第7話『飛空艇アダマシア』




「しかし遠い昔から飛んできた……ねぇ」

「途方もない話だよねぇ。それも聞いたことがあるような名前ばっかりが出るし」


 ティリーナの話を聞きながら、艇内を案内するラムダとルルは、そんな感想を口にする。

 どこか、遠いおとぎ話を聞いているような現実感のあまりないと言った印象を受けていた。


「しかしタイムマシンまで造っちまうとは、とんでもない発明力だな。船のメカニックでもやらせるのがいいか?」

「ラムダ。さっき見せてもらったビスケット無限製造機のこと忘れたの?機械をポチってやったら無からビスケットが出たんだよ?普通じゃないよ」

「やだなーちゃんと無じゃないモノからビスケット作ってるって。……多分」

「多分ってなに!?作った本人色々把握してないの怖いよ!」


 食べちゃって平気なんだよね!?とか騒ぎ立てるルルと、逆に他人事のようなラムダ。

 二人の反応を見ていると、なんだかティリーナはリザとカイのことを思い出して、懐かしい気持ちになった。

 食堂に続く廊下を歩くティリーナ達は、たびたび子供たちにエンカウントして絡まれつつも、食堂に入る。

 ちょうど何か作ってるようで、香ばしい匂いが、食欲を誘ってくる。

 くるる……とティリーナの腹の虫が鳴った。


「ここが食堂だ。今ちょうど作ってるみたいだな……おーいエリス、マクワ」


 そういうと、ちょうど厨房で鍋をかき混ぜたり、具材をカットしている最中の子供達がラムダに気づいて駆け寄ってきた。


「やぁラム兄さん。そっちの人が今回の戦利品?」

「そうそう。挨拶しな」

「やぁやぁ。僕はマクワ。船内の調理担当をしてるよ。よろしくね」


 少しふくよかな少年が手を拭きながらティリーナに挨拶した。

 そして、その後ろでティリーナの様子を伺ってる女の子を前に出した。


「こっちは妹のエリス。見た通りちょっと人見知りなんだ」

「……エリス。です」


 自分の作業を進めながら、ティリーナに軽く会釈をするエリス。

 クールな印象を抱く少女で、挨拶する際も、一切手元が止まっていない。

 仕事熱心なのだろうなと感想を抱いた。


「私はティリーナ。二人とも。よろしくね」

「それで、今日のメニューはなんだ?」

「今日は魚のムニエルと、スパゲッティだよ」

「今日は豪勢だな?なんかあったか?」

「ラム兄さんが依頼を達成したお祝いだよ」

「お、うれしいこと言ってくれるねぇ」


 ラムダが「じゃあよろしくー」と言って、食堂を後にしようとする。

 マクワも「うん、じゃあ後でね」と言うと、妹のエリスと一緒に手を振った。

 彼を追ってティリーナもついていき、食堂を後にする。


「あぁやってあっさりどっか行かないと、いつまでも話し込んじまうからなー」


 おっとりしすぎているマクワのことを気を付けるように言いながらラムダはつかつかと先に行く。

 「それに……」というラムダは言葉に詰まると、ルルが苦笑いをする。

 彼らのやり取りに小首を傾げたが「まぁいっか」と気にしないことにした。

 「まぁ、兄弟の形にも色々あるしな」と目を細めるラムダは優しい顔をしていたことが、印象に何故か残った。


「気になるか?」


 と聞いてきたラムダの親指を辿ると、食堂の厨房の方をもう一度のぞいてみる。


「お兄様。目移りすると困るわ」

「え?いやでもしたのは挨拶だけだよねぇ……?」

「いいえ、我慢なりません。完璧な調理のためには一分一秒のずれも許されないのです」

「え、ちょっと待って」

「ちっとも待てません。完璧で完璧なお兄様の料理のため、完璧な時間管理をしなければなりません」

「世間話くらい……」

「なりません。完璧であるお兄様の料理を管理することが私の完璧な仕事ですから。早く完璧に手を動かしてください」

「うわーーーーん!助けてよ誰かーーーー!」


 ティリーナはドン引きした。


「なにあれ……?」

「気にするな。よくある兄弟愛の形って奴だ」

「嘘でしょ…?」


 うわぁ……という顔になりながら、踵を返して歩き去って行く。

 見なければよかったと心底後悔したティリーナだった。



 ――――ぴーんぽーんぱーんぽーん。


 という音が艇内に響きわたり、ラムダの「お?」と反応した。

 何かお知らせのようだ。


『ラムダ兄ちゃん。ラムダ兄ちゃん。艦橋までお越しくださいー』


 というと、もう一度同じ音がなった。

 今ので終わりのようだ。


「今から行くとこだったのにな。せっかちなことで」

「艦橋?」

「船の操舵とか、あとは進路を取るところだよ」

「ちょうど見せようと思ってたから丁度良かったな」


 ティリーナ達が階段を上っていく。

 意外と傾斜がついていて、上るのも足の力が居るみたいで、少しだけティリーナには怖く感じた。

 ラムダが階段上にあるドアに手をかけて開けると、心地よい風が頬をなでた。


「お、来たなラム兄ちゃん」


 という何故か海賊のような黒いジャケットを来た男の子が、そこで待っていた。

 その横ではピンクの髪の毛をした女の子が望遠鏡で遠くを見張っている。


「何事だよ?ラッシュ」


 とラムダが聞くと、ラッシュと呼ばれた男の子は端末の画面を指さした。


「ディアノートの将軍さまから入電だゼ」

「おっさんから……?」


 そこに書いてあることを、ラムダが見て「えぇー…」と怪訝な顔をする。

 「めんどくせぇ」と言いながら溜息を吐いた。


「皇帝様と会えってよ」

「えーいいじゃん!お姫様と会えるんだゼ?」

「いやだってめんどくさいことしか頼まねえじゃんアイツ」


 そういうと、ラムダは「仕方ねえな」と言って諦めたように言う。


「進路はこのままディアノートに直行。入港予定日を返信しておいてくれ」

「了解。ルルねえ、入港予定日の計算出来る?」

「多分、明日だよー」

「オッケー『多分明日』って返信しておくゼ」


 そのやりとりを聞きながらティリーナは「ちょっと適当じゃない…?」と口に出た。


「実際適当で良いんだよ。俺達は軍隊でもなければ、商人でもない。あくまで空賊だしな」


 と笑うラムダの顔を見ていると、本当にどうでもよくなってくるからティリーナには不思議だった。

 ふと、疑問が降ってわいたティリーナは、肩に乗っているルルに問いかける。


「ねぇ、ルルちゃん。ディアノートって?」

「ディアノート皇国っていうとっても大きな国のことだよ。統一政府のあるヤゴナー大陸とは反対の大陸にある国だね」

「へー。まだ一日しか経ってないはずなのに大陸間の移動ってそんなに早いの?」

「いやぁ?多分海を行く乗り物を使っても1週間はかかる道のりだよ。飛空艇アダマシアはとっても早いし、空飛んでるからね」

「そう考えるとホントにすごいんだねこの艇…」


 仕事をてきぱきと指示するラムダを横目に、飛空艇の凄さを実感する。

 ルルがまるで自分のことかのように胸を張っていた。


「よかったなティリーナ」

「え?何が?」


 ぼーっと様子を見ていたティリーナはラムダから唐突にそんなことを言われて驚いた。


「明日、艇から降りれるぞ」

「えぇ……なんで?」

「皇帝様がお前に会いたがってるらしい」

「皇帝って……国で一番偉い人のことだよね?なんでそんな人が私に…?」

「さぁ?知らねえ。詳しいことは着いてからだろうな。……はい、これ」

「なにこれ?」


 ラムダは紙とペンをティリーナに手渡してきた。


「必要なモノはそこに書き込め。明日ディアノートで買い出しする」

「え?あ、ありがとう」


 感謝の言葉を口にすると「ん」という言葉が返ってきた。


「じゃあ、明日に備えて休まないとな」

「そういえば、部屋どうするか忘れてたね」


 ルルが思いついたように言う。

 ラムダは「そんなの適当でいいだろ?」と言うとルルは「よくない」とツッコんだ。

 そう言い争っていると、望遠鏡を眺めていた桃色の髪の女の子が話しかけてきた。


「女子側居住区の一番奥が空いてるからそこがいいんじゃないかしら?」


 柔らかく微笑むぽわぽわした雰囲気を持つ彼女が言うと「そこが空いてたね」と二人は同時に思い出した。


「はじめまして。パンドラさま。わたしはマゼンタといいます」

「あ、ティリーナって言います……」


 と何故か目の前に立たれると緊張してしまうようなマゼンタの美貌に、ティリーナは何故か敬語が出た。

 相手は子供だ。それも自分よりも5つ以上の年の差はあろう子供に、ティリーナは何故か敬語が出た。

 どこか調度品のような『品』を感じるティリーナは、触ったら壊れちゃいそう……という印象をマゼンタに持った。


「うふふ。照れ屋さんなのかしら?」

「え、いえ、はい、あの、その……」


 二の次が出ない。と困っていると、ラムダが「困らせるな」と呆れていた。


「じゃあ後のことはマゼンタに任せてもいいか?」

「あらあら。艇内を案内することが今日の仕事だとミカちゃんに聞いたのだけど」

「ミカエラ……アイツ余計なことを……」

「うふふ。じゃあわたしはお仕事しないとだから」


 そういうと、ふわふわとした花の香りを残しつつ、マゼンタは再び望遠鏡を覗き込んだ。

 じゃあ行くぞ。というラムダは踵を返して、艦橋を降りていこうとする。


「じゃあなラッシュ。今日はもう呼び出すなよ」

「将軍さま次第かなー」

「勘弁してくれ」


 それだけ言うと、ラムダは艦橋を降りていき、ティリーナとルルもその後を追った。


 しばらくしてから、ある程度の案内が終わったあと、女子側の居住区があるところまで着いた。


「ここが、私のお部屋か……」

「うん、ここは自由に使ってもらって大丈夫だからね」

「ありがとう。……ところで、なんでラムダはあんなに遠くに居るの?」


 っと聞いてくるティリーナの視線の先で、ラムダが手を振っており、その足元には白い線が引かれていた。


「女子部屋のある区画は男性立ち入り禁止なんだよ」

「あぁ、安心だから?」

「違うよ?」

「え?」


 なんでかそんな風に言われて面を食らった。


「男子の目がない方が好き放題出来るから」


 そういわれてどうゆうことなのかティリーナには何も想像付かなかった。

 小首を傾げて居ると、ルルが「まぁ今にわかるよ」と笑っていた。


「じゃあラムダ。今日はもう休ませるから」

「分かった。じゃあ俺は格納庫に行くわ。メシの時間になったら降りてこいよ」

「また格納庫で寝る気なの?」


 と呆れたルルを尻目に、ラムダが歩き去っていく。

 その背を見送ったティリーナは早速、自室となる部屋のドアを開けた。


 ベッドとランプ、あとはタンスが一つずつ置かれただけの質素な部屋だった。

 前の住人の生活感などはなく、なんだったら少しだけホコリが積もっていた。

 思わずホコリが口に入り、せき込むと、ルルが「あー」と言った。


「そういえば掃除がおざなりだったかも……窓を開けたら大分良くなるよ」

「あ、うんありがとう」


 せっせと、窓を開けると、ありえないほどの風が部屋の中を駆け抜けた。

 ホコリを舞いあげるだけ舞いあげて、ベッドのシーツも舞い上がる。

「うわうわうわ」と呻くティリーナが部屋の外に出て、廊下に転がる。


「そういえば、空の上だったねここ」

「凄い風だね」


 強風に煽られながらも、ティリーナが地面に踏ん張って窓にたどり着いて、閉める。

 気づけば部屋にあったものが、好き放題散らかっていた。


「……余計に片づけしなきゃだね」

「……ごめん」


 ルルは、素直に謝った。



   ―――――


 ラムダは、普段格納庫にあるハンモックで寝ている。

 理由は単純に、その方が涼しいから。

 自室は確かにあるのだが、何故か格納庫にあるハンモックの方が気持ちよく眠れるからという理由で足しげく通っている。


「ふぅ……」


 ハンモックで横になりながら、広い格納庫に、まるで寄りかかっているかのように置いてある巨大なそれを見上げる。

 それはまるで人型のような容姿でありながらも、獣のような獰猛な印象を受ける、そんなロボットだった。

 装甲はえぐれ、ところどころ大きな傷が、そのロボットの戦いの後を彷彿とさせる。


 ラムダはそのロボットのことが気に入っていた。


 たとえどんな凡百がこのロボットのことを欲しがろうと、誰にも渡すつもりはない。

 それだけの思い入れを何故持ってしまったのかはラムダ本人も分かっては居ない。

 だが何故か気になったのだ。


「お前を作った人ってアイツなんだよな?」


 そのロボットを見上げて、ラムダは語りかけた。

 当然何も答えはかえってこない。

 ただラムダには何かを語りかけてきているかのような錯覚を覚えた。


「アイツなら、お前を直せるのかもな……」


 そういうが、ラムダには未だにパンドラたる彼女のことが分からずにいた。

 今日一日付き添ったが、印象としては「普通の女のコ」という感じだ。

 特筆した感情は持てなかったし、何か興味を引くようなものもない。

 髪の毛が青いことが少し珍しいぐらいだ。

 だがそんなことは世界中を旅しているラムダにとっては些細なことでしかない。

 機械いじりをすると、何かトラブルを起こすだけで、害意もない。


「過去から飛んできた……か」


 ハンモックに揺られながら考える。

 これで何か変わるのか…と。

 あのティリーナという女と一緒に居て何が起こるのかと。


 ラムダという人間は、快楽主義者でもなければ、楽観主義者でもない。

 普段こそ、子供たちを目の前に余裕ぶった態度を取っている。

 それは演技ではないし、だからと言ってラムダ自身の素というわけでもない。

 ありふれた一面でしかない。

 大人っぽくて頼りがいのある『お兄ちゃん』としての側面だ。


 だが、ティリーナという自分と明らかに同年代の女性とは接したことがない。

 時々町娘とお店で会話するぐらいだろうか。

 不安ということはないのだが、時々意識してしまうのは、お兄ちゃんとしては少し恥ずかしいと思った。


「まぁ、なんとかなるか……」


 それでもあくまで楽観的に考えることにした。

 星辰機関とかいう組織が、ディアノートにあることは知っている。

 彼らがティリーナを欲していることも。

 何故なのかは分からないが、考えても、他人の考えなんて分かりようがない。

 時が来るその時に、自分の全力が発揮出来ることを、ラムダは楽しみにしていた。


「楽しみ……か」


 そんな感情が降ってわいたことに、自分でも驚いている。

 まるで冒険に出かける少年のような気持ちだ。

 目の前のロボットも昔は同じ気持ちを持っていたのだろうか?

 いや、そんな気持ちを今持っているのだろう。

 だって≪最強≫を自負しているのだから。

 活躍の場なんて歓迎すべきモノだ。


「……お前もそうだろ?≪ルガル≫」


 目の前のロボットにそう問いかける。

 心なしか、ラムダには、そのロボットの目が爛々に輝いているように見えた。

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