私の発明品は!!!

阿堂リブ

第0章「灰色の世界」

プロローグ『私の発明品は――』




 ―――私の生きる世界は、曇天が支配する嵐の世界だった。


 昔の。人類はその高い技術力、文明力によってあまりにも高すぎる代償を払うことになった。

 エネルギー戦争を経たそのあまりにもすさまじい進化は長すぎる嵐を呼び、やがて世界を飲み込み、地はぬかるみ、草木は枯れ果てて、実りは腐り落ちた。

 人々はそんな世界から少しでも逃れるために、地に潜り、シェルターと呼ばれる大型の地下施設を設立し、そこに身を寄せ合うようになった。

 そんな、世界に生まれた私は、今…。


「はぁ、はぁ…」


 ぬかるみを踏みしめる。

 ブーツはすでに真っ黒に染まり、靴下は水が溜まって不快な感触が足先に溜まっている。足先までふやけた皮膚は痛みを発して、一歩を踏み出すのも苦痛だ。


「がんばれティリーナ。あと少しでJシェルターが見えるぞ」


 前を歩く大柄の男がこちらを振り返らずに背中越しに言う。

 数日ほど歩き詰めだというのに疲れた様子を見せないのは、慣れているからなのか、それとも気遣いのためなのか。

 どちらにしてもありがたいことだと思った。

 前を歩く男は、ジンネマンという名前の背中がとても広い男性だった。

 背中に背負っているバックパックは重さが20kgをとうに超えているというのだが、まったく重い印象を持たせないほど彼の足は屈強だ。


「ジンネマン…歩くの、ちょっと早い…」

「もたもたしていると嵐が強くなる。俺の肩を使え、少し楽になる」


 差し出された肩をつかむと、引っ張られて歩みが軽くなった。

 私も重さが10kgのバックパックを背負っており、雨はレインコートごと体を重く感じさせ、汗と一緒に落ちて目に入ってくる水滴は苛立ちを煽ってくる。

 長く伸ばした母親譲りの透き通るような水色の髪の毛は、今はとにかく視界の邪魔だ。

 ふと、顔をあげても、灰色の空がそこにある。

 時刻としては日中のはずなのだが、重苦しい空気感は夜とあまり変わらない。

 荒涼とした山岳を歩くが、景色はやはり曇天と霧が支配する灰色の世界だ。


 現在私とジンネマンを含めた数人で拠点を変えるために動いている。


 理由は、私が住んでいた第188シェルターにあった真水生成装置が再生不可能となってしまったからであった。

 故障が判明した時から、私も原因を探っていたが、原因はパイプ菅が経年劣化で水圧に耐えられずつぶれてしまったからだった。

 もちろん、それでも修理を試みたが、修理を完了するまでの正確な目途が立たず、飲み水が枯渇してしまう現実が存在していた。

 そのため、第188シェルターの住人たちは人工食と飲み水を抱えて、少しでも大きい施設だった『Jシェルター』という場所に保護してもらうことにした。


「ここ数日が比較的に嵐がおとなしくて助かりましたね、ジンネマンさん」


 私の後ろに居た誰かが口を開く、もうすでに体力が尽きている私と比べたら元気なようだった。


「そうだな」


 そっけなく答えた。

 ジンネマンは私が生まれた時から188シェルターでリーダーとなっていた男で、寡黙な男で昔から行動で何かを示す人だ。

 私のお母さんが衰弱により亡くなった後、私を引き取って世話をし続けてきてくれた人でもある。

 父親が誰なのかシェルターの人達は教えてはくれなかった。

 そのため私は、昔からジンネマンを父と思って接してきた。

 彼もおそらくはそう思って私の面倒を見ていたと、そう思いたかった。


 ふと、ジンネマンが私の頭を指で小突いた。


 雨で濡れた目元をぬぐい、顔をあげる。

 山岳の頂上から見下ろす雨風で見づらくなった景色の先。

 ビルの瓦礫だらけの街の中。

 そこにはコンクリートで建てられた竪穴への門があり、Jシェルターの入口であることを示す緑色の電光が闇の先に差していた。


「あそこだ。まだ少し距離があったな」

「まだあんなに距離があるの…?」


 ぼやく私に、ジンネマンはいつものようにぶっきらぼうに言った。


「泣き言を言っても変わらん」


 そう言って、また足を進めて行く。

 肩をつかんでいた私も釣られて歩きだす。

 後ろにいた人たちも、みんながみんな背中を押し合って歩き出すのだった。



 ―――――――――――



『……ジンネマンさん。ようこそJシェルターへ』


 およそ一時間以上歩いた先で、私たちはようやくJシェルターにたどり着いた。

 門の前にあるスピーカーから若い男性の声が響く。

 どこか優し気な声色を機械越しの声でも感じ取れた。


「その声、カイか」

『はい、連絡もらったので』

「すまない。世話になる」

『立ち話は後でしましょう。中へどうぞ』


 コンクリート製の扉がガコンと重い音がして、鈍い音を立てて扉が開いていく。

 かれこれ七十年は雨が降り続いているこの世界で、余計な水の流入を極力減らすために、かなり重い扉になったそうだ。

 地下生活で、水没などで逃げ場をなくさないようにする工夫だという。

 開いた扉の向こう、そこで黒髪の少年は私たちを出迎えてくれていた。


「長旅ご苦労様です。188シェルターの皆さん。カイ=クロムウェルです」


 カイの腕の中にはタオルが握られており、足元にはタオルの束の入ったバケットがあった。

 このシェルターの上の人間の指示なのか、どちらにせよ歓迎されているようだった。

 私がタオルを受け取ると、少年は軽く会釈をする。

 顔立ちが整っており、まつ毛が長いことが印象的な青年だった。

 私と同じぐらいの歳の子だろうか。

 少し見とれていると、背中を誰かに叩かれた。ジンネマンだ。


「ティリーナ。挨拶ぐらいはしっかりやれ」

「ごめんって。ティリーナ=リスメイルです。188シェルターでメカニックをしてました」


 そういって挨拶をすると、彼は少し驚いた様子を見せた。


「綺麗な髪色ですね。ジンネマンさんの娘さんですか?」

「俺に妻はいない」

「それにしては、随分と仲が……」


 そういって、カイは「まぁいいか」と言って、私たちの横を通り過ぎて行く。

 ジンネマンの本名はハロルド=ジンネマン。

 何故かみんなはファーストネームのハロルドとは呼ばず、ジンネマンと呼んでいるが、みんななりの愛称なのだろう。


「更衣室は降りてからすぐの所にあります。先に重い装備をおろしてってゆっくりしててください」


 薄暗い闇の先で階段が青い蛍光灯の光がほんのりと照らされていた。

 おそらくはこの世界の主流となっている水力発電と地熱発電だとは思うのだが、やはり節約には気を使っているらしい。

 嵐により、風力発電施設は新規に作ることはできず、地下では雨を利用することでエネルギーを得ている。

 私たち188シェルターの人間たちもその方法で電気を作っていた。

 よく私が、発電施設で煤で真っ黒になりながら調整をしていたことを思い出す。


「女共は先に降りておけ。おい、男連中は先に土嚢を敷くぞ」

「「「ええええーーーー!?」」」」


 うわ……一か月ほど歩き詰めて働かされる男性らに同情を寄せながら階段を降りていく。


「暗いな……」


 湿気で天井に水が滴っており、階段を降りて廊下を歩いて行くときも足元が滑りそうで少しヒヤリとした。

 ジンネマンも足元に気を付けるように周りにいいながら階段を降りて来ている音が聞こえた。

 ―――ぐぅ…。

 緊張感のない腹の虫が鳴る。そういえば移動に集中していたせいで今日は何も食べてないことを思い出した。


「さっさと着替えて何か食べよう……」


 廊下のすぐそこに青い光で『更衣室』と書かれた看板があり、その横には木製の扉に手をかける。

 ふと扉の向こうに人の気配を感じた。かすかだが話し声が聞こえる。


「ここの人かな?」


 ―――ガチャ。


 ドアノブをひねって扉を開けると、ロッカーが立ち並ぶ部屋に入る。

 ロッカー部屋は廊下と違って、明るく照らされてきちんと部屋全体を広く見渡すことができた。

 扉のすぐそばには女性が二人立っていて、何か話し合っていたみたいで、私の姿を認識すると駆け寄ってきた。


「アンタ、188シェルターの人?」

「え、はいそうですけど」

「水色の髪……もしかしてティリーナってアンタ?」

「へ?あ、はい……」


 白いロングジャケットを着た赤い髪の可愛い印象を受ける女の子だった。

 もう一人の方も若い女の子で、黒い髪のどこか儚げな印象を受ける女の子でどこか大人びて見えた。

 赤い髪の女の子は私に対してどこか刺々しいまなざしを向けてくる。


「そう、よろしく」

「はぁ……」


 出ていけとでも言いたいのだろうか?とは少し思ったが違うみたいだ。

 何かライバルが増えたとでも思ってそうな顔だ。


「それで、アンタのロッカーはこっち。部屋を割り当てられたらあとは部屋に荷物置くから使わなくなると思うけど」

「ありがとうございます。えっと貴女は?」

「リザ。研究者をしてるわ」


 そういってリザは私の後に入ってきた188シェルターの子の方の案内に行く。

 ちょっと怖かったが、面倒見はいいのだろう。


「ごめんねーリザはちょっと気難しい子なの」

「あ、い、いいえ。大丈夫です」


 私が戸惑っていると、黒髪の女の子の方が笑顔を向けてくれた。

 なんだか大人びて見えるけど、年下……だよね?


「ユカリです。医療班で看護師をしているわ」

「どうも、ティリーナです。メカニックをしてます」

「あ、貴女がティリーナさんなのね。ジンネマンさんから話は聞いてるわ」

「え、それってどんな?」

「いろいろよ」


 挨拶もそこそこにロッカーの前でレインコートを脱ぎ、ロッカーを開けると、そこには先ほどカイにもらったのと同じような大きめのタオルが置いていた。

 おそらくは彼女たちの心遣いなのだろう。ありがたく使わせてもらうことにした。


「とりあえず、部屋に入ったらお風呂に入るといいわ。個室だからゆっくりできると思う」

「感謝です」

「ユカリ、全員下に降りられるわよ。身体検査は十分?」

「リザありがとう~。身体検査は後でも出来るから行きましょうか」


 みんなを連れてユカリは奥の扉を開ける。


 Jシェルターとは国内の民間企業連が敷設したシェルターだ。

 188シェルターなどの軍隊が敷設したシェルターとは設備も施設規模もはるかに大きいとは聞いている。

 国の政府組織が凍結した今でも188シェルターのような軍営施設とは違い、研究や開発が進んでいるとも。

 だからある程度の規模感を想像していたが、予想は遥かに超えていた。

 

 一言で言えば絶句した。


「え、街……?」


 私たちは今、一つの街を遥か上空、鉄骨の折り返し階段の上から見下ろしていた。

 地下の大きな空間。

 壁は合金製の板で埋め尽くされた白い外壁、それを白いライトがまるで太陽かのように照らしていた。

 さらにそのライトの下、まるで私たちは天空から街を見下ろしているかのような感覚にとらわれる。


「相も変わらずここは壮大だな」


 私があまりのスケール感に圧倒されていると、まだ雨に濡れて滴ったままのジンネマンがいつのまにやら傍にいた。


「久しぶり、ジンネマンさん」

「ご無沙汰してますジンネマンさん」

「リザ、ユカリ。元気そうだな」


 知り合いなのだろうか。二人が挨拶するなんて。


「ジンネマンってJシェルターに詳しいの?」

「……昔、私がそれこそ少年だった時のことだ。俺の父、ハワード=ジンネマンは軍部の人間でな」


 スロープに手を掛けて、街を見下ろすジンネマン。

 普段のジンネマンからすればかなり饒舌に聞こえた。


「あまり自慢ではないと言っていたが、かなりの権力者だったそうだ。そんな父が軍部の人間を裏切ってでも民間企業連との関係構築に尽力して、このJシェルターを作ったそうだ」

「じゃあ、ジンネマンがここに入れてもらえるように言って、話が通ったのは……」


 本来なら188シェルターの人間で、ジンネマン以外は外部のシェルターと通信設備などを共有できる人物はいない。

 みんな、嵐の始まった時代の親を持つ二世ばかりで、生活も苦しい中では考えられないことだった。


「若い時に、ここに住んでいた」

「絶対それだけじゃないよね……」


 そういうと、ジンネマンは押し黙ってしまった。

 こうゆう時の彼は嘘が下手で、なにか後ろめたいことあるのだろう。

 私がジットリとした目で見ていると、ユカリが私とジンネマンの間に割って入ってきた。


「ジンネマンさんは、たまに食料や発電機の燃料なんかを買い付けるためにJシェルターに来ていたの」

「へぇ……じゃあ度々何か月か留守にしてたのはそれなんだ」

「まぁ、そうだな……ティリーナ」


 私が「なに?」と聞き返すとジンネマンは「仕事の話だ」と切り出す。

 何故か視界の端に居たリザがしかめっ面を浮かべたような気がした。


「リザ、後で研究棟にティリーナを案内しろ」


 それだけ言ってジンネマンは、階段を先に降りて行く。

 リザは「了解」とだけ言うと、また私を睨んだ。


「聞いたわね。部屋で身支度しないとだから早く降りるわよ」

「あ、はい……」


 会話はそれだけで、私たちは街まで降りることにした……。

 私、やっぱり嫌われてる?



 ―――――


 街中を歩くと、本当にここはシェルターなのか疑問になってくる。

 私たちが居たシェルターはどっちかというと最低限生活できる程度の防空壕のような簡素な作りだった。

 ここ、Jシェルターとは本当にスケールが違う。まるで本の中の世界のようだ。

 完全に街が出来上がっており、大小さまざまな家や、お店が立ち並び、街灯の明かりが街いっぱいに広がっている。

 私以外も皆一様に同じような反応で、首を右往左往に向けている。


「この街灯も、照明も本当にリザさん一人で……?」

「設備は元々あったものよ。私が作ったのは新基軸エネルギーだけ」

「新機軸エネルギー?」

「今までの地熱水力とかの発電をサブに回せる全く新しい発電エネルギーのことよ」


 つまりは、地熱水力よりもエネルギーが多く生み出せる発電方法ということだろうか?

 そのためには何を使っているのかは検討がつかない。

 一応は、原子力発電という方法が残っているものの、政府の凍結と共に技術も知識も秘匿されており、再現は叶わない。


「そうね、四次元から得られる時間や記憶といった物を光という見える形にして、それをエネルギーに変換した」

「……えっと、全然何もわからなかったんだけど」

「つまり、次元の境界が生み出す力をエネルギーにしたのよ」

「じ、次元……?」

「そう、大体四次元って言われる、時間、記憶の領域から」


 私とは世界観のスケールが違いすぎて理解しづらいのだが、つまりは私たちの過去や未来を電力に変えてるということだろうか?

 莫大なのかも少量なのかも全然全く見当がつかないが、事実この街はその光で埋め尽くされている。

 電光看板から店の中の照明までそのエネルギーが回っているのだとしたらとんでもないものだ。

 それをリザ一人が作ったのだと言うのだから、天才というほかない。

 ジンネマンはそんな子と私に何をさせようと言うのだろうか?


「私は、そのエネルギーのことを『フォトン』って名付けたわ」

「フォトン……」

「記憶や時間の軌跡が、まるで光の粒子のように見えたからよ」


 そう言われて、私は傍にあった電光看板を注視する。

 乳白色っぽい光が、目の前に広がっている。

 んー……なにもわからん。


「何してんのよ。電気に還元してるんだから分かるわけないじゃない」


 なんかバカを見るような目で見られてしまった……。

 そりゃそうか。



 ―――――――



「ふーーー、疲れた……」


 ベッドの横に荷物をおろして、横になる。

 一か月ほど野宿と移動を繰り返し疲労困憊の体を多少でも良いから休ませたくなるが、まだジンネマンからの呼び出しが残っている。


「まだ動かなきゃ……とりあえずお風呂に入ろ……」


 案内してくれたリザとユカリは下で待っていてくれているらしく、待たせても申し訳ないしささっとお風呂に入ることに。

 流石にユニットバスだったが、贅沢は言えない時代だ。昔は、ほとんどの家庭が風呂とトイレが別々の部屋にあったそうだが本当だろうか?

 軽く体をシャワーで流すだけで今日は終わらせ、さっさと服を着て、部屋を出る。


「遅い」


 部屋を出た所、リザが階段への扉の前で仁王立ちしていた。

 その横でユカリが、肩をパンと叩いて諫める。


「もう、長旅で疲れているんだからそんなこと言わないでリザ。ごめんねティリーナちゃん」

「大丈夫です。行きましょう」


 リザが先に階段に降りていき、ユカリと一緒になってリザについていく。


「アンタ、メカニックらしいわね」

「そうですね」

「ジンネマンさんが、アンタを天才って言ってたけど」

「え、そうなの?」


 そんなことを言われた覚えがないんだけど、ジンネマンは何を他のシェルターの人に吹き込んだのやら。

 ちょっと驚いていると、リザが振り返ってきた。


「聞いてないの?」

「聞いてない」

「そう……まぁ、そんなことを面と向かって言う人じゃなかったわね」


 ジンネマンとこの子はどんな関係なのだろうか?

 リザは溜息しながらも、階段をまた降りていく。


「すごいわね。ジンネマンさんって人を褒めることってあるんだ」

「いや、褒めますよ。私も言われたことありますし……」

「イメージ沸かないわね」

「あの人は労うことはあっても褒めるようなことはしなさそうよねぇ」

「……そっか」


 私が、いろんな機械を直したり、作ったりするとき必ずあの人は褒めてくれていたけど、私だけだったんだ。

 そう思うと、認められている気がして、少し気持ちがすっとした。

 やがて話している途中で一階に到着し、住居棟を出る。


「研究棟はこっちよ。途中に商業区があるからお腹空いているならそこで何か買っていきなさい」


 もしかして、このリザって人、案外面倒見がいいのかな?

 なんか誤解していたのかも知れないと思いながら微笑むユカリと一緒にリザを追いかけるのだった。



 ――――――――――――


「いや、そんなことないや」


 ご飯を食べてくると言ってお店に行っている間に、リザ達とはぐれてしまった。

 なんでだろうか。事前に「あのお店にちょっとご飯行くね」と言っておいたのだが、何故はぐれるのだろうか。

 意外と私はいじめられているのかも知れない。


「どっちが研究棟なのか分かんなくなっちゃったし、困ったな……」

「何か困ってる?」

「え……?」


 右往左往してると、声をかけてきたのは先ほどシェルターの入口で出会ったカイ=クロムウェルだった。


「やぁ、さっきぶり」

「カイさん」

「うん。どうしたの?この辺はあんまり治安も良くないから、一人だと危ないよ?」


 最初見たときはちょっと近寄りがたい印象を受けたのだが、意外とフレンドリーな性格の人らしい。


「そうなんですけど、リザさんとユカリさんとはぐれてしまって……」


 そういうと、バツが悪そうに「あー」と言うと、周りを見まわした。


「どこに行くつもりだったの?」

「研究棟です」

「んーーー?リザのとこ?歩き詰めて疲れたところに大変だね」

「ジンネマンから言われてまして……」

「はぁ、あの人も人使い荒いな。案内するよ。二人がごめんね」

「すみません。ありがとうございます」

「はは、いいよ。口調もため口でいいよ。年齢も離れていないでしょ?」


 肩をすくめて、頬を掻いて困ったように言うカイ。苦労してるなぁ。


「あ、うん。よろしくカイ」

「じゃあ行こうか。ジンネマン先生も待っているみたいだしね。行ったらリザ達も居るでしょ」


 カイに案内されて商業区を歩く。

 安心したと思ったら景色を眺める余裕が出来た。

 やはりとてつもなく技術や文化が根付いている。そんな余裕がこの街にはあるということだ。

 料理屋や金物屋、面白そうなお店や、どこか色っぽい雰囲気のするお店まで、非常に幅が豊富だ。

 流石に、まぶしくて目が乾きそうなほどだ。


「物珍しい?」


 きょろきょろと辺りを見回す私に、カイは笑って聞いてきた。


「あ、うん。見たことない雰囲気だったから……」

「188シェルターか。あまり状況は良くなかったの?」

「そうね。私の居た188シェルターって廊下と広場だけの場所だったよ。愛着はあるんだけどね」


 そういうと、少しだけカイの表情が暗くなったような気がした。


「どうかした?」

「……やはり政府直下で作られたシェルターの状況は良くないみたいだから」

「どうにかしたいの?」

「そうだね。やれる方法があれば、もっといろんな人を助けられる」


 カイが笑顔を浮かべる。

 意外と何か腹に抱えているタイプなんだと感心した。



 ――――――――――



「さぁ着いたよ」


 しばらく歩くと商業区を抜けて、研究棟の目の前まで来ることができた。

 途中で建物が見えるほど大きく、建物全体がなんだか水色の光で照らされていた。

 いや、違うな。照らされているというより……。


「建物自体が光ってる……?」

「あぁ、気づいた?リザが発明したフォトンっていうのが建物の周りに浮いてるんだって」

「綺麗……」

「はは、面白いよね」


 ニコニコと笑いながら、なにか身分証か何かを端末にかざして建物の中に入っていくカイ。

 私もその後ろをしっかりと追いかけた。


「ようこそ。ここが研究棟」

「すごい……」


 まるで別世界に来たような光景だった。

 白が基調となったレイアウトの壁に、ところせましと長い白衣を着た研究者たちが行きかっている。

 どこか静謐とした雰囲気に、思わず緊張を感じてしまった。


「来たか」


 私が景色に見とれていると、私たちを見つけたジンネマンがコーヒーを片手に近寄ってきた。


「リザとユカリはどうした?」

「えっと、はぐれちゃって……」

「どうしてそうなる」


 溜息を吐いて、ジンネマンは懐から通信機器取り出すと、それを耳元に押し当てた。

 しばらく話していると、ジンネマンは再び溜息を吐いて通信機器をしまう。


「急患だ。医療棟にはもう行ったようで、お前を探していたらしい」

「行き違いってこと?申し訳ないなぁ……」

「仕方がない」

「あまり怒らないでくださいよ」

「人助けをしたやつを何故叱らねばならない。変なことを言うな」


 どこかジンネマンは嬉しそうに言いながらも、カイには厳しめに言葉を告げる。

 男同士の会話というのはあまり聞かないが、私にはジンネマンが不器用なりに信頼を寄せているようにも見えた。


「ティリーナ。仕方がないが要件はここで話す。今日はカイに連れてもらって帰れ」

「うんわかった。ジンネマン、それでなんの仕事なの?」

「まぁ、座れ」


 私が疑問を投げかけると、いきなり会話を断ち切ってジンネマンが机の方に顎を向ける。

 話が長くなりそうなんだと感じているのだと、ジンネマンの言葉を自分の中で完結させながら丸机の周りにあるソファに腰掛ける。

 ジンネマンもソファに座り、コーヒーを一口飲むと、私に視線を向けた。


「リザと仕事をしてもらうことになっている」

「えっ」


 リザと……? 少し前の出来事を思い出して少しだけ戸惑ってしまった。


「嫌か?」

「いや、嫌ってわけじゃないけど……私、あの子に嫌われてない?」

「うーん多分違うと思うな」


 カイがすぐに言葉を否定して、にこやかながらも言い方に困ったように肩をすくめた。


「リザは、多分ティリーナをライバル扱いしてるんじゃないかな? ほら、僕が彼女に『ジンネマンが評価している子がいるらしい』って言っちゃったんだよね」

「なるほど」


 余計なこと言ったね?という言葉が喉から出掛かったが踏みとどまった。


「ほら、ジンネマンさんってそうゆうこと言わないからさ…」


 「だから、つい…」と言っているが何が「だから、つい」なんだろうか?

 耳元でカイがひそひそとジンネマンに聞こえないように言うが、多分聞こえてる。


「分かりづらくて悪いな」

「そ、それより仕事って何をすればいいの?」


 誰とするかは分かったけど、研究者である彼女とは結局何をすればいいんだろうか。

 私は、工学なら大体経験でどうにでもなるけど、化学などの研究分野はまったくの素人だ。

 研究者とコンビを組んで何をすればいいのか。


「あぁ、188シェルターのような小規模シェルターへの物資搬送用のロボットを開発してほしい」

「ロボット?」


 ジンネマンは力強くうなずく。


「フォトンのことについては聞いたか?」

「うん。なんかはよくわかんなかったけど」

「……まぁ半永久動力エネルギーだと思えばいい」


 いい加減だな。


「―――って半永久動力!?」

「そうだ。なんでも超大型ロボットですら余裕で動かせてしまうほどのエネルギーを持つらしい」

「えぇ……でもいきなりすごいスケールだね」

「あぁ、俺も若い奴らのやることには驚かされるばかりだ」


 ジンネマンは珍しく口の端を吊り上げた。

 楽しそうに笑っているところを見るのは初めてだった。


「ティリーナもしかしてジンネマンさんと結構仲いいの?」

「そこそこかな」

「まぁまぁだ」

「仲いいね……」


 あ、ジンネマンが分かりやすく笑った。

 どこか188にいた頃、切羽詰まっていたように見えたのだが、初めて楽しそうにしてるところを見た気がする。

 やっぱり安心したんだろうか?

 っと、安心ついでに私も笑っていると、強烈な眠気に襲われた。


「あ、ごめん。ちょっと眠気が限界かも」

「あぁ、要件は終わりだ。ちょうどリザ達も戻って来たぞ」

「ごめんなさーい!本当にごめんねティリーナちゃん」


 そういってユカリさんが私を背中から抱きしめて来た。おぉ、すごい質量だ。

 おっさんみたいな感想を心の中で思い浮かべながら、年下に敗北感を感じていると、リザもバツが悪そうに正面にやってきた。


「悪かったわ」


 ……すごいあっさりとした謝罪だった。

 もうちょいユカリさんぐらい分かりやすくなってほしいと思ってしまった。


「いえ、仕方ないですよ。それに要件は聞いたんで」

「リザ、ユカリ、送ってやれ」

「はいはーい了解でーす。ティリーナちゃん帰ろっか」


 ユカリさんが、背中からどいてくれると、今度は手を握ってくれた。

 意外と距離感が近い人なのだろう。ちょっと仲良くなれそうな気がしてきた。

 リザにもこのぐらいの積極性とコミュ力があれば、仕事に気負わなくてもいいんだろうけど。

 いや、きつそう。


「カイ、アンタ残ってる仕事があったわよ。何で商業区でサボってたのかしら?」

「あ!?いやー……はっはは」


 バツが悪そうに笑ったカイは「それじゃまたー!」と言ってリザに首根っこを掴まれて施設の奥に消えていった。

 あの人、案外まじめな感じじゃないんだ……ジンネマンも呆れていた。




 ――――――――――――


 そうして私の新しいシェルターでの生活が始まった。

 翌日、道は覚えたのでリザと一緒に研究棟に向かい、身分証をもらって研究棟に入れるようになった。

 フォトンの技術を使ったロボットの開発を目的に、色々と研究することになった私は、最初にリザからフォトンの知識などを教えてもらっていた。


「……とまぁ注意点はこんな感じね」

「へぇー、すごいすごいとは思ってたけど、設備と材料のコストは高いけど、半永久的に動力として生かせるってすごいねぇ」

「まぁね。フッ化水素なんかの純度を9が68個並ばせなければいけないけれど、その分発電性と継続力は今までのエネルギーの比じゃないわ」

「それがどれだけすごいことなのか全然分からないよ……」

「ふふん、まぁ地方でメカいじってたにしてはアンタも理解力ある方よ」


 身長に見合わず意外と大きな胸を張りながら得意げに語るリザ。

 割と最初の頃よりは打ち解けられてきたようで、私も敬語を抜きにしてもう話している。

 要はプライドが高いだけで、面倒見はいいようだ。あとは話せば意外と気さくな感じが接しやすい。

 天才っていう印象はそのままに、ちょっと高飛車な子のようだった。


「いい時間ね。少し休憩しましょう」


 リザは時計を見やると、椅子から立ち上がる。

 そのまま、リザの研究室の出口近くにあるドリンクサーバーに向かっていく。


「なんか飲む?コーヒーと紅茶ぐらいしかないけど」

「じゃあ紅茶で」

「そう」


 それだけ言うと、リザは紅茶を二つ手に持って、また椅子に座った。


「ふぅ、たまには紅茶もいいわね」

「いつもはコーヒーなの?」

「カイがよく遊びに来てコーヒー飲むからよ」

「へぇー、カイとは知り合って長いの?」


 そう聞くと、少しだけリザがじとーっとした目で見てきた。

 昨日の睨んでいる感じではなく、なんだか湿気を帯びた視線だ。


「なんでそんなこと聞くのよ?」


 そんな答えが返ってきて、思わず首をかしげたが、なんか勘の良さが働いた。


「あぁ、そうゆうこと?別に気になるってわけじゃないよ。昨日もなんとなく仲が良さそうに見えたから」

「べ、別にアンタがアイツをどう思ってるか気にしてるわけじゃないわよ」

「はいはい。あーそうゆうことねー」


 私が意地悪な感情を抱いてからかうと、リザは恥ずかしそうに口を尖らせた。

 可愛いなこの子。


「アンタは逆に男っ気なさそうよね」


 逆にリザが今度は私に意地悪なことを言ってきたが、その言葉に私は返事を詰まらせた。


「……何よ?気にしてた?」

「ううん。逆だよ。遠ざけてたの」

「何でよ。珍しい水色の髪もあるし引くて数多だったでしょうに」

「……身売りしてたの。私のお母さん」


 言ってしまった。

 別に不幸な境遇を自慢したいわけでも、それを言って空気を曇らせたかったわけでもない。

 ただなんとなく、リザは私のことを理解してくれると思って、口を滑らせた。


「もしかして……」

「うん、もう亡くなってる。だいぶ小さい頃に」

「だから、ジンネマンに面倒を見てもらってたのね」

「誰の娘なのかは分からなくて、結局ジンネマンの所に押し付けられたんだけどね。たはは……」

「笑えないわよ」

「ごめん……」


 空気が気まずくなってしまい、思わず私は下を向いてしまった。

 やっぱりこれを言うのは早かったかなと後悔していると、急にリザに手を握られた。


「同情はしないわ。アタシも似たようなモノだから」


 私の手を見ているのに、どこか遠いところを見ているような顔を、リザはしていた。


「まぁ、アタシの下で頑張れば?せいぜい音を上げないように」

「あはは、お手柔らかにね」


 私はリザとがっちりと握手した。

 私のガサツな手のひらとは違って、リザの手はなんだか優しいような気がした。


「それで?アンタはロボット作るのとかどこまで出来そうなの?」


 空気を変えたいとばかりに、リザが聞いてきた。

 んーーー、メカニックがどこまで仕事できるかって言って分かるもんなのかな?

 一休さんスタイルで、どうしようか悩んでいるとポンとすぐに思いついた。


「あ、発明品を見てもらった方が早いかな?」

「発明品?」


 ガチャガチャと音を立てて鞄の中を漁る。

 たしか、Jシェルターに移動になる前に作った発明品があったはずだ。

 あれを見せれば大体力量が分かってくれるんじゃないだろうか?


 お、あった。


「てってれー!瞬間粒子分解掃除機ーーー!」

「なんか物騒な発明ね……見た目はただの掃除機ね?」


 ふっふっふ、驚くのはここからなんだな。


「これはね。瞬間的に吸い込んだモノを粒子上に分解し、どんなモノでもコンパクトにできる優れモノ」

「へぇ、すごいじゃない」

「リザ、ストロー貸して?」

「え?はい……」


 私が瞬間粒子分解掃除機のスイッチをオンにすると、途轍もなくけたたましい音がなり始めた。


「あの、なんか掃除機ってレベルじゃない音がしてるわよ?」

「まぁ見ててよ見ててよ……ほい」


 ほいっと言ってストローを掃除機の吸い込み口に近づけると……ストローは音もなく吸い込まれていった。

 そして、吸い込まれたストローは、掃除機の奥で「ギャッ!!」と鋭い音を立てて、粒子となって消えた。


「へぇーすごいじゃない」

「ちなみに人間も吸い込まれると粒子状になっちゃうんだけどね」

「いや怖っ!?なによそれ、危ないじゃない!!!」


 そういうと、リザが全力で私から離れていった。


「まぁ言われて見れば確かに…」

「危なすぎるわよ!ますスイッチ切りなさいよ!」


 言われたとおりにスイッチを切ると、リザが戻ってきた。


「大丈夫だよー。人体とかが入り込まないように吸い込み口がとっても細く作ってあるから」

「安心出来ないわよ。なにそれどういう構造してるのよ……」

「知りたい?」

「え、なんか怖い」


 説明しようと思ったのに、リザが「やめとく」と言ったので、やめておいた。

 そうしてリザと仲良く話していると、コンコン、と研究室のドアがノックされた。


「二人とも、進んでいるか?」


 ジンネマンだった。

 どうやら様子を見に来たようだ。


「とりあえず座学をね」

「そうか。少々不安だったが上手くいっているようだな」


 私たちの距離感を見てそう思ったのだろうか。また楽しそうな顔をした。

 だがしかし、どうやってロボを作るかはまだまだ構想が浮かばないし、報告には少し困った。

 がっかりはしないだろうか?

 そんなことを考えていると、私の頭にぽんと大きなモノが乗った。ジンネマンの手だった。


「そんな顔をするな。時間ならいくらでもある」

「いや、ないよ。多くの人を助けるんでしょう?なら早い方がいいじゃん」

「だからと言って安全をないがしろにするようならメカニック失格ね」

「……リザ、安全なものを作らせるようにな」

「え、何?アタシだより?」


 そりゃ貴女が責任者なんだし当たり前だよね。

 それにしても私の発明や作るモノが安全じゃないって言われてるようで不本意だなとは思った。


「ティリーナ。ぶー垂れるのはそのトンデモ掃除機をしまってからにしなさい」

「トンデモじゃないもん。瞬間粒子分解掃除機だもん」

「……研究棟から出入り禁止になるようなものを作るなよ?」


 ジンネマンにも釘を刺された。

 昔、ジンネマンに自慢した発明の8割は有効活用されているような気がするが、信用はないんだろうか?


「それにしても、本当にすごいわねこのバカ掃除機」

「瞬間粒子分解掃除機ね」

「なんでもいいわよ。分解して調べるから」

「ちょっと!私だって苦労してこれを作ったんだから、そんな簡単に分解しようとしないで!」


 マイナスドライバーを取り出したリザの手元から瞬間粒子分解掃除機を取り返す。

 これを作るために188シェルターの資材を細々と貯蓄して、1年をかけて作ったのに。

 といっても平行作業で幾つも作ってたものの一つなんだけど。


「うん。じゃあ力づくでも処分するけどいいわね?」

「あ……はい」


 その後、瞬間粒子分解掃除機は、リザの管理のもと厳重に保管されることとなった……。




 ――――――――――――――


 それから1年余りの時が流れた。


 研究と設計は順調に進んでいる。いまだにロボットの完成系は少しも浮かんでいない。

 私は未だにリザからそれなりに怒られたりしながらも、フォトン技術を使った開発品を量産して実験を繰り返していた。

 使えば使うほど、このフォトン技術というものはとんでもないものだ。

 半永久エネルギーと謳うだけはあって、破格の出力を持っており、調整が難しい。

 とはいえ、リミッターさえかけてしまえば、強力さはそのままに長時間出力を維持できる。

 今私が作っているものも、とんでもなく順調だ。

 フフフ……なんだか楽しくなってきた。

 面倒な位置に作った六角螺子を締めるのも苦じゃない。


「アンタ、なにしてんのよ……もう部屋に帰らず三日目よ?」


 いつの間にやらリザが研究所に顔を出していた。

 一年で腰まで長くなった赤い髪をまとめており、風呂上りなのか肩から湯気が立ち上っている。


「あれ?そんなに経ったの?」

「そんなやつれた目をして、何を作ってんのよ。また危険なものを作る気じゃないでしょうね?」


 リザが私に鏡を見せてくる。

 そこにはまるでゾンビのように目元にクマを作っている女の顔があった。

 あ、これ私かぁ……。


「そんなに危険なモノじゃないよ?遺伝子組み換え野菜のクローンを作る装置だよ」

「あぁ、農作部に言われたヤツね」


 そう。なんかおんなじ個体の野菜から記憶そのものを引き継ぐことが出来れば、別の個体にも同じ性質を……。

 とかなんとか言ってたような気がするが、頭がやられてるのかあんまり思い出せなかった。


「なんか大きくなりすぎてないかしら?」


 見るからにリザに疑われている。

 そりゃそうだ。

 なんか人ですらも遺伝子操作の対象に出来そうな大がかりなモノになってしまっている。

 原理は何にも理解してなくて、なんとなくでやってるが、やはりオーバーテクノロジーっぽい機械は肥大化がつきものだ。


「うん。フォトンを使えばもっと効率的に使えると思って」

「ふーん?あんまり込み入ったモノを作るとまた没になるわよ」


 ほどほどにしなさいと言って、紅茶を飲み始めるリザは、あるモノを見つめて固まった。

 リザの背丈ほどの大きさの白い箱型の装置だ。


「何これ?昨日までなかったわよね」


 ―――冷蔵庫だ。しかしただの冷蔵庫ではない。

 私がフォトン技術を使った改造を施した冷蔵庫だ。

 色々なアタッチメントを付けたり、エンジン周りの機構を変更したからか見た目がとんでもなく大きくなってしまってついにバレた。


「あーそれ?手持無沙汰だったからちょこちょこ発明のために改造してたんだよね」

「っていうか!?それ研究所の冷蔵庫じゃない!?勝手に改造しないで!?」


「……てへ☆」


 頭にたんこぶが一つ出来た。

 頭をさすりながら、抗議をするが、逆に怒られてしまった。


「んで?今度はどんなトンデモ発明なのよ?」


 最初の時のように睨まれながら、腕組みをするリザの目の前で、私は不敵に笑って見せた。


「な、なんなのよ」

「聞いて驚かないでね。これは四次元に食料を貯蔵する全く新しい冷蔵庫の失敗作だよ!」

「失敗作と聞けば驚くわよそれは」


 溜息を吐いたリザは「まぁいいわ」と言いながら、冷蔵庫を眺める。


「それでどうゆう構造で、どの辺が失敗なのよ?テーマは画期的だから協力するわよ」

「おぉー!流石リザ!ありがとう!」

「抱きつくのはいいから先に説明しなさいってば!」


 リザに力づくで引きはがされた私は、早速冷蔵庫の扉を開ける。


「何これ?なんかもやもやしてる……?」


 冷蔵庫の中は七色の靄であふれかえっており、リザが中に手を入れようとするのを私は急いで手を掴んで止めた。


「靄に触らない方がいいよ。これ時空が歪んでるから」

「え、どうゆうこと?」


 疑問に思ったリザが反射的に冷蔵庫を閉めた。

 最近、リザの危険察知してからの反射神経が飛躍的に成長しているような気がした。


「元々は、フォトンの性質を使って四次元にモノを送れば、食料の消費期限を気にせず保管できると思って作ったんだけどね」

「すごいじゃない。確かにフォトンの理論上は可能だし、それを作れれば一気に食料問題が解決できるわね」


 そう、画期的だったのだ。

 それゆえに、今回は惜しかった……。


「けど、なんか出力高すぎて、モノを入れようとしたら吸い込まれて行っちゃってさ」

「危なっ!?それでどうしたらそれを取り出せるのよ」

「……取り出せない。トングを使おうとしたらトングも吸い込まれた」

「撤去しましょう」


 どこからかリザがバットを取り出した。


「ま、待って待って!これは研究次第ではとんでもない発明なんだよ!ちょうどリザにも研究してもらって完成させようと思ってたんだ!」

「嘘くさい……」


 リザがバットを振りかぶっていたので、足元に縋りついて何とか止めてもらえるように説得すると、リザは溜息と共に肩をおろした。


「はぁ……確かに、送ったモノがその後どうなったのかも気になるしね。興味深いし、ついでに調べてみましょうか」

「やったー!リザありがとーー!」

「次はないわよ?」

「はい……」


 しばらくは、本格的にロボット作りに専念しようと心に決めた。




 ――――――――――――


 それからしばらくして、リザは急に熱心になって冷蔵庫を調べ始めた。


 私も、ロボットの設計をしながら試行錯誤して、どんな形にするかも大体想像できるようになった。

 まずは風雨が吹き荒れる以上二足歩行ロボットは却下だ。バランスが取りづらい上に、荷物の運搬にも不向き。

 作れないことはないのだが、やはり今作るのはなんとなくはばかられた。

 適当に二足歩行ロボットの設計図自体は完成させて、その辺にポイ投げしてある。

 今や書類の山脈になったこの部屋の中のどこにその設計図があるかは誰にも分からなくなってる。

 続いて私が注目したのは四足歩行ロボットだ。

 キャタピラ式は、とにかく建物の瓦礫や岩、足場の悪くなった場所ばかりになったこの世界においては不便だと思った。

 そうゆうことで、どんな感じの四足歩行ロボットがいいのかは目下検討中だ。


 それよりも、リザだ。


 リザがあの冷蔵庫に悪戦苦闘してしばらく経つ。本当に他の研究だいぶ投げ出してあの冷蔵庫にべったりだ。

 そんなに気にいったんだろうか?

 「分かったわよ」と言って来たのは、私が四足歩行ロボットの設計図の草案を作成し終わってからだった。


「ずいぶんとご執心だったね。気に入ったの?」

「まぁ偶然とは言え余りにも突飛な現象だったわ。アンタ本当に無自覚に天才ね」

「えーー、そう?照れる」

「そうね。ついでにトラブルになりそうなモノを作らなければ完璧なんだけど」

「すみません……それで、どうだったの?」


 リザは説明が難しいという顔をしながら、うーーんと唸る。

 いや、なんか心情的にはそれだけじゃなくて、私に説明するのも癪とでも言わんばかりの悩みっぷりだ。


「ジンネマンさんのところで説明するわ」


 そういうと、私の手を引っ張って、研究室を出ていこうとするリザ。


「え、ちょっと待ってよ!わざわざなんでジンネマンのところに?」

「アンタは自覚ないんでしょうけどね。あれはおいそれと言いふらして良いものじゃないわ」

「え、そんなにすごいものなの?」

「アンタ、アホなの?あれはね……」


 リザは、私が初めて見た顔をして、振り返る。

 その射抜かれるような視線に、私は硬直してしまう。


「―――タイムマシンよ」




 ――――――――――――


「なるほどな」

 リザの話を聞いたジンネマンは頭を抱えていた。

 傍ではカイが、キラキラとした顔で驚いていた。

 私は、何故か研究棟の応接室のど真ん中で、正座をさせられていた。


「タイムマシンか……また大仰なモノを作ってしまったものだな」

「いやーすごいね。うん。天才を超えてるなぁ」

「カイ。笑いごとじゃないのよ」

「あ、はいすいません……」


 カイもそろって正座させられた。一年経っても相変わらず尻に敷かれているようだった。


「それで?何故分かった?」

「過去にフォトン溶剤を使った実験で似たような現象が起こったことがあるわ。多分原理は同じ」

「その場合は何が起こったんだ?」

「時計が高速回転して時間が20分飛んだことがあるのよ。しかも体感じゃなくて実際の時間までね」

「なるほどな……」


 報告書にもう一度目を通すジンネマンは、すっと私を見据えた。


「それでどうするの?こんな危険なもの、置いとくだけでリスクなんだけど」

「え、じゃあ僕が吸い込まれてっても―――ぐあああああああ!!リザ!腕はそんな方向には曲がらないよ!!!」

「アンタも少しは警戒しなさいよ!!!!!」


 電光石火の速さでリザに腕挫十字固めを食らうカイを横目に、ジンネマンは思案する。


「俺達で、秘匿するのはどうだろうか?」

「というと?」

「結社を結成してその中だけで完結させる。タイムマシーンという技術そのものを無かったことにすればいい」

「なるほど……リザ、どう思う?」

「アタシはそうするしかないと思うわ」


 カイの腕を極めながらそんな決め顔で言ってくるとちょっと面白く見えてくる。

 私はそろそろカイが可哀想だからと、リザの腕を叩いてカイを解放してあげた。


「とは言え装置そのものをどうするかは別の問題よ。保存するのか解体するのか。決めなければ納得出来ないわ」

「分かっている。俺の結論はすでに決まっている」


 そういうと、ジンネマンは机の引き出しを開けて、紙を取り出した。


「あの装置はお前たちの研究室に置いておく。危険ではあるが、それが一番だ」

「え、嫌よ」


 リザにバッサリと切られたが「まぁ聞け」とジンネマンは宥めてかかった。


「あれをどうにかするのは現状無理だ。技術そのものを無くすことが損失でしかない」

「そうね。何をどうすればたまたまそんな発明になるのかは疑問だけど」

「現状はあれを保存して置いておくしかない。幸い見た目はただの冷蔵庫だ。開けられなければ害はない」

「まぁ……それはそうね」


 眉間をつまみながらリザは何度目か分からない溜息を吐いた。

 私の目の前だと毎度毎度こうゆう顔をさせてしまうので、見慣れたものだが、今回はより深刻そうだった。


「それにあの研究所にはお前たち以外立ち入らないだろう」

「確かに」

「リザは怖がられてるし、ティリーナは怪しいモノ作ってるしで、確かに誰も行かないよね……って痛ぇ!?」


 カイのふくらはぎから、破裂音めいた良い音が鳴った。


「カイ、殴るわよ」

「もうふくらはぎが悲鳴をあげてるって……!!!」


 ふくらはぎをカーフキックで狩られたカイが泣き言を言い出す。

 あれは痛そうだ。口は災いの元っと。


「リザ、そのぐらいにしてやれ。それで結社を作る理由だが……」

「秘密の共有を限定するためよね?まぁ大体想像はつくわよ」

「その通りだ。秘密の共有に必要なのは結束だ。そうゆう風に囲っておかなければすぐに露呈する」


 私を見ながらジンネマンが言う。え、そんな私軽率な印象なの?


「秘密結社か……なんかかっこいいね」

「アンタマジで呑気よね?ヤベーヤツって思われてる自覚ある?」

「え!?そうなの!?」

「アンタマジでヤベーヤツよね……」


 リザに呆れられてしまった。

 心外な。大体フォトン技術を15歳そこらで確立させてしまえる方も十分やべーと思う。


「そんなわけだ。ティリーナ。結社の名前を考えてくれ」

「私?」

「当たり前でしょ。誰のためだと思ってるのよ」

「あ、私か」


 言われて気づいた。

 リザやジンネマンがここまでしてくれているのは、何もかっこいいことが理由ではない。

 タイムマシンと呼ばれるオーバーテクノロジーな技術を偶然とは言え生み出せたのだから、この技術にあやかりたい者はいくらでもいるだろう。

 つまりは私を守るために、ここまでしてくれているのだ。


「あれ?じゃあなんでカイも一緒なの?」

「それは……」


 リザは口ごもった。

 あぁ、幼馴染に隠し事をし続けられる自信がなかったのか。


「カイは研究棟の統括理事長だ。コミュニティが非常に広いから情報が広く集められ、統制だって効く」

「え!?そうなの!?」

「一年もいるのに知らなかったのね……」


 いやだって、若いこともあげられるが、日頃からリザにしばかれている情けない姿を見てたら、権力者だって思わないよね?

 というとカイが流石に泣きそうだったので、心の中に秘めておいた。

 私は、こほんと咳払いをすると、話を元に戻す。


「それで、名前だよね?」

「あぁ、なるべく俺達だけで通じるような名前が好ましい」


 それならと、少し考え込んでみることにした。

 これは夢の技術だ。偶然とは言え夢をかなえられるきっかけになった。

 かつて、この世界が雲に覆われてしまう前の時代、夜は空いっぱいの星で埋め尽くされていてそれはそれは美しい景色だったと聞いていた。

 私はその景色をいつか見たいと願っていた。

 それを、かなえられる。

 そう思うと、心の中に明確なイメージが湧き上がってきた。

 発明品を生み出す時と同じ感覚。


「決めたよ」


 それを、素直に出すことにした。

 ひねりはいらない。

 きっとこれが私と彼らを繋いでくれると信じよう。

 秘密機関の名前……それは―――


「―――星辰機関」





 ―――――――――――――


 星辰機関が立ち上がってからさらに半年の月日が流れた。


 といっても何かが変わったわけでもない。これまで以上に私の発明品が警戒されるようになったぐらいだ。

 私の改造掃除機は今やリザが許可しないと使わせてはくれない。

 逆にリザは許可を取らなくてもガンガン使っているが、最初のころの恐怖心は一体どこに行ってしまったのだろうか?

 やはり、私の技術は間違っていなかったのだ。

 タイムマシン冷蔵庫は未だに部屋の隅に置かれている。ただ故障中の張り紙だけ張られて電源は入っていない。

 リザが研究のために、冷蔵庫を度々電源を入れるが、まぁこれと言って変わったことはない。

 全てはいつも通りだ。


「できたーーーーー!!!」


 そんな日々を暮らすうち、ついにロボットの設計図が出来上がった。

 草案もリザを経て、ジンネマンから許可を取った。

 作業が始まってから一年と半年が経過したぐらいだろうか。永いような短いような気がした。


「うふふ、おつかれさまティリーナちゃん」

「ありがとーユカリさん!」


 遊びに来ていたユカリさんから紅茶を受け取る。フルーツティーだろうか?上品な甘さに体が癒される。


「やっとね。気を張り続けて異様に疲れた気がするわ……」


 リザがげっそりとした顔で私の設計図をチェックしていく。

 この半年、ずっとリザの胃痛のタネになってしまっていて、申し訳ないなぁと思う。

 まぁそれはそれとしてリザは冷蔵庫で楽しそうに研究していたような気がするから気にするほどでもなさそうだけど。


「あとは作るだけね」

「そうだね。あとは作るだけ」

「……ねぇ、ティリーナ」


 リザが私の名を呼ぶ。いつもと違う呼び方から、真剣な様子がうかがえた。


「アンタの夢、ってなんなのよ?」


 まっすぐと私の目を見つめるリザに、私は少しうつむいた。

 言えば、否定されるかも知れないと思ったのだ。


「何よ?言いづらい夢なの?」

「リザ、そんな言い方しなくても……」


 ユカリに諭されるリザは、ちょっとだけ呆れたように溜息を吐くと、首を掻いた。

 そしてユカリの方を向いて「ん?」と何かに気が付いたように声を漏らした。


「ユカリ、そんな指輪してたかしら?」

「え? あぁ、うん……」


 照れ隠しに頬を隠しながら、それでいて指輪を自慢するように見せつけて来るユカリ。

 指輪は左手の薬指についており、それではまるで……結婚指輪のようだった。


「誰かと結婚したの?」


 私が聞くと、リザは目を白黒とさせて動揺していた。


「ど、ど、ど、どうゆうこと……? だ、誰となのよ……?」

「落ち着いてリザ。カイ君とじゃないわ」

「あ、なんだ。じゃあ誰よ」


 安心した瞬間、いつものモードになった。ズバッと切り替えの早い女だ。


「もしかしてジンネマン!?」


 私も、とりあえず冗談で言ってみた。

 茶化せる程度の知り合いの名前出せば笑えるかなーとか思ったのだが、なにやらユカリの反応が思ってたのと違った。

 顔を真っ赤に染めながら、その端正な顔が、にやにやと歪んでいく。

 幸せ一色って感じの様子に、私とリザは顔を見合わせた。


「ティリーナ。ロボットの着工についてなんだが……なんだこの雰囲気」


 そこにタイミングが良いか悪いかジンネマンがやってきた。

 ジンネマンの左手を確認する。そこには確かに私が見たことのない指輪がハマっていた。

 デザインが……同じものだった。


「……ユカリ。来ていたのか」

「はい。二人のお手伝いに」

「医療区の方の仕事は?」

「今日は非番です」

「なら手伝いを買って出る必要はないぞ。休んでおくのも仕事のうちだ」


 私たち二人を差し置いて二人がなにやら自分たちだけの世界を形成していた。

 リザと私は今、おんなじ感覚を共有している。

 それは戦慄だ。

 私にとっては育ての親の意外な趣味が、リザにとっては尊敬する上司が……まさか―――


「「―――ユカリと結婚!?」」


 ジンネマンがその言葉に驚いていたが、ユカリは照れ隠しをしながらもジンネマンの裾を握っていた。


「そ、そうなの……」

「じ、ジンネマンどうゆうことなの!?」


 育ての親に問いただす。こんな年端も行かない女性をどうやって手籠めにしたのやら。

 そうすると、ジンネマンは何も申し開きがないとでも言わんばかりに、腕を組んだ。

 今まで頑固おやじだと思っていたのだが、とんだ食わせ物だ。


「ち、違うの……私が結婚を迫ったというか……押し倒したというか」

「「お、oh……」」


 どうやら意外と食わせ物だったのはユカリの方だったようだ。

 いや、食わせモノというか、自分が食べる側ということだろうか。


「あ、あとはお願いしますねー!」

「ユカリ!?」


 急に研究所からドヒューンと言う音を立てながらユカリが逃げていく。

 残されたのは、泡を食ってるジンネマンと、私たちだけだった。


 ジンネマンは雰囲気を元に戻すために、ゴホンと咳払いを一つすると、速やかに要件に入ろうとする。


「それで、ロボットの着工なんだが……」

「正直いつでもいいよ。もう7割作っちゃってるし」


「そうか。いつでもいいか―――ん?7割?」


 あれ?言ってなかったかな?

 そういえばロボットの完成度について話したことがあるのはカイだけだったか。

 別に隠し事でもなんでもないので、正直に話した。


「うん。8番工区で今作ってるよ。仮組みだけど」


 そういうと、二人は「はぁ?」と顔を歪めて、私に問い詰めた。


「何にも聞いてないわよ私」

「俺もだ。一体誰が進めてるんだ?」

「カイ」

「リザ」

「ちょっとぶん殴って連れてくるわ」


 リザがずんずんと音を立てて研究所から飛び出して行った。

 ジンネマンがさらに頭を抱えていた。


「お前な。そうゆうことはちゃんと俺にも話せ」

「カイから話を聞いてなかったの?」

「……人をあまり頼りすぎるな」


 そういうと、ジンネマンは視界の端に映ったタイムマシン冷蔵庫のドアを開ける。

 今は電源が入っていないので、当然中には何もなく、虹色の靄すらない。


「こいつは、結局どうなっているのか研究が進んだのか?」

「さぁ?そこはリザがやってくれてるし」

「作った本人があまり無関心でいられても困るな」

「ごめんって」


 ジンネマンがタイムマシン冷蔵庫を一度閉めてから、電源を入れる。

 そして、ジンネマンがもう一度冷蔵庫を開けると、冷蔵庫の中一面に虹色の靄がかかる。

 彼はそれを、遠目から眺めつつ、懐から出した何か紙のようなモノを冷蔵庫に投げ入れた。


「ジンネマン、何を入れたの?」

「なんてことない伝言だ」

「どこに飛んでいくか知ってるの?」

「分からん。だが気休めだ」


 そういうジンネマンはどこか遠い未来を見ているような気がした。

 なんかおそらくだけど、なんか大したことを書いてないような気がした。

 そう思うと、ジンネマンの背中からなんか哀愁のようなものを感じた。


「……ん?」


 ジンネマンが何か拾う。古ぼけた手帳だ。

 ボロボロと表紙を覆っているカバーの表皮が風化している。

 普通に使っているだけならこんな古めかしい感じにはならない。


「誰のだ……?」


 ジンネマンが手帳を開く。


「……ジンネマン?」


 手帳を開いて、何故か固まっているジンネマンに私は声をかけるが、ジンネマンは手帳に集中しているのか聞こえていないようだった。


「戻ったわよ」


 そこに、リザがカイを引きずって戻ってきた。

 リザに殴られてしまったからなのか、カイはぎゃん泣きしていた。

 殴られたからって泣くほどなのだろうか?


「……どうしたってのよ?」


 異様な雰囲気を感じ取ったリザが首をかしげる。

 そして、そんな言葉をやっと聞き取ったのだろう、ジンネマンが振り向いた。




「……カイ。これは―――お前の手帳なのか?」




 私とリザは、よくわからずに首を傾げた。

 リザには、その手帳がなんなのかよくわからず。

 私は、それがなんでタイムマシン冷蔵庫から出てきたのかがわからず。

 そして、それに何が書いてあったというのだろうか。


「はい、それは僕の手記です」


 あっさりと、何も驚かず、その手帳が何か分かっているのかも知っているように、言い切った。

 そして、カイは胸ポケットからあるものを取り出す。

 手帳だ。それもカバーの表皮のデザインまで同じもの。

 ただ一つあげるとすれば、明らかにカイが今手に持ってる方が真新しいモノだ。

 私は事態が全く分からなかったので、ジンネマンに問い詰めることにした。


「ジンネマン、それには何が書いてあったの?」


 問われた彼は、私の方をじっと見ると、意を決したかのようにカイと目くばせをする。

 視線を向けられたカイは、ただ、ゆっくりと頷いた。


「リザ、ティリーナ。これはタイムマシン冷蔵庫から出てきたものだ」

「それって私がカイの誕生日に贈った手帳よね?」


 カイは「そうだったね」と言ってフッと笑った。

 リザはカイの様子が普段と違うと眉を顰める。まるで懐かしむかのように言ったように見えたから。




「それはね。800年後の未来の僕が、過去に向けて送った手帳だよ」




「……え?」


 理解に苦しんだ。

 800年後のカイが送った手帳…?どうやって?なんで?

 おそらく、私と同じ反応をしているリザも同様のことを思っているのだろう、固まっていた。


「ティリーナ。気を確かに聞いてほしいことがあるんだ」


 そういうと、彼はジンネマンから手帳を受け取り、近くにあった椅子に腰をかけた。

 真剣に、いつもの彼のおちゃらけた雰囲気はなかった。




「君は、このままでは殺されてしまう」



 ―――愕然とした。

 足元から何かが崩れていくような気がした。

 冗談だと思いたかったが彼の眼差しは、まるで見てきたとでもいうかのように鋭いものだった。


「な、なんでよ!?」


 声を出せずにいた私に代わり、リザがカイに掴みかかった。

 胸倉を掴まれてもなお、カイはただ淡々と、語る。


「『世界統一政府』……僕らは奴等に目を付けられ、このシェルターを襲撃される」


 初めて聞いた単語に、リザは唇を震わせた。何を言っているのか、私も理解が出来なかった。

 ただ、ジンネマンだけが、その答えを持っていた。


「……嵐に見舞われる前の世界で、人類生存計画と言ってシェルターを作るように働きかけた連中だ」

「なんでそんな連中が、アタシ達を狙うっていうのよ!?」


 錯乱にも似た剣幕で、ジンネマンにも食ってかかる。

 彼は首を横に振った。


「分からん。奴等について親父ならば知ることも多いだろうが……」

「彼らの目的は、ティリーナの発明品そのものです」

「……それこそ何故だ?外部との連絡を取れる手段も限られている外部政府がどうやって知ることができる?」

「今作っているロボットで、外部のシェルターへの支援を行った時に、奴らに目を付けられたんです」


 口元に手を当てて、彼は言う。


「それなら、話は早いじゃない。今の計画を断念すれば、とりあえずティリーナの命は助かるじゃない」


 リザがそういうが、何故かカイは首を横に振った。


「僕らのことは筒抜けなんだ」

「な、なんでよ……!?」


「―――内通者がいた」


 全員に緊張が走る。

 リザはうろたえ、口をせわしなく動かし、私に至っては何も言えなかった。

 いつも冷静なジンネマンも、目を見開いて、額に汗をにじませていた。


「いったい誰なのよ…!?」

「……誰かは言うことは出来ない。やむを得ない事情があってね。それにその内通自体もこの時点ではすでに解決しているんだ」


 リザの問いかけに、強く首を振って答えると、リザは彼の頬を打った。

 平手だ。いつもの拳なんかとは違う。

 本気で怒った時の、リザだ。


「ティリーナが危ないっていうのに意味の分からないことを言うんじゃないわよ!?」

「誰も幸せにならないからだよ」


 カイは真正面からリザに言い切った。

 強い瞳で睨まれ、それだけでリザは何も言えなくなってしまう。

 カイの剣幕は、それだけ強いもので、目を向けられていない私も、まるで刃を向けられているかのようだった。


「僕を信じて欲しい。裏切り騒動もタイムリープする前の僕がすでに対処済みだったんだ」

「タイムリープ……?」


 聞きなれない言葉が出てきて、私が聞き返すと、カイはリザから視線を離した。


「意識だけが過去に飛んできた……っていう表現かな?」

「……よくわからない」

「うん、僕も実はよくわかっていない」


 カイがそういって、私に微笑みかけた。

 困ったような笑顔に、私も少しだけ気持ちがほぐれた。


「んで?ティリーナが殺されるとかいう未来は回避出来たのよね?」

「あぁ、『僕』がこの場にいるからには、その未来は否定されたと思うんだ」


 この場合の『僕』とはおそらくは今の自分ということだろう。

 未来の記憶を保持した自分。

 こんな荒唐無稽な壮大な話に食いついていけるリザはやはり頼りになった。

 気持ちがまた少し楽になる。


「―――だが、確実ではない。そうだな?」


 ジンネマンが冷静を取り戻し、静かにカイに問いかけた。


「……うん。少なくともロボットを使って周囲のシェルターを支援すること自体は、やらなければならないんだ」

「それはどうしてなの?」

「理由は結構色々とあるんだ。もし統一政府が突発的に襲撃をかけてきた場合の逃げ先とか、奴等に対抗しうるだけの人材を確保するためとかね」


 それはJシェルターだけでは問題を解決することが出来ないことと直結していた。

 なんとなく、カイは未来のことを見ているような気がしていた。


「要は連中が動いたところで、すぐに逃げに徹することができる態勢さえ整っていれば良いというわけね」

「流石リザ、理解が早くて助かるよ。だけどティリーナだけはそうはいかない」


 私だけ違うという答えに、再びここで最初の疑問が沸いてくる。

 何故、未来からやってきたというカイは、私が死ぬと言ったのだろうと。


「ティリーナは、僕が唯一星辰機関の中で死ぬ瞬間を目撃した。奴らもティリーナだけを執拗に狙って攻撃していた」

「……絶対安心という確証がないんだな」

「奴らが迫ってきた時の光景は、悪夢のようだったよ。今作ってるロボットなんか相手にもならないほどのロボット兵器で迫ってきた……」


 思い出したくもない、という風に、カイは弱音を吐く。

 カイにしか分からないが、政府というのはとんでもない力を持った組織なんだろう。

 それこそ、時間を渡って、世界を変えなければいけないと対抗出来ないほどの強大な力を持った組織……。


「ただ逃げることも難しいだろうな」

「そうなんだ。だから本当に絶対安全な逃げ場所が必要なんだ」


 ……そういって、カイはタイムマシン冷蔵庫を見やる。

 躊躇うように、言葉を詰まらせる彼は、やがて結論を出したように顔をあげた。




「―――ティリーナを、タイムマシン冷蔵庫で未来へ逃がす」




 その言葉に、その場の全員が凍り付く。

 そしてその言葉に補足を付けるように、カイはさらに言葉を重ねた。


「実は僕はタイムリープを『二回』経験しているんだ。タイムマシン冷蔵庫が出来てからね」

「……二回」


 リザの手が震えていた。その手をカイも見つめている。


「その二回とも、ティリーナだけは逃げることが出来なかったんだ」

「そんな……」

「経緯は申し訳ないけど、覚えていない。二回目のタイムリープで800年を凌ぐために無理をしてしまったからね」


 分かりやすい嘘だった。

 私が死んだことだけは覚えているのに、経緯を忘れたなんてことはないだろう。

 おそらくは説明をしたくないのだ。


「だから彼女を未来へ逃がす。それが一番確実な方法だと僕は思う」

「……未来がどうなっているのか不確実なのにか?」


 その時、鋭い言葉でジンネマンが問いかける。

 私が面を食らうほどの、圧力が、その言葉にかかっていた。

 カイとジンネマンの視線が、まるでお互いを突き刺すかのように交差する。

 だが、そこに一言入れたのは、リザだった。


「……アタシたちが未来を造ればいいのよ」

「リザ?」


 私がリザを見ると、リザの肩は震えていた。


「私たちが、ティリーナの未来を守ればいい」

「途方もないほどの未来だぞ」


「―――それでも!!!!」


 ジンネマンの言葉をぶった切るように、不安を払拭するように、リザが叫んだ。

 リザが私を見る。


「生きていて欲しいでしょうが……」


 泣きそうな顔で、リザは私に背中を向けた。


「そうだな……」


 ジンネマンも、リザの言葉に、頭をうなだれた。

 私は二人の剣幕に、どうすればいいかわからなかった。

 何を言えばいいのか。どう声をかければいいのか。

 だから、みんなを信じればいいことだけは、やろうと思った。


「―――信じるよ」


「……ティリーナ?」


 リザが顔をあげる。

 ジンネマンの肩が動く。

 カイは、私の決断を待っていた。


「私は、皆が最良の未来を作ってくれると信じてる。カイの言ってた謎の政府とか、そんな奴らに負けようがないぐらいの最上な未来を」


 言いながら、私はこぶしを握っていた。

 強く強く、言葉を吐き出すたびに、その力が強くなっていく。

 体に力が戻っていくのを感じた。


「カイ。必要なことは全部教えて。私も皆に送り出してもらうだけじゃない。全部やりつくしてから未来に行く」

「……信じてくれるんだね」

「もちろん」


 自分でも信じられないほど、強く声が出た。

 それだけで、カイは「分かった」と言って、未来のことが書かれた手帳を私に渡してきた。


「どこまで役に立てるかは分からないけど、僕の軌跡だ。有効活用してくれ」


 手帳を開いてみる。

 そこには、筆舌しがたいほどの、カイの後悔や無念、執念のようなものが、びっしりと書かれていた。

 読み込むのには時間がかかりそうだけど、筆跡だけでも、カイの気持ちが伝わってきた。


「リザ」


 彼女の背中に声をかけると、鼻をすする音が聞こえてきた。

 やっぱり泣いてた。


「一人だけ良いご身分よね。私たちはこれから地獄を見なきゃいけないってのに」


 ごめん、と言いかけたが、その言葉は謝罪が欲しいわけじゃないと思って言葉を飲み込んだ。

 こうでもしないと、気丈に振るまえないのが、やっぱりリザという人間なのだろう。


「800年後、アタシの伝説で世界中埋め尽くしてみせるわよ」

「もう十分功績出てると思うけど?」

「……足りないわよ。少なくともタイムマシン造ったりするヤツなんかと比べれば」


 背中を向けていたリザは、目元を服の袖で拭って、私に振り返る。


「ばーか」


 最高の笑顔で、彼女は言った。

 なんとなく。ちょっと心地の良くなる言葉な気がした。


「ティリーナ」


 そんな様子を見ていたジンネマンが、背後から私の頭に手をおいた。

 いつの間に迫っていたのかは分からなかったが、手の暖かさが伝わってくる。


「……任せろ」


 言葉少なげに、強い言葉でジンネマンは言う。

 さっきの弱気な発言をしていたおじさんとは違い、それはどこか吹っ切れたような印象があった。


「任せたよ」


 もしも私たちが娘と父親だったらこんな感じなのだろうか。

 フッと笑ったジンネマンの顔が、とても頼もしく見えた。




 ――――――――――――


 それから星辰機関は、未来のために色々なことをやり始めた。


 7割弱ほど造れていた仮組みのロボットは、そのまま実際に動かせるように手を加えた。

 元々、未来で起こることを知っていたカイが、ロボットを動かせるように私の設計図を待たずに着手していた。

 なんで設計図と仮組が同時に必要なのか、提案された時は分からなかったが、未来を知ってて急いでいたのだろう。納得した。

 そして、もう一台、仮組していたロボットとは別に、機動性を求めたロボットを作る必要があった。

 それについては私の赴くまま好き勝手に作っていいというリザからのありがたいお言葉があったため、設計図はすぐに出来た。

 おおよそ何もかもが一か月かからないスピードで完了した。


「……これはとんでもないもの作ったわね」


 工廠の奥で鎮座する二台のロボットを見て、リザが絶句していた。

 一台は、四つ足のアメンボみたいな形のロボットで、これは先ほど言っていた仮組みの方だ。

 なるべく積載量と機動性を重視して、不安定な足場でもこのロボットなら大丈夫だという計算だって出来ている。


「で、このロボットの名前ホントにこれで良かったの?」


 と言ってくるリザが持っている紙には『アメンボーグ』と書いておいた。

 見た目そのまんまの方が覚えやすいかなって思ったのだが、センスが悪いとでも言いたいのだろうか?


「えー、いいじゃんアメンボーグ」

「ダサい」


 私が言うことをいちいちバサバサと切らないと気が済まないのだろうかこの女は。

 思わず殴りこぶしを握っていると、リザの向こうに居るカイが困ったように笑っていた。


「リザの命名『蜘蛛ロボ』よりはだいぶマシだと思……うごああああ!!!脇腹がぁああああ!!!!」


 余計なことを言わないと気が済まないのだろうかカイは。

 いっそのことM気質なのか疑いたくなる。

 脇腹にボディフックを叩き込まれて、なんでか嬉しそうなのが一層ちょっとキモいなって思ってしまった。


「ンで、問題はこっちの好き勝手作っても良いわよって言った方なんだけど……」


 もう一機の方を、リザが見やる。

 私は、最高のどや顔をかましながら、鼻を高くした。


「……なんか漫画に出てきそうなヤツ作ったわね」


 そこにあったのは、私たちの身長の二倍ぐらいの大きさがある、狼のような見た目をした人型のロボットだった。

 まだ色がついていないために、全てが鈍色の下塗り状態で、完成こそしていないが、この時点でとてもカッコいい。

 流石私だ。


「どーすんのよこれ。完全にスーパーロボット系よこれ」

「いやーーーーカッコいいよね!」

「これこそロマンだよロマン!!」

「ガキ丸出し……」


 カイと握手をして健闘を称えあっているところを、リザが呆れて溜息を吐いた。

 ノリが悪いリザに、私はこのロボットのすごいところを教えてやろうと、設計図の中身を読み上げることにした。


「何言ってんのよ。これこそ政府に対して最大戦力になりうる最強ロボットよ!」

「説明しよう!両腕にはシールド兼ソードになる可変式シールドを装備!」

「動力にフォトンハイパーエンジンを採用しており、戦闘時以外はおよそ10時間以上の活動が可能!」

「戦闘時にはアメンボーグの三倍もの速さで動作することができる稼動力を実現!」

「しかも変形機構も実装!」


「―――無敵の最強ロボット。その名も『ルガル・ワン』!」


「……これだけで統一政府の連中撃退出来そうだけど?」


 私たちの設計図を見せつけられたリザが頭を抱えていた。

 だが、そんなリザの杞憂に、カイは首を横に振った。


「実際、一時凌ぎはできるだろうね。一度目なら撃退できるだろうけど、やっぱり戦闘時の稼働時間30分では限界があるよ」


 確かに、それだけ謳ったルガル・ワンにも弱点があった。

 それは、戦闘時のオーバーロード。

 普通にゆっくりと移動だけをするのであれば、動力が10時間は持つのだが、やはり今持てる資材では耐久性に限界があった。

 妥協という形にはなるだろうが、やはりこれが限界だ。


「銃火器でも持たせれば良かったじゃない」

「……時間がなかったから」


 そう。ロボットに装填することができるような大型の銃火器は都合上作ることは出来なかった。

 単純にコストも跳ね上がり、時間もかかる。何より安全面が保障出来なかったためだ。

 それに、なんとなく人の命を奪う目的でロボットを作りたくなかったという気持ちも大きかった。


「まぁ、美学を追及するのもモノづくりには必要よね」


 リザは呆れながらも、認めてくれた。

 というか半分諦めた。


「順調そうだな」

「お疲れ様ぁ~」


 そこに、ユカリを連れてジンネマンがやってきた。

 相変わらず何やらお熱いようで、めちゃくちゃ腕を組んでらっしゃった。

 いや完全に前に見たときよりも更にお熱くなられていた。


「すごーい。こんなに立派なロボット本当に動くの?」

「ティリーナ達が作ったからな。間違いないだろう」


 ……ん?ジンネマンの腕がミシミシ言っているような気がするが気のせいだろうか?

 ジンネマンは、澄ましたような表情をしているが、顔が青くなっている。何やらやばそう。

 様子を見る感じ、そこに触れたらダメっぽいような気がしたので、スルーしておいた。

 見るからに愛が痛そうだ。


「……準備が、出来たようだな」


 腕を極められているジンネマンが、私に向かって優し気な口調で言う。

 さみしそうな、それでいて辛そうな顔だった。

 いや、多分ガチで辛いんだと思うけど。腕が。


「私の発明品。上手く使ってよ」


 研究所には色々なものを開発し、いろんなモノを置いてきた。

 フォトンを使ったフラッシュ爆弾やら、一生使える懐中電灯、キャンプで使えるフォトンコンロなど、とにかくサバイバルに重点を置いたモノだ。

 全てが力作で、全てを皆のために作った。後顧の憂いを断つために。


「……なんか余計なモノまで作ったけどね?」


 リザがジトっとした目で何か言っているが、何のことやら。

 フォトン動力で一生遊べる携帯ゲーム機やら、ゲームタブレットやらが余計なものなわけがないじゃないですか。

 娯楽は人の心を潤すもの、荒んだ未来が近いのならばやはりこうゆう現実逃避は必要だ。

 ちなみに中身のゲームソフトの開発をしたのはカイだから、責任は彼にある。


 こほんと、切り替えるようにして話を断ち切り、私は皆に切り出す。


「私、今日行くよ。未来に」


 皆の表情が、少し硬くなる。

 緊張した雰囲気を感じ取ったのか、ユカリが真っ先に口を開いた。


「……話を聞いた時にはびっくりしたわぁ」


 ジンネマンの腕に絡みつくユカリが、思い出しながら言う。

 そういえば、ユカリはいつの間にか星辰機関の一員になっていた。

 カイが言うには「今のこの人なら大丈夫だろう」とかなんとか言っていたが、何のことなのか分からなかった。


「ごめんね」


 何故か申し訳なさそうに、ユカリが謝ってきた。


「え?なんで?」

「ううん。なんでもない」


 ユカリが首を横に振る。本当になんのことかわからなかった。

 多分深く突っ込んで欲しくはないだろうけど。



 ―――――――――――――――


「じゃあ、これで荷物は準備OKだから」

「パンパンよねそれ……冷蔵庫に入るの?」


 足元にはパンパンに膨らんだナップザックが置いてある。

 未来に行くときに必要になるものをなるべく詰め込んだ。

 中身はお菓子、携帯ゲーム機、工具類や飲み物でいっぱいだ。


「……なんか余計なモノ入ってない?」


 失敬な。入ってないに決まってる。

 工廠に持ってきたタイムマシン冷蔵庫を見る。

 なるべく、政府の連中に奪われたり、壊されたりしないように、みんなで協力して命をかけてこれを守るそうだ。

 出口になっている800年後に、同じ冷蔵庫から吐き出されるのだと、リザは考察を落としていた。

 多分間違いないだろう。


「ティリーナ。達者で」


 カイが、握手を求めてきた。

 なんとなく、湿っぽい気がしたから、その平手を平手で思いっきりひっぱたいてやった。


「――痛っ!? なんで!?」


 やっぱりこうゆう感じにちょっと情けないカイは本当に面白い。

 多分一生こんな感じで、リザの尻に敷かれてるんだろうなって思った。


 握手を平手打ちされたカイを押しのけて、今度はリザが私の肩を掴んできた。


「リザ……」

「……いってらっしゃい」


 やわらかい笑顔だった。


 今まで見たことないような見とれる笑顔で……何故か頭突きを食らわされた。

 脳がグワングワンゆすられて、涙が出そうになる。


「~~~~~~~~!!!! なんで……!?」

「フッ……湿っぽいのよアンタ」


 頭突いてきたリザも涙目になっていた。


「必ずアンタに追いついてやるんだから」


 それだけ言うと、額を指で小突いてきた。

 最後までこのリザという女の子はよくわからなかった。


「ティリーナ」


 ちょっとむかついたのでさっさと行ってやろうかとナップザックを持ち上げたとき、ジンネマンに呼び止められた。

 やっぱりさみしそうに笑顔を浮かべたジンネマンに向き直る。


「…………親心ってモノがあるなら。こうゆうことなんだろうな」

「娘心ってあるのかな?」

「あってほしいものだがな」

「……ねぇ、一つだけ聞いていい?」


 私は、どうしてもこれだけは聞きたかった。

 今まで、聞いてこなかった一つの疑問。

 これだけはなんとなく聞いておかなければ後悔するような気がした。


「なんで、私を拾って育ててくれたの?」


 母さんが死んだ日。よく覚えている。

 疫病を蔓延させないために、母さんの遺体を火葬しなければいけなかったあの時。

 私は母さんの亡骸にしがみついていた。

 あの時は、このまま死んでも良いとすら思っていた。

 だけど、それはジンネマンが許してはくれなかったのだ。

 自分の何倍も大きな大男が、一緒に母さんに祈ってくれた。

 その理由は、ずっと教えてはくれなかった。聞くタイミングもなかったのもある。

 ジンネマンは、質問に対して、すごくあっさりと答えた。


「―――自分の美学のためだ」

「……そっか」


 なんとなく、ジンネマンがあの時考えていることがわかった気がした。


 私はナップザックをもう一度背負いなおすと、今度こそタイムマシン冷蔵庫に向き直る。

 なんとなく作ったものだったのだが、気づくとトンデモナイ大事になってしまったものだ。

 これを造れたのは―――たまたま未来につながっていたのは、本当に偶然なのだろうか?

 多分、それは誰にも分からないんだろう。

 なんせ作った本人が分かりっこないのだから余計にそうなんだろうと思う。


「行ってきます。お父さん」


 ジンネマンをからかうために言ってやった。

 フッ、と息が漏れる音が聞こえた。


 そうして私は、タイムマシン冷蔵庫の電源を入れ、扉を開く。

 相変わらず虹色のもやもやしたものが、浮いていて、やっぱり不思議な現象だ。

 というかどうやってリザは解析したんだろうか?疑問は尽きない。

 不安もある。今も後ろ髪を引かれている。

 でも何故か、ワクワクしている自分が居た。


 だから迷わなかった。


「大丈夫よね?」


 背後で心配そうにリザが言うが、私は首を縦に振った。


「大丈夫。なんたって私の発明品は―――時間だって超えられるのだから」


 ティリーナ=リスメイルは、未来に向かって手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る