第4話『ロブロイ・ジンネマン』



 天上院のある≪統一都市ショクセン≫。

 そこは、上層と下層、二つに分かれた格差社会という言葉がそのまま形になったような都市だ。

 天上院がある上層は、まるで天国のような楽園で、選ばれた人間にしか立ち入ることが許されない。

 選ばれた数少ない人数で下層から巻き上げた資源や税で私服を肥し、権力を誇示する。

 一方、下層に生まれた人間は、日の光すらまともに浴びることは出来ない。

 地下に埋もれ、西日が入る時間と共に寝食をし、税金を巻き上げられる。

 上層からもたらされる僅かな財を皆で奪い合い、治安がひどく荒れている。

 そんな場所に身を寄せるにはロブジンにとって余りにも都合が良かった。


「あ、ロブジン!」

「ロブジンさんだ!」


 下層の住民たちが、ロブジンを見て歓喜の声をあげる。

 歓楽街の裏通りではあるが、そこはロブジン自身に統一政府から与えられた自治区だった。

「息災か?」と問うと、住民が手を振って答える。

 この裏通りはロブジンが手を付けて改善した数少ない上層からの恵みを受けた場所だった。

 というのも、隠しアジトを用意するための都合が良かった場所だ。

 住民と秘密を共有し、住民に隠し立てしてもらうためにロブジンは衣食住の全てを裏通りの人達に分け与えて、信頼を勝ち取り、今に至る。


「行くんですかい……?」


 住民の一人がロブジンに問いかける。

 その人は裏通りで長老と呼ばれて皆に慕われている人物だった。

 ロブジンにとっては幼い時よりの知古である。


「デク爺。みんなを頼むぞ」

「えぇ、若様。それと、空賊達より贈り物が届いているようです」

「……空賊から?」

「倉庫の方にありまする」


 デクに案内されるままに、倉庫の方に向かう。

 そして、倉庫のシャッターを開けると、そこには一人の男とバイクのような乗り物があった。

 男は、ロブジンに気づくと、うやうやしく、頭を垂れた。


「御屋形様。よくぞご無事でいらっしゃいました」


 ロブジンが天上院で生活していた時に、身の回りの世話をさせていた年中燕尾服を着た使用人だった。


「スケルツォ。御屋形様はもうやめろ。もう俺のお役目は終わったのだ」

「かしこまりました。…ではパンドラの少女は?」

「無事、空賊に引き渡した。彼らであればあの子を好きなところへと連れて行ってくれるだろう」

「さようでございますか」

「それで空賊からの贈り物と聞いたがこれは?」


 ロブジンの目の前にあるバイクのようなものには車輪はなく、ただ白い無機質かつ、風を切り裂くような美しいデザインだ。

 一目でこれは普通の品ではないことがわかる。


「パンドラの片側。リザによる遺作≪スカイライン≫です。なんでも空を走ることの出来るバイクなのだとか」

「なるほど。これを俺にか?」

「えぇ、お屋敷から空賊に引き渡したパンドラアイテムの数々への見返りとのことです」

「……あれらは我々の手には余るからとくれてやったのにな」

「本当です。パンドラアイテムなど、我々の予想を遥かに超えますので、取り扱いに困りました」

「流石の私も≪極光の剣≫がただの誘導棒だったことにはおどいたぞ」

「つくづく規格外ですねぇ」


 肩をすくめるスケルツォに、ロブジンもふっと笑みをこぼす。


「スケルツォ。俺はこれから東奔西走逃げ回らねばならん」

「えぇ、存じております。世界を旅することこそ御屋形様の悲願なれば……」

「デク爺と共に、下町を頼む」

「かしこまりました」


 再度頭を下げると、スケルツォはロブジンに鍵を手渡した。


「スカイラインの鍵にございます」

「分かった。カクタルはすでにディアノートの方に居るのか?」

「えぇ、きっと酒場で飲みながら来訪を待っていることかと」


 バイクにロブジンが乗り込む。

 そして鍵を差し込むと、バイクとは思えないほどに静かな音がなり始めた。

 それが大きくなっていくごとに、バイクが浮き上がっていき、ロブジンはバランスを取る。


「ご健康をお祈りしております。ロブジン様」

「ロブジンではない」


 首を横に振る。


「ロブロイ・ジンネマン。偽名などもう使わんよ」

「ではそのように。ロブロイ様」

「あぁ、またなスケルツォ」


 ロブロイが右手のハンドルをひねると、バイクらしいけたたましい音が倉庫の中に鳴り響く。

 そして倉庫を出ていき、高度をあげるために車体を持ち上げると、そのまま空中に躍り出た。


『ロブジンさ~~~ん!』

『たまには帰ってきてくださいよぉ~!』

『ありがとーーーー!』


 ロブロイが飛び去っていくのを、住人達が気づき、叫びをあげる。

 その声援に、ロブロイは右手をあげて応えると、前を向いてこの地下から出るために、西日の差す方へと走り出す。


 男の陰が町全体を覆う。

 住人達はその大きな陰が消えていくまで、手を振って見送っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る