第一章『青色の世界』
第1話『昔話、青年と妖精』
「『……そうして、パンドラは自分自身をその箱に詰めた』」
青年は妖精の言葉に耳を傾けながら、まるで大きな木のような太さの鉄パイプの上を、飛び乗っていく。
カン、カン、カン、と音こそは軽いものの、飛んでいる距離はおよそ5mの距離を軽やかに。
妖精は、青年に昔語りを聞かせていた。青年の周りを踊るように舞いながら。
「……そして今日が、パンドラというのが解放される予言の日とされているらしいわ」
「うーーーん……」
青年は、その昔語りをまるで他人事のように相槌を打つ。
腰まで伸ばした黒く艶やかな長髪が特徴的な青年で、腰には赤く艶めく大きな剣を携えていた。
「ちょっとー、せっかくかのパンドラの一説を知りたいっていうから教えてあげたのにその反応ってある?」
ピンクブロンドの髪を持ち、背中にはまるで蝶のような羽を携える妖精は、青年を非難する。
その非難を「うーーん……」と首を傾げながら、鉄パイプの上を飛び移る。
手の中には、端末が握られており、赤い点滅を見ながら青年は「うーん……」と唸る。
「ルル、この端末の見方全然わかんねえ」
「それよりもアタシの説明ちゃんと聞いてたー?」
「え? なんの話だったっけか?」
その言葉を聞いて「だーかーらー!」と憤慨する妖精を横目に、端末を注視する。
やっぱりその見方がわからなかったが、とりあえず赤色の点滅を目指せばいいのかと端末を仕舞った。
ふと視線を上に向けると、青空と共にパイプで出来た壁がまだ頭上に見えており、下を見下ろせばビルや建物がまるでミニチュアのように小さくなっていた。
「相当上って来たはずなんだが、『天上院』ってまだ上なのか?」
「当たり前だよ。ここは世界統一政府の本拠地。本来なら私たちが立ち入れるはずもないんだから」
「流石、統一政府はスケールが大きいな……っと」
和やかに会話をしながらも青年はパイプの壁を上り続ける。
まるでアスレチックに遊びに来たとでも言わんばかりの気のゆるみ方をしているが、二人に取っては何ら造作もない。
「あいつらは?」
「ちゃんと『上』の方で待機してるよ」
「うへーーー。いっそ上から飛び降りればよかったんじゃねえの?」
「それだとセンサーに引っかかって後が大変だから、下から地道に行こうってなったんじゃない」
「そうでした」
「あ、見てラムダ。もう終わりが見えたよ」
妖精に言われてラムダは上空を見上げると、確かに頂上らしい場所が頭上に見えた。
「やっとかよ。普通にだるかったぞ」
「ほらもう一息だよ」
「あの距離なら一足飛びでいけそうだな。ルル。掴まれ」
ラムダに言われてルルはまるで人形のように小さな体をラムダの胸に預けた。
そしてラムダは深呼吸をして―――
ゴォン!!
という音を立てて、乗っていた鉄パイプに大きなへこみを作りながら跳躍した。
まるで人ならざる膂力で20m以上の高さを飛んでいったラムダはそのまま頂上のコンクリート壁に手をかけた。
「あっぶね。意外とギリギリだったな」
そういうと、ラムダは片腕で体を持ち上げると、そのままコンクリート壁を上りきる。
「ここが統一政府本拠地の『天上院』か」
「意外と緑いっぱいだねぇ。なんというかお貴族様のお庭みたい」
「下にあった街はプレハブだらけのスラム街だっていうのに、随分な違いだなぁ」
「格差社会だねぇ……と、隠れてラムダ」
離れた位置に人を見つけたルルが言うと、ラムダはすっと傍にあった木の陰に隠れた。
どうやら庭の手入れをする使用人らしく、侵入者には気づいていない様子で、花壇を世話しているようだ。
ルルが「セーフ」と言うと、ラムダは周囲を見渡した。
「やっぱここは建物の屋根を伝っていくか」
「そうだね。目的地の大講堂は、すぐ近くにあるから端末で確認して」
「この端末見方わかんねえんだけど」
「……もういいよ案内するから」
そういうとルルは高さ5mほどの邸宅の屋根の上へと泳ぐように飛んでいく。
「オッケー。センサーもこのルートならなさそう」
「わかった。今行く」
続けて邸宅の屋上に向かってラムダも跳躍し、軽々と音を立てずに屋根を移っていく。
「それにしたって、パンドラの箱って一体なんなんだろうな」
「え、それさっき説明してたじゃん」
「そうだっけか?」
妖精が「えぇー…」と辟易しながらも「しょうがないなー」と言って説明を切り出す。
「その昔、パンドラっていう凄い人が、自分を封印するために作ったアーティファクトのことだよ」
「言ってたな。色々あって自分を封印することにしたって」
「そう。それで、パンドラやその弟子達が作った数々の品は、今はアーティファクトって呼ばれてて、一つ持ってるだけで国を一つ建国したり壊したり出来るんだって」
「半端ねえな。それで? 今回パンドラの箱を奪うか、それともパンドラ本人を誘拐すればいいんだよな」
「そうそう。なんだちゃんと覚えてるじゃん」
「まぁそれにしたって依頼人もすげえよな。わざわざ自分が潜入して協力するなんてさ」
「それだけ腕を買われてるってコト……って!?」
ビィ―――――――!!!ビィ―――――――!!!
けたたましい警報が、辺りに鳴り響く。
「げっ!?バレたか!?」
「センサーには触れてないし、誰にも見つかってないはずだよ!?」
二人が困惑していると、邸宅から見下ろした先の庭で、作業服を着た男たちが何人も走ってどこかへ行く。
それはラムダとルルたちのいる邸宅とは別の方向だった。
『こっちだ!蒸気パイプが破損した!!』
『やばいぞ!作業班、ロープとハーネスをもってこい!』
騒がしく唸る男たちが口にしているのを聞いて、ラムダとルルは肩をなでおろした。
「なんだ。侵入がバレたかと思ったぞ」
「今の騒ぎでだいぶ大講堂方面の警備が薄くなったんじゃない?」
「よし、今のうちに駆け抜けるぞ」
そういうとラムダは屋根を一足飛びに次から次に飛び移っていく。
音も立てずないように細心の注意を払いながらも、そのスピードは投げられたボールのように素早い。
やがてラムダたちが、大きなドームのような場所を発見する。
「あれが、大講堂だね」
「了解。中はどうなってるか見てきてくれ」
「はーい。ちょっと待っててね」
ラムダは自由に飛ぶことが出来るルルに偵察を頼んで、屋根にしがみつきながら端末を手にする。
そこには相変わらず赤色の点滅が映し出されており、先ほど見たときよりも画面の中心に近づいていた。
画面を切り替えて、番号を入力していき、コールをかける。
―――prrrrr。
しばらくコールを待っていると、誰かが応答した。
『はいはいラム兄?』
「ヌイか。そっちはどうだ?」
『うん、用意できてるから、ラム兄が予定通り暴れだしたら予定通りやれるよー』
「オッケーちょっと待ってろ。今、講堂に忍び込むところだ」
『了解ー。待機してるねー』
「頼むな」
端末の通信を切って、ポケットに仕舞う。
偵察を頼んだルルが、講堂の上空で合図を送っているため、ラムダは上空を一度見上げてから向かう。
飛んでいく途中に、屋根の下で待機していた兵士らしき男たちが見えたが、こちらには気づいていない。
騒音が出ることに最新の注意を払って、目的地で着地した。
「大丈夫だったか?」
「ばっちり。この天窓の真下にパンドラの箱があるよ」
「了解……っと、結構な人数いるな」
天窓から下をのぞくと、大講堂の中には多数の兵士が整然と整列していた。
そしてその視線の先、女神ユカリーティスの聖像の前に、大柄の男が何か白い箱の前で演説を行っていた。
「統一政府の最高幹部『五席』が勢ぞろいか。随分な催しだな」
「それだけあれが価値が高いってことだよね」
「好都合だ。依頼人にはすでにとんでもない額の前金をもらってるしな」
大柄の男の奥、壇の上に座る四人のフードをかぶった老人達がいた。
それぞれ『五席』に名を数える権力者であり、ラムダ達にも一目何かしらの資料で見たことがある顔だった。
そして、今演説を行っている男が唯一の若い五席の男が『第四席ロブジン』であった。
「……どうやらあの白い箱が例のパンドラってやつか」
「間違いないね。見るからに怪しいもん」
「んじゃ、あれからパンドラってのが出るまで待機だな」
「その間なにする?」
「んーーー、あ、良いもんあるぜ」
「なに?」
「すげー昔に造られたゲーム機」
二人の影が、風にゆられて、その時を待つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます