第6話『暗躍せし者たち』


「そうですか。では無事に彼女を保護できたのですね」

『保護したのは空賊だけどな。私は彼らの手助けをしたまでだ」

「ご謙遜を……貴方が居なければ彼女は飼い殺しになっていたでしょうに……」


 豪華な装飾品で彩られた一室。

 そこで銀髪を携えた美しい女性が、端末で誰かと通信していた。

 女性の見目は麗しく、まつ毛、眉毛、そして瞳の色まで全てが銀色に輝いており、神々しさすら感じるほどの美貌だった。


「それで。貴方は今後どうするのですか?」


 そういうと、通信先の男は「そうだな」というと、少し黙りこくった。


『とりあえずは、そっちにもう居るらしいカクタルと合流する』

「えぇ、城下町のカフェで今日は優雅なティータイムと伺っておりますよ」

『ヤツめ。旅行を楽しんでいるな?』


 通信先の男の音声からはバイクのような音が聞こえる。

 おそらくは移動中なのだろうと察する。


「あとどのぐらいでディアノートまで着きますか?」

『そうだな。あと一週間は少なくとも見積もるだろうな』

「流石にアダマシアの方が先に着きますか」

『それどころか。アダマシアなら二日で到着するだろうな。彼らの船はとにかく早い』

「迎えを寄こしましょうか?」

『勘弁してくれ。こっちは生まれて初めてのソロキャンプとソロ旅行を楽しんでいるんだ』

「これは失礼いたしました」


 やれやれと言いながら呆れたように笑う。

 通信先の彼との音声での直接的なやり取りは初めてのことだったが、どうやらハチャメチャな男なようだ。

 声色そのものは穏やかなはずなのに何処か剛毅なイメージを持つ声だった。


「それはそうと、随分と大胆な行動に出たようですね?」

『はっ、このロブロイ・ジンネマンにあのような窮屈な場所はもはや耐えられなかったのでな』


 がっはっは。と剛毅に笑うロブロイ。

 だがそんな様子を見て、ただ気丈に振舞っているように女性には見えた。


「よかったのですか?」

『何がだ?』

「地位も、名誉も、それどころか持っていた財すら全てを失うことになってでも、それは成すべきだったのでしょうか?」


 その言葉の真意に、男はすぐに気が付いた。


『非合理って言いたいのか?』

「えぇ、その通りです」

『それが、思いを受け継ぐってことだ。コルネ=ディアノート』


 男は嬉しそうに話す。

 まるで稚児に物語を語り聞かせるかのように。


「何代にまで渡って統一政府を欺き続け、アーティファクトを回収、そしてそれらを私たち≪星辰機関≫に引き渡す……その手腕は見事なものです」

『私の代になるまで流石に≪五席≫になることは難しかったそうだがな。私の爺様世代も焦っていたよ』


 だが上手くいってよかった。

 と、言葉を締めくくる男の言葉に、コルネは「ふむ」と頷いた。


「その全ては今日という日のため……途方もないお話ですね」

『そんなお役目も、もう終わりだ。あとは若い者らに任せるさ』

「何か誤解されていませんか?」

『何がだ?』


 何が誤解なのか分からず男が間髪入れずに聞き返すと、コルネはフッと笑いながら言った。


「貴方もまだ十分にお若くてらっしゃいます』


 通信の向こうで爆笑している笑い声が聞こえてきた。


『お世辞を言えるのだな君は』


 心外な言葉に、思わずむっとする。


「失礼では?」

『文面だけでは氷のように冷たい人物かと思っていたぞ』

「……そんなに冷たい人間ではありません」

『そう願うよ』


 それだけ言うと、咳払いを一つして、コルネが再び話を変える。


「それで、今後はいかがするのですか?必要なモノはカクタル殿経由でお渡し致しますが」

『いらん。星辰機関に合流出来れば必要なモノなど自分で揃えられる』

「路銀があるのですか?ショクセンとは通貨が違いますが」

『必要ない。すでに持っている』

「用意が良いのですね」

『部下が優秀すぎるおかげでな』


 ロブジンは自嘲するように言う。


「そういえば、今後部下の方々はいかがするのですか?」


 コルネがそう尋ねると「そうだな……」という言葉が返ってきた。


『それぞれやることをやるだけだ。大半は都市を脱出しておる。残ったのはスケルツォぐらいなものだ』


 「そうですか」と一言コルネはそれだけ返した。

 恐らくはロブジンにはもうすでに何もかも見据えられているのだろう。

 経験則と決断力。そして迷わない意志の強さは、コルネにはないものだった。


『そういう君はどうするのだ?パンドラという手札が君の元に届くことになるが……』

「決まっています」


 しかし、コルネにもすでに心に決めていることがあった。

 ロブジンの言葉へ、素直に即答する。


「≪星辰機関≫として、統一政府が撒いた病巣と戦うだけです」

『戦争になるな』

「戦争になる?それは大きな勘違いです」


 コルネは音声の向こうの人物に、威圧するように言った。

 男の言葉が詰まる。


「もうすでに、800年も前から、奴等とは戦争をしております」

『……』

「奴等は偽りの安寧の中で、それを忘れているだけ……豚のように肥えた家畜そのものです」


 小さな恨みつらみの積み重ね程度ではないのだと、コルネは重ねて言う。

 自分の先祖、親、果ては関わってきた全ての人間を代弁するように。


「そんな連中を根こそぎ洗い流し、真なる安寧をこの世にもたらすため、私は居ます」


 我ながら歪だと、コルネは心の底で思いながらも、それでも宣言する

 やり方なぞ分かっていない。だがすべきことは決まっていて、それになぞるように生きるだけ。

 星辰機関のトップとして、その子孫として、コルネには覚悟が備わっていた。


「邪魔する者は、消すだけです」


 離れているはずのロブジンすらも目の前にいるかのように威圧する。

 コルネにとっては、協力者、とは言えど、統一政府の元で生活をしていた敵に近いものだった。


『穏やかじゃないな』

「元より、私はそうゆう人間ですから。それでは気をつけてお越しください」


 多少強引に話を切り上げて、通信を切る。


 コルネは高級そうな皮製の椅子にもたれかかりながら、少し疲れたように溜息を吐いた。

 脳裏に浮かぶ、あの自由に生きる黒髪長髪の空賊が、心底羨ましく感じられた。


「……さて、彼らを見定めねばなりませんね」


 窓の外を見る。

 すでに月が現れはじめ、青空を夕日が赤く照らしていく。

 この空の何処かに居るであろう空賊のことを待ちわびながら、コルネはつぶやいた。


「≪星辰機関≫の禁忌……ティリーナ=リスメイル。一体いかほどの価値があるか」


 ―――コンコンコン。

 そういってつぶやいていると、ドアを三度ノックする音が聞こえた。

 「はい」と答える。


「ディンです」

「入ってください」


 答えると、ディンと名乗った黒い肌を持つ大柄の男性が入ってきた。

 服装は、東洋で使っていたという着物に身を包み、その上から皇国騎士団が使っている軽鎧を着用している。

 なんとも風変りな男だったが、コルネにとって、この国で一番に信を置ける部下である。


「偵察が終わりました。皇女殿下、奴らが動き始めています」


 言いながらディンは一枚の冊子をコルネに提出する。

 それに書いてあることを、コルネは穴が空くほどに食い入って読み込んだ。


「やはりですか。このディアノート皇国の付近に点在している統一政府の秘密組織……やはり動きましたか」

「彼らにしてみれば≪五席≫など木っ端な引きこもりでしかないようですね。明らかに動きが良い」

「パンドラの情報はすでに彼らも把握済み。≪ロブジン派≫もやはりマークされていたと見て良いですね」

「それと、奴らの主格の情報も手に入れております」


 ディンの差し出したもう一枚の報告書に目を通す。

 そこには目に光のともっていない痩せこけた男の写真が乗っていた。


「……≪幽世のコーラン≫ですか。ではあの≪ロイド≫も……」

「まだ遠いですが≪機動要塞アレクサンダー≫の姿も確認出来ました」

「アレが到達して仕舞えば皇都に甚大な被害が及びますね……」


 窓の外の美しい皇国ディアノートの首都≪エメラルダ≫を眺めて、コルネは憂う。

 この街に、戦火が届こうとしている。

 それを防がねばと、コルネは心に重んじた。


「やはり、打つ手は≪ルガル≫の再起動しかないかと」


 ディンの提案に、コルネは力強く頷いた。


「わかりました。アダマシアの入港用意に移ってください。ラムダに来訪要請を」

「かしこまりました」


 ディンが腰を折って敬礼をすると、軍人らしい機敏で丁寧な動きで踵を返し、退出していく。


 一人残ったコルネは、やがて再び椅子にもたれかかると、何度目か分からない溜息を吐いた。


「時間がない。計画を進めねば……」


 一人、孤独を感じながらも≪ディアノート皇国の皇帝コルネ=ディアノート≫は、書類仕事の片付けを再開するのだった。


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