ、こんな最高のところから帰るなんて! リンドブルム、オフロードモードだ!」


 タイヤがオフロード仕様に変形。スパイクが大地に爪立てられ、身体ごと置いてきぼりにされそうなほどの暴力的な加速を生む。


 あまりの速度と振動で視界がぶれて、風景は水彩画が溶け出したかのようになる。

 見たこともない木、見たこともない花、見たこともない動物が次々と現れ、刹那に消えていく。

 森がつくる緑のアーチは、遅れて異世界へとやってきた俺への祝福のようだった。


「いやっほーっ! ついに俺は、異世界にやってきたぞーっ!」


 歓喜の雄叫びをあげる俺の前に、スマートウインドウが開く。

 【異世界GO】の地図上、現在地より少し北の場所にはたくさんの赤点が光っていた。


『2キロ前方にゴブリンの群れがいます。その数20』


「ゴブリン!? 待ってました!」


 道の遙か向こうには緑色の人影があり、近づいていくうちにその姿がハッキリとわかった。

 緑の肌をした小鬼みたいな生き物がたむろしている。


「あれって、マジゴブリンじゃねぇか!? おいテス! 【異世界GO】は仮想現実のゲームじゃねぇのかよ!?」


『この地球上にはモンスターがいますので、実際のモンスターの位置情報をゲームと連動しています。お気に召しませんでしたか?」


「マジかよ、最高だぜっ! その調子でガンガンいけーっ!」


 棚からバースデーケーキが出たみたいな、思わぬサプライズ。

 俺は狂喜のあまりリンドブルムをブッ放しつつ、ノーブレーキで突っ込んでいく。

 ゴブリンたちの顔は、時速200キロで迫りくる死神の馬車を見たみたいに恐怖でひきつっていた。


「ギャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」


 断末魔の絶叫とともにバラバラに四散するゴブリンたち。

 リンドブルムは血の轍を残してもなお勢いは衰えなかった。


「いやっほーっ! いちどゴブリンをブチ殺してみたいと思ってたんだ!」


 初見のモンスターをなんのためらいもなく手に掛けられるのは、2年間の修業の賜物。

 最初のうちは、【ラビッツノ】を1匹殺すのもガクブルもんだったからな。

 しかし、渋谷にこもっている間は動物みたいなヤツとしか戦ってこなかった。

 これぞモンスターといったヤツらを殺せたことで、俺のテンションはあがりっぱなしだった。

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