第3話 『SSS級指定重罪犯』



「この世の全てがこのパンドラの箱の中に収まっている!」


 壇上で大柄の男が演説を行っていた。

 大体50歳台ぐらいの年齢の男で、大きな顎鬚を蓄えており、確かなカリスマで目の前の兵士たちの求心を集めていた。


「諸君!我々の悲願はこの世界を統制し、管理し、絶対的な平和を確立すること!」


 男の背後には白い箱があり、それはこの世界でパンドラの箱と呼ばれる代物だ。

 それはパンドラが人生最後に生み出したアーティファクトとされており、今まで厳重に管理されていた。

 誰の目にも秘匿されて。


「そのためには絶対的な力……抑止力となるべき力が必要不可欠である」


 壇上の脇の方では≪五席≫と呼ばれる特別な地位に着く四人の傑物達が座っており、男もその≪五席≫に名を連ねていた。


「私は、その可能性をこのパンドラの箱が握っていると考えている!眉唾な話ではあるだろう……しかしこれには確かな確信がある!」


 男は手に持っていたモノを群衆に掲げる。


「これこそが、かつてパンドラが残したとされる英知≪極光の剣≫である!!!!」


 男が筒状のモノをひねると、光の剣がその刀身に現れる。

 光に熱はないが、部屋一体をまばゆく照らすそれは、まさに極光とも言うべきほど光輝いていた。


『すげえ……とんでもねえ代物だ!』

『なんて光だ!パンドラの遺産とは伝説上のモノではなかったのか!?』

『やはりパンドラは本物なのだ!』


 集まった群衆から驚きと歓声の声が上がる。

 それを聞いた男は、極光の剣と呼ばれたそれの光を一旦消して、再度演説を再開する。


「諸君!見てくれた通り、パンドラの遺産にはこれほどのモノが存在する!そしてそのパンドラが今一度我々の目の前に復活するという予言の日が今日である!」


 沸き立つ群衆にさらに声をあげる男に、群衆はこれ以上なく心酔する。


「光が……!」


 男がパンドラの箱と呼ばれた白い箱に向き直ると、それの扉からあふれるほどの光が瞬いた。

 「おぉ今こそ予言の時!」と歓喜に震え、群衆もそれを固唾を飲んで見守る。


「時は満ちた!!この邂逅こそ世界の定め!!」


 光は強さを増していき、ある者は目を塞ぎ、ある物は下を向いた。


「今こそ目覚めの時だ!パンドラよ!」


 その光が部屋一体を真っ白に覆いつくす。

 やがて何かが外れる音がした後。


「―――っで!! いったーーーーい!!」


 間抜けた声で、壇上に大きな荷物を抱えた青い髪をしたサイドテールの女の子がヘッドスライディングして現れた。


「「「「……。」」」」


 余りにもその神々しさのない登場の仕方をする珍妙な恰好の女の子に、周囲の誰もが唖然とする。

 ただ一人、女の子だけは事態が上手く呑み込めていないようで、周囲を見渡していた。


「……どこなの?ここ?」


 その幼さが残る顔立ちが、周りの多くの人間を認識して驚きに変わる。

 少女を見る人間たちも、その少女への容姿の非現実さに見惚れていた。


「おぉ!パンドラよ!よくぞ我がもとにお越しくださいました!」

「えっと……あなただれ?」

「私は、統一政府高官部≪五席≫に所属しています≪第四席≫ロブジンと申します」

「……統一政府!?」


 少女はありえないとでも言ったように、驚きの表情を見せる。

 男は眉をひそめた。


「おや、統一政府というのに聞き覚えがあるような言い回しで……」


 まずい。といった風に口を紡ぐ少女に、ロブジンと名乗った男が迫る。


「パンドラ、貴女には手伝って頂きたいのですよ」

「な、何を……」

「もちろん、この世の全てを手中に収められるだけの財を!これのような古代アーティファクトの神秘を!」


 そういって、ロブジンが≪極光の剣≫と呼んでいたものを再度光らせる。

 少女はそれを見たことがあるが、何とは言わなかった。


「古代アーティファクト……?」

「ええ、パンドラ。貴女が生み出した兵器の数々を我々はそう呼んでおります」

「……え、でもそれただの誘導棒だよ……?それにパンドラってなに?」


 空気が凍った。


「誘導、棒……?」


 恐る恐るロブジンが聞き返すと、少女は得意げに話し出した。


「大嵐の中でも自分の位置を分かりやすくするために、フォトン出力でとっても光るようにした誘導棒だよ」

「え、でも、普通にこれで昔、人同士が斬り合ったって記述があったんですが……」

「出力が高すぎて、ケガをさせちゃうからって注意事項書いてたはずなんだけど?」


 沈黙が大講堂の中に広がる。


「っふ……」


 静寂を破るようにして男から笑いが吹き出た。



「ふはははは!なるほど!過去に記された記述通りの奇天烈なお嬢さんなようだ!」



「……えぇ?」


 少女だけではなく、その場に居た誰もが困惑した。

 他の五席達も、固唾を飲んでその様子を伺っていると、ロブジンがにやりと微笑んだ。


「やはり、この組織では御しきれるはずもなし……」

「貴様!何を言っている!」


 ロブジンの先ほどまでとは打って変わって異様な気配を纏ったことを感じた五席の一人が立ち上がった。

 初老の男性、名は≪第一席オーレン≫といい、ロブジンの知る限りは五席の中で一番血の気の多い老傑だ。


「どうゆうことだロブジン……貴様、パンドラ本人についての記述などどこにもないと言っていたであろう」

「あぁすまん。あれは嘘だ」

「なぬっ!?貴様!何を企んでいる!」


 老人が挙手すると、周りに居た兵士たちが一斉にロブジンとティリーナを囲み込む。

 状況に焦るティリーナを背にして、ロブジンは不敵に微笑んだ。


「企む?全くもって勘違いだ。これは先祖より代々受け継がれし使命でな」

「元より獅子身中の虫であったか。しかし!なればここで明かしたことは悪手……貴様なにを!?」

「後のことを若い者に頼むのだよ。私はここからさっさと何処かに行きたいのでね」


 おもむろにロブジンは右手をあげた。

 右手は親指と中指がぴったりとくっついており、それを見たオーレンは何かを察した。


「貴様なにをする気だ!騎士達よ!奴らをひっ捕らえよ!!」


 オーレンの号令で一斉に騎士たちがとびかかり、ティリーナが悲鳴をあげそうになった時……


 ロブジンは指で音を鳴らした。



 ―――――ガシャァーーーーーン!!



 というガラスが割れる音と共に、壇上に何かが飛来して、粉塵を巻き上げた。


「――――――な、何事!?」


 粉塵で曇る景色の中、人影が現れた。


「何者だ!?」

「『―――時は満ちた。この邂逅は世界の定め』」


 若い男の声だった。

 ロブジンの年層の着いたしゃがれた声ではない。

 それは、先ほどロブジンが口にした言葉を繰り返しながらゆっくりと、腰に差してあった剣を抜き放つ。


「カッコいいセリフだな?パクっていいか?」


 やがて粉塵を、その赤い刀身の剣で吹き飛ばしながら、その男は現れた。


「な、何者だ貴様……!?」


 男の堂々とした風貌に、老人は呻くと、周りにいた騎士たちが一斉に騒ぎ出した。


『伸びた黒髪!?』

『あの特徴的な赤い剣……!?』

『あいつだ!………≪空賊のラムダ≫だ!!!』


 腰まで伸ばした長髪に、ヘアバンドが特徴的な不敵な男が騎士たちの前に立ちはだかる。

 騎士たちは狼狽えながら、男から距離を取る。まるで死神でも相対しているかのような恐れようだった。

 ティリーナは後ろからその青年の背中を見る。

 ロブジンはいつのまにやら居なくなっていた。


「なっ!?SSS級の指定重罪犯≪空賊のラムダ≫だと!?ロブジンと繋がっておったのか!」


 老人が呻く。


「空賊の、ラムダ……」


 その何処か既視感を感じる風貌に、ティリーナは驚きで動けなかった。

 そして渦中の男、ラムダは周りを堂々と見回しながら辟易していた。


「おっと、もうロブジン居ねえのか。すげえ逃げ足だな」

「ラムダ―!がんばれー!」

「おー、任せな」


 上空から声がして、ティリーナが顔をあげると、そこには小さな光を纏った妖精がふわふわとラムダを応援していた。

 何が起こっているのか分からないティリーナは、ただただそのラムダと言った男の背中に回り込む。


「怯むな貴様ら!空賊がなんなのだ!相手は一人、数で押し殺せ!臆するものは死罪ぞ!」


 オーレンの怒号と共に、騎士たちが剣を抜き、銃を構え、ラムダの前に踊りでる。

 まるでアリの群衆のように群がる騎士たちを前にラムダは不敵に笑った。


「おーおー、こりゃまた流石は統一政府のお膝元、猫一匹逃げられないって感じか?」

「あ、アタシどうすれば……」

「お、パンドラ。はじめましてー」

「はじめまして……?」


 呑気に挨拶をするラムダに、困惑するティリーナ。

 やはり、底が知れないほどの余裕を見せているラムダは騎士たちの目の前で首を鳴らしてみせた。


「どーにかするだけならカンタンなんだけど、やっぱここは盛り上げないとな」

「何をするつもりかは知らんが、貴様らはもう逃げられん!」

「逃げる?面白いことを言うんだな」


 そういうと、ラムダの左手が光を帯びる。

 その淡い光を眼前に突きつけた。

 瞬間的に老人が何かを察して、怒号を放つ。


「撃ち殺せぇ!!!!!!」


「―――荒れろ。」


 瞬間、ラムダとティリーナ中心として、金属が擦れ合うような音をあげながら発生した黒い暴風が騎士たちを吹き飛ばした。

 老人も、放たれた弾丸も、ラムダ達を囲っていた全ての者たちも、その暴風に巻き込まれていく。

 やがて、大講堂そのものの形が変わるほどの瞬間的な嵐が終わる。

 天井が崩れ、石像はズタズタになり、空からは一条の光がラムダ達を照らす。

 瓦礫や、衝撃で多数の人間が戦闘不能に陥る中、老人はただ一人、倒れ伏して呻いた。


「……バカな!?あり得ぬ!なんだその力は!?」


 空を見上げたティリーナは「すごい…」とつぶやいた。

 ラムダの起こした超常現象ではない。

 初めて見る太陽の光にティリーナは見とれていた。


「お、来たようだな」

「え……」


 瞬間、ラムダ達に差していた一筋の太陽光が陰る。


「な、なんだ……!?」

「なに……あれ!?」


 その場に居た誰もが驚きに空を見上げた。

 ただ一人、ラムダを除いて。


「―――空挺アダマシア。俺達、空賊団の船だ」


 眼前の空を覆いつくす程の大きさを持った巨大な船が、空に浮かんでいた。

 それは青い光を放ちながら、さも浮いていることが当然のようにそこにある。

 まるで自分たちが矮小な存在であるかのように錯覚してしまう程に。まるで海の底から見る鯨のようなスケールだった。


「よっと」

「え、なに!?」


 空を注目していたティリーナをラムダが片手で担ぎ上げる。

 抵抗しようにも余りにも強い力が加わっており、何も出来ない。


「んじゃ。俺達はこれぐらいで失礼させてもらおうか」

「ラムダ!アダマシアに位置情報送ったよ!」

「お、ナイス―――――っと!」


 ラムダの眼前に更に粉塵をあげて何かが飛来する。

 それは錨のような形をしており、ワイヤーで出来ていた。

 ティリーナを担ぎ上げながら、ラムダはその錨に乗った。

 周囲を回っていた妖精も、ぴったりとラムダに身を寄せる。


「舌を噛むなよパンドラ」

「え」


 瞬間。体全体が重くなるような、とてつもない衝撃がティリーナを襲った。


(なんなの……この人達は……)


 その衝撃に、ティリーナは意識を手放すのであった。





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