第2話『パンドラ』



「……ここは、どこ?」


 何もない空間。黒だけが視界を埋め尽くす謎の領域の中で、少女はさまよう。

 黒一色の世界ではあるが、暗闇ではない。その証拠に、彼女は自身の姿を確認することができた。


「……暗い。寒い……なにか、なにか羽織らないと」


 何も感じない、何も見えてこない中、少女はバッグの中へと手を入れて暖になるものを探す。


「―――何をしてるの?」

「……?」


 突如として少女の背後から声が聞こえた。

 自分以外は誰もいないはずの場所で、自身以外の声が聞こえた。

 どこか聞き覚えのある声がして、そちらの方を見る。


「……え?私?」


 そこには自身と同じ姿をした少女がいた。

 ただ一点違うことがあるとすれば、自身と違い、正面に立つその人物は血だらけだったことだけ。

 余りにも異様なその姿と、奇妙な状況に、少女は恐怖し、尻もちをついた。


「違うでしょ?」

「えっ、何が……?」

「貴女の居場所はここではない」


 血濡れの少女が近づいてくる。

 足がすくんで動けなくなった少女は、とっさに顔を腕で覆う。


「これはもう、貴女には必要ないでしょう?」


 いつのまにやら彼女の手の中にはボロボロの手帳が握られていた。

 ……カイの手帳だ。


「か、返して……!それは大事な……!」

「もう、彼らは居ないのに?」


 血濡れの少女が何もない空間に手を差し伸べると、そこに扉が出現した。

 そしてそれを開けて、手帳をドアの中に投げ入れる。


「……これで、彼が苦しまずに済む」


 彼というのはカイのことだろうか。少女の声に耳を傾ける。


「なんで……?」

「彼らはもう、この世界のどこにもいないよティリーナ」

「……なんで私の名前を」

「そんなことどうだっていいじゃない」


 血濡れの少女が乱暴にドアを閉めると、ドアが光と共に消えていく。

 ドアが消えていったおり、少女はティリーナの背後を指さした。


「貴女はあっち」


 背後を振り返ると、そこには扉の開いたドアがあった。

 扉の奥からはなにやら話し声が聞こえており、光があふれていた。

 すくんだ足に力を入れると、その扉から離れる。

 何が起きてるのかさっぱり検討のつかない頭で、ティリーナは後ずさる。


「さよなら」


 不意に、背後から衝撃が走り、ティリーナは前に倒れこむようにして、ドアの中に押し込まれた。


「待って!貴女は一体……!!!?」

「私はパンドラ。……かつて誰かがティリーナと呼んでいた者」

「それだけじゃわからな―――!?」


 ティリーナが抗議する前に、視界が光の中に消えていく。

 最後に少女の顔を見たとき、ティリーナにはフッと笑っていたように見えた。




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