第5話『空賊たち』




「やはり目覚めた時にはそれなりのもてなしをするべきだと思うのよ」


 飛空艇アダマシアの救護室で、ラムダの目の前にいる白衣の女史は言う。

 ≪チエ・ミカエラ≫という名前の、空賊団における医療全般をになう女性だ。

 その言葉に、ラムダとルルは口を揃えた。


「「どんな風に?」」


 そういうと、リカエラは自身の金色の髪の毛をくるくると指先でもてあそびながら言う。


「こう、やっぱりかっこよく出迎えられる雰囲気ってアリだと思わないかしら?なんかワクワクするし」

「……アリだな」

「……アリだね」


 ラムダとルルが即答する。

 食い気味に二人ともノリノリになっていく様子を見たミカエラは得意気に腕を組んだ。


「二人が帰ってきてからずっと話してるロブおじさんみたいな感じで言うのとかアリじゃないかしら?」

「あんな感じのか?例えば?」


 そういうと、ミカエラは頭に手を当てて変なポーズを取った。


「例えば……『目覚めたか。パンドラの少女よ……』とかよくないかしら?」

「おぉ、良いな。ついでに『この邂逅こそ世界の定め』とかも入れようぜ」

「いいねいいね!『まもなく世界の終焉が……』も入れようよ!」


(なにこの状況……)


 わきゃわきゃと話す中、ただ一人、今しがた目覚めたばかりのティリーナだけは困惑していた。

 何も分からないが、とりあえず悪い人たちではないのだろうということだけは分かったが、当の本人たちが何を言ってるのか全く分からなかった。


「それで、誰が言う?」


 とラムダが言うと、ルルとミカエラは「んー」と唸った。


「やっぱりそれは連れてきた本人が言うべきじゃない?」

「なるほど。じゃあ目覚める前にセリフまとめようぜ」

「オッケー」


 そういうと、ミカエラは紙とペンを取り出した。


「まずは『目覚めたか。パンドラの少女よ……この邂逅こそ世界の終焉……」

(出会ったら世界終わっちゃったよ)


 ティリーナは心の中でツッコミを入れた。


「まじめにやってよミカちゃん」

「ごめんて」


 ルルに諫められたミカエラは今度こそと意気込んで紙に書き込んでいく。


「『目覚めたか。パンドラの少女よ……この邂逅こそ世界のさだm……」

(あ、目が合った)


 ミカエラがセリフをまとめようとしている最中、ティリーナと偶然目線がバッティングした。


「おい、どうした? ………あっ」


 そして、凍り付いたミカエラを怪訝に思った二人は、続けてティリーナと目が合った。

 静寂が訪れる中、ミカエラが「ラムダ、チャンスだよ」と肘で小突く。

 ラムダも「ん”ん”……」と咳払いをして、頭に手を当てた。


「『目覚めたか。パンドラの少女よ……この邂逅こそ世界n―――』」

「いやもう無理だよ!打合せした内容でそのまま誤魔化せないよ!」


 ティリーナがたまらずツッコむと、ミカエラとルルが笑いを噴き出した。

 横になっていた体を起こし、ティリーナは何故か和やかに笑っている三人を相手に尋ねた。


「ここはどこなの?」

「飛空艇アダマシアの医務室だ。ようこそパンドラ」


 ラムダが言う。

 ティリーナはやはりラムダを見ると、誰かを見ているような既視感に狩られたが、それよりも気になることがあった。


「私の名前、パンドラじゃないんだけど……」


 そういうと、ラムダは「えっ?」と言うと、妖精がティリーナの鼻先まで飛んできた。


「じゃあなんて言う名前なの?」


 妖精の方も、ティリーナには何処か既視感を感じられた。

 頭の片隅に引っ掛かりを感じつつ、ティリーナは自身の名前を口にする。


「私は、ティリーナ」

「そうなんだ!アタシ、ルル!このアダマシアの船内システム担当!」

「えっと、あなたのその体は……」

「ん?アタシ、サイバーフェアリーなの。珍しいでしょ?」


 珍しいと言われても、判断に困ってティリーナはとりあえず愛想笑いをした。

 ティリーナが言葉に詰まっていると、今度は白衣を着た女医がティリーナの体に触れた。


「ひっ!?」

「はーい触診するよー」


 ひんやりと冷たい指先が、ティリーナの首筋をなでる。

 少しした後、まるで満足したかのように、ミカエラはティリーナから離れて紙にメモを取る。


「何処か痛いところはある?アンカーで無理やり引っ張りあげられたんだから何処かケガしてないといいけど」

「えっと……特には」

「ん。それならよかった。私はチエ・ミカエラ。このアダマシアの船医よ」

「どうも……それで、アダマシアって……」

「この船のことよ」

「船?」

「外を見ればよくわかると思うわ……そうね」


 ミカエラが窓の外を見る。

 ティリーナも釣られて視線を向けると、そこにはティリーナが見たこともないような景色があった。

 思わず飛び起きて、窓に釘付けになった。


「うそ……?」


 窓の外は一面、白い海のように雲海が広がり、上の方を見れば群青色の空があった。

 ティリーナが生まれた灰色の世界とは違う。違う世界のような光景だった。

 ラムダ達はそんな子供のようにはしゃぐティリーナを見て微笑んだ。


「今日はいい天気だから、まずは外の空気でも吸ってきたらどう?」


 そういうと、ミカエラはラムダに視線を向けた。


「俺?」

「そうそう。暇なんだからついでにアダマシアを案内してあげたら?アタシはこれからやることあるし」

「それもそうか。こいつもしばらく船に乗ることになりそうだしな」


 ラムダが椅子から腰をあげると、ティリーナに向かって声をかけた。


「外に出た方が景色が良く見えるぞ」

「え……?」

「外に行こう!ティリーナ!」


 そういわれて、手を掴まれて強引に連行される。

「んじゃまたおいでー」というミカエラを置いて、ラムダ達は医務室から後にするのだった。




 謎の男ラムダと共に船内を案内されることになったティリーナは、廊下を共に歩く。

 すれ違いに、帽子を被った少年がラムダに話しかけた。


「あ、ラム兄!その人が今回の戦利品?」

「そうだぞ。今から船内を案内するんだけど、代わるか?」

「ダメだよ!それこそラム兄の仕事じゃん!ちゃんと人と関わらないとダメだよ!」

「へーい」


 手を振ってラムダは帽子の少女と話していると、ラムダの足元に幼い少女がぶつかるようにして抱きついてきた。


「らむ兄さん!」

「ん、ティコ。よしよし。ちゃんと仕事してたか?」

「うん!てぃこ!いい子してた!」

「よーしよし。いい子だぞー」

「あー!ラム兄ちゃんだ!」

「遊んでよー!」

「はいはい。後でなー」


 幼い少女の頭をなでたり、帽子の少女と話したり、その後もそこに別の子供が集まってきたりとラムダは大人気な様子だった。

 そんな様子を見て、ティリーナは前で浮いているルルに問いかける。


「子供、多いんだね」

「ん?そうだよ。この船の大半の乗員は子供だけど。それがどうかしたの?」

「えっと、空賊……なんだよね?」

「うん。空賊だよー」

「もしかして連れ去ってきたりとかした子供達だったりとかってことは……」

「うーん……それについては紆余曲折あるからなんとも言えないかなー」


 何か事情がありそうな気がして、それ以上の言及は避けた。

 ただなんとなくだが、ラムダ達は子供に慕われていることも対応や表情から察することは出来たので、関係は良好なのだろう。

 ティリーナの胸中にあった不安が溶けたような気がした。


「ラムダー。そろそろ行くよー?」

「待ってくれルル。ごめんなーそろそろ行くから…な?」

「はーい!お仕事頑張ってね!」


 ルルに呼び出されてやっと解放されたラムダはティリーナ達を追い越すと、そのまま廊下を歩く。


「大人気なんだね?」

「うん?そう見えるか?」

「そう見える」

「なら良かったよ。っと、突風に気をつけろよ」


 ラムダと歩いていると、突き当りのドアにラムダが手をかける。


「わぁ………」


 少し乾いた風を全身に浴びながら、ティリーナはドアの向こうに出ると、そこはまるでおとぎ話の世界のような光景だった。

 地平線まで続く雲海。太陽の光で思わず目を細めながら空を見上げると、どこまでも青く色づいた世界がそこにあった。


「すごい」


 そう言いながら甲板の上をまるで踊るように見回すティリーナ。

 感動で言葉すらもおぼつかなくなる。

 今がもしかして夢の中なのではないかと疑いたくなるほどの絶景だった。


「どうだ?いい景色だろ」


 ラムダが得意げな顔で問いかける。

 少し強い風に、長い黒髪が揺れていた。

 その横顔に、ティリーナはカイの面影を彼の顔に見た。


「あなたは……」


 見れば見るほど、カイによく似ている。

 雰囲気や服装、人となりは別人だと思えたが、どこか運命みたいなものをラムダに感じた。

 心地よい風に吹かれてラムダが背伸びをする。


「さてと、お前の仕事をどうしようかな……」

「仕事?」

「この船に乗っている間は働いてもらうぞ。ちなみにお前は仕事の報酬だから船から降りれないから」

「えっっっ!?」


 とんでもない初耳な話だった。

 ティリーナが面を食らうと、ルルが「ちょっとー」と言いながらラムダを叩いた。


「言い方」

「仕方ないだろ?しばらく船から下ろせないのは事実なんだから」

「まぁそうなんだけどさぁ。安心してティリーナ」


 そういうと、ティリーナの周りを飛び回り始めるルル。

 ティリーナが手のひらを差し出すと、その上にちょこんと乗った。


「アタシたちは、ロブおじさんって人の手引きで貴女を保護する依頼を受けてたの」

「ロブおじさん……?」

「ロブジンって統一政府にいたおじさんのこと覚えてる?」


 そういわれて、ティリーナは時間を超えてきたときに初めて見た髭面の男性のことを思い出す。

 あの人がロブジンなのだろうと記憶していたティリーナは軽く頷いた。


「あの人って一体なんだったの?」

「私たちもよくわかんないんだよね。ただショクセンの下町に住んでた子が言うには良い人なんだって」

「ショクセン?」

「≪統一政府直下都市ショクセン≫って言ってこの大陸だと一番大きな都市だよ」


 そういわれて、ティリーナには一つの疑問が浮かんだ。

 冷静になった今なら何度言われてもやはり気になった言葉を考える余裕が出来た彼女は思考に耽る。


「統一政府のところになんでタイムマシン冷蔵庫が……みんなはどうなったの?」


 そんなことをつぶやくティリーナに、二人は小首を傾げた。


「タイムマシン冷蔵庫?」

「あの、私が出てきた箱の名前だよ」

「あれってパンドラの箱って名前じゃないの?」

「え?そんな物騒な名前付けてないよ…?」

「じゃああれってなんのために作ったんだ?」

「偶然の産物だよ。もっとも、あれを使って未来に渡ってきたんだけどね」


 言われてラムダは「ふぅん?」と言うと、話が難しいと言わんばかりに頭を掻いた。


「なら、お茶でも飲んで話を聞くとしようか……あっ、そうだ」


 何かを思い出したかのようにラムダが声をあげる。


「俺の名はラムダ。よろしくな」


 それだけ言うと、彼はティリーナ達を置いて先に船内に戻っていった。


「適当でしょ?ああいうヤツなんだ」


 呆れたようにルルが笑うと、なんだかティリーナも笑顔になれたような気がした。


 もう一度空を見渡す。


 灰色の世界と雨に濡れてべた付くような風は、もうない。

 青く色づいた景色、そこを吹く少し乾いた風。

 何もかもが異世界のように感じられる世界で、少女は新しい冒険に胸を躍らせるのであった。



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