第8話『交易都市ディアノート』
「……んん」
目が覚める。
天井は見たことがない木目で出来ており、部屋の丸い窓から差し込んでくる光が寝起きの目に入ってくる。
体を起こして、伸びをしてみると、夢心地で居た頭が冴えてきた。
「そっか……」
飛空艇アダマシアに乗って、一夜が明けた。
空を見ると青くて、白くて、今まで居た世界とはやはりまるで違う。
すがすがしい空気が、肺の中を満たしていく。
「この光景、リザたちにも見せたかったな……」
過去を思うと、少しセンチメンタルな思いに駆られた。
遭いたい。
だが過去を振り替えってばかりだと、きっとリザたちが怒るんだろうな、と想像できた。
――――コンコン!
そうやって感慨にふけっていると、ドアがノックされた。
その向こうから、騒がしい声が聞こえてきた。
「ティーちゃん。そろそろ朝ごはん食べに来て!」
ドアを開けて入ってきたのは、隣の部屋に住んでいるミカエラだった。
いつの間にか「ティーちゃん」とあだ名で呼んでくるようになった間柄なのだが、正直ティリーナにはまだこの人がよくわからなかった。
呼ばれるままに、食堂に赴くと、そこではすでに数人の女子陣が卓を囲って朝食を食べていた。
中には、マゼンタやエリス、ルルの姿もそこにあった。
ティリーナも、女子たちに案内されるままに「おはよう」と言って席に座る。
そのまま朝食を食べながら、ティリーナについて色々なことが質問にあがり、彼女もありのままに答えた。
しばらく身の上話を聞いてくれた彼女たちは、同情の気持ちをティリーナに寄せながらも和気あいあいとしていた。
雰囲気よくするつもりはなかったが、湿度の高い昔話は、彼女たちにとって新鮮だったことだろう。
「……大嵐の時代ってそんなに大変だったんですね」
「とても考えられません」
特にティリーナよりも5つも年下の、エリスとマゼンタは昔話にとっても興味深々だった。
昔話をしているとなんだか自分が年寄り……とても大人になったように感じた。
「あはは、こっちに来られてよかったよ。アダマシアの人達も良い人たちばかりみたいだし」
「そうだよー。アダマシアは子供たちにとっての楽園だからね」
そう語るミカエラ。
その言葉に、ティリーナは顎に指を添えた。
「楽園……」
「そうそう。寄る辺のない子たちが基本的に集まって自立を目指す場所って感じかな……アタシはもう大人だけど」
そういって笑うミカエラに、エリスは「でも居てもらわないと病気の時大変ですからね」と微笑む。
ミカエラは「にゃはは」と笑うと「そういえば……」と何か思い出したように言った。
「ラムダは何も言ってなかったけど、ティーちゃんはこれからどうするの?」
そう、ミカエラから聞かれたティリーナは「んー」と考え込んでしまう。
やることは決まっていない。今のところは成り行きに任せて、このままアダマシアでお世話になるのは変わらないだろう。
どうせ行くアテもなければ、この世界についての知識も大して持っていないティリーナには渡りに船だった。
「とりあえずは成り行き任せかな……」
「そっか。何かあれば言いなよ。私らなら何か手伝えることもあるだろうから」
「うん。ありがとうね」
「ん。何かやりたいこと見つかればいいねぇ」
「……そうゆうみんなって何かやりたいことがあってこの船に乗ってるの?」
そういうと、ミカエラ以外の三人――ルル、エリス、マゼンタは顔を見合わせた。
「そうですね~。私はそれを見つけるために船に乗ってるって感じかもしれません」
「私は、完璧なお兄様の完璧な仕事ぶりが見られるならなんでもいいですね」
エリスの答えに「ぶれないねー」とその場に居た全員が苦笑いを浮かべる。
「そういえば、ラムダさんって何をしてる人なの?」
この場に居ないラムダという人間のことを思い出したティリーナは聞いてみた。
すると、ルル以外の三人は「んー?」と言って何故か思いつこうとしていた。
「何をする……っていうか」
「暴れる、と言いますか…」
「普段は起きてご飯を食べて寝るだけですが、完璧なお方です」
「…なはは」
思わずルルが苦笑いを浮かべる。
自分の相方が何をしてるか把握されていないことには、ちょっとだけ同情した。
「……俺について何か話してたか?」
その声がして、全員がその声がした方向を向くと、食器を持って片付けをしていたラムダがそこにいた。
「まぁ、説明しなくてもいいさ」
「良いの?」
そういうと、ルルがラムダの肩に乗る。
ラムダは小さく頷いた。
「子供に誇れるような仕事じゃないしな」
皿を片づけにルルと一緒にその場を立ち去っていくラムダ達を見て、ミカエラは「あちゃー」とやってしまったという顔をした。
「怒らせたかな……?」
「いえ、ラムダ兄さんはこのぐらいでは怒りませんよ」
ミカエラの言葉に首を振るマゼンタ。エリスは「完璧なお方ですから」と皿を片付け始めていた。
ティリーナはラムダの背中を見つづけていた。
「ラムダって普段は何をしているの?」
っと、廊下のど真ん中でティリーナはラムダに問いかけた。
「何をしてるかって言われてもな」
そういって困っているラムダは、ルルと顔を見合わせた。
「普段は色々とやってんだよ俺も」
「色々って?」
「色々は色々だ。昨日も俺の仕事ぶりは見たろ?」
「飛空艇の行動指針を定めるのが大まかな仕事」だと、ラムダは言う。
だが、ティリーナは納得出来なかった。
「それだけ?」
「いやそれだけだよ」
「盗みとか、誘拐とかも仕事じゃないよね?」
「いや物騒だな。そんな美学のないことしねえよ」
「私のことは拉致したのに?」
ラムダは言葉を「うっ」と詰まらせた。
悔しそうに「まぁそうだけどさぁ……」と言いながら、彼は困ったように頬を掻いた。
「ラムダ。教えてあげなよー。誤解されたままじゃ今後もやりづらいよ?」
「ルル……そうだな」
ラムダは「どこから説明したものかな……」と悩む。
―――ぴーんぽーんぱーんぽーん。
と、ラムダが考え込んで居ると、艇内放送が流れた。
『ラム兄ちゃん。もうすぐディアノートに着くゼ。艦橋まで来るんだゼ』
ラッシュの声が艇内放送で広がっていく。
そういうと、ラムダは溜息を吐くと、ティリーナに向き直った。
「まぁ、行動で示すのみだ。俺のやってることを知りたかったら後ろを付いてきたら分かるさ」
「もう着くんだね…」
「時間もまだ午前中だから街中をぶらりとするだけの時間はありそうだな。その間に色々やるさ」
そういったラムダの背を追って、ティリーナは艦橋の方に足を進めるのだった。
貿易帝国ディアノート、その中にある首都カーバンクルは人口50万人超が終結しているシハヨト大陸最大の都市だ。
人口のほとんどが行商や、生産業を営んでいる貿易で成り立っている都市で≪フォトン≫と呼ばれる未解明エネルギーのおかげで夜も明るい眠らぬ都市と呼ばれている。
街並みは、虹のような光の帯が、まるで電線のように街中至るところに張り巡らせており、中世のような木製の建物の間を泳ぐように行き来している。
ティリーナは上空からその様子を「凄い」と評しながら、眺めていた。
「みんな。入港準備だ」
ラムダが艇内放送で、そう呼びかける。
ティリーナが「私は何をすれば?」と聞くと「とりあえず見とけ」とラムダに言われた。
艦橋の定位置についているマゼンタは、ラムダに「信号見えました」と報告すると、彼は静かに頷いた。
「停泊したら自由にしていていいぞ」
そう艇内放送で言うと、艇内の通信機器でいろんな部署から「りょーかいーー」と元気な声が聞こえてきた。
「さて、と……?」
と、街の中心に位置する竪穴式のような飛空艇の停泊所を見ると、ラムダは何者かを見つけた。
「ディンのおっさん?」
そう言いながらも、飛空艇は見事なバランスを取りながらも、停泊所に華麗に降りていくのだった。
「ふーーー。久々にカーバンクルに帰ってこれたなぁ」
「ここが、ディアノート……すごいね」
飛空艇アダマシアが停泊し、ラムダ達は艇内の甲板で顔を出す。。
ティリーナは周りを見回しながら、しきりに凄い凄いとはしゃいでいた。
鉄の匂いや、風の香りが、ティリーナの胸を埋め尽くす。
なんだか生きているなと実感出来た。
「おーい、おっさーん」
とラムダが甲板の上から地上に向かって手を振る。
相手は、まるで夜をその身に宿しているかのような肌を持った武人風の男性だった。
「おっさんじゃない。さっさと降りろ空賊」
そういって不機嫌そうにラムダに言うディンに、ラムダはルルと一緒に眉をひそめた。
「なんだぁ?なんか余裕なさそうだな」
「パンドラは連れてきているな」
「あぁ、居るけど?」
「ならさっさと送って書簡どおりに城に来るんだ。コルネ様がお待ちしている」
それだけ言うと、ディンは我先にと、背中を向けて歩き去っていく。
ラムダとルルは不思議そうに「なんなんだ?」と口にしながらも、ティリーナに向き直った。
「とりあえず、ティリーナは私たちと一緒に行こうか」
「街の商業区を経由して行くことになるから、街でも眺めながらいけるぞ」
そういうと、ティリーナは二人についていくのだった。
街を見回すと、本当にスケールが大きいなと実感させられた。
前にJシェルターの中で見た街よりも遥かにスケールが大きく、そこよりもアングラ感はない。
むしろ明るく、前向きな雰囲気がしていて、歩いていると時間をつい忘れそうになった。
「楽しそうだな?」
ラムダが聞いてくる。
素直に「うん、楽しいかも」と口にしてみると「そうか」という答えが返ってきた。
「こうしていると、昔にカイに案内してもらったことを思い出すなぁ……」
「カイ?カイってあの≪地の勇者カイ≫のことか?」
「え、なにそれ…?」
初めて聞く異名に驚くと、ラムダは「え?知らないのか?」と答えた。
「このディアノートっていう国の御伽草子に出てくる登場人物だよ。その昔地下で生活していた帝国人を救ったっていう英雄の話」
「いや聞いたことないよ……それって本当に私の知ってるカイなのかも怪しいし」
「俺達からすれば、相当昔から言い伝えされているおとぎ話だしな」
「ただ、似てるんだよね」
「誰が?」
「ラムダが。カイに」
ティリーナの言葉に、ラムダとルルは顔を見合わせて「ないない」と答えた。
「そのカイって奴は清廉潔白な人間だっていう言い伝えだしな。俺とは真反対だろ」
「そうそう。極悪非道、悪鬼羅刹が心情の≪SSS級指定重罪犯のラムダ≫がそんなそんな…」
「言いすぎだろ」
そういうラムダ達に「うーん顔が似てるんだよね」と言うと「マジかよ」とラムダが驚愕していた。
「お、見えてきたぜ。アレがディアノート城だ」
しばらく歩いていると、ラムダが右手の方を指さした。
その指の差す方向を追ってみると、そこにはクリスタルのような材質で出来たまるで現実的じゃない美しさを持った城がそこにあった。
「うわあ………」
透き通るような淡い水色の宝石っぽい外壁は、遠く離れていても目を焼くかと思うほどに眩かった。
神々しさすら感じるその情景に、ティリーナは胸を強く打たれた。
「お、行ってみたそうだな」
「うん。さっきまであんまり気乗りしなかったけど、あそこはとても行ってみたいかも」
「観光にくる連中も大半はあの城を一目見るためにここを目指してるぐらいだしな」
「ラムダは行ったことあるの?」
「俺とルルは何度かあるな。他の乗組員は多分まだ一回も中に入ったことないんじゃねえかな」
「そうなんだ」
「あんまり私たちが行くべきとこじゃないけどね」
「何で?」と聞くと、ラムダとルルは一緒に「上流階級の場所だから」と答えた。
そんなに重要なのかな。とティリーナが心に思ったが、そうゆうものなのだろうと割り切ることにした。
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