第3話恋人になっても

「祖父江。恋人出来たんだって?」

同僚の男性社員に声を掛けられて僕は首を傾げた。

「何処からの噂ですか?」

思い当たる節はいくつか存在していたが何となしに気になって尋ねてみる。

「女性社員の間でもっぱらの噂だぞ。堅物な祖父江に恋人が出来たって」

「堅物って…別に僕はそんなんじゃないんですけどね…」

「でも社内の女性と仲良くしているところ見たこと無いぞ」

「それは…仕事関係の人と恋人になるって考えられないので…」

「やっぱり堅物だな。それで?本当に恋人が出来たのか?」

「出来てないですよ」

「じゃあそのお弁当は何だ?明らかに自分で作ったものじゃないだろ?」

「あぁ〜。はい。僕にお弁当を作ってくれる奇特な人はいますね」

「それを恋人っていうんじゃないのか?」

「いや…付き合っているわけじゃないんですよ」

「なんだそれ。ちゃんとお前の方から告白したほうが良いんじゃないか?」

「まぁ…考えておきます」

男性社員と世間話のようなやり取りを繰り返すと僕は残りの少ない休み時間の間に天宮愛乃が作ってくれたお弁当の中身を食していくのであった。



仕事が終わったのは十九時過ぎだった。

早々に電車に乗り込んで最寄り駅まで向かうと徒歩で帰路に就く。

コンビニの前を通り過ぎる時に中の様子をちらりと覗くと偶然にも天宮愛乃も退勤の時間だったらしい。

彼女は店から出てくると僕のことを見つけて破顔した。

「こんばんは。朝ぶりですね。今帰りですか?」

「うん。たまたま同じタイミングだったみたいですね」

「嬉しい偶然です。良かったらこのまま食事にでも行きませんか?今日は残業していて夕食の準備をするのも億劫で…」

「そっか。何処に行く?」

「えっと…。じゃあ焼き肉はどうですか?明日休みなんですよ」

「分かった。じゃあそうしよう」

明日は土曜日ということで僕らは同じ休日だった。

そのまま歩いて近くの焼肉屋に向かうとビールを片手に肉を焼いていく。

「お弁当を持っていくようになったら同僚に恋人出来たのかって問われて…」

「え…やっぱりそう思われますよね…迷惑ですか?」

「全然。むしろ光栄だよ。皆、お弁当の中身を見て羨ましそうにして去っていくんだ」

「羨ましい?」

「うん。皆が言うには全部手料理で愛情を感じるとか美味しそうで良いなぁ〜。みたいなことを言って去っていくんだよ」

「愛情ですか…。まぁそうなりますね」

天宮愛乃は殆ど告白のような言葉を口にしていることに気付いていないのだろうか。

愛情を認めてしまったら僕に好意があるということを酔っているからか理解していないようだった。

それともこれは試されているのかもしれない。

彼女は今、告白をしてきたのかもしれない。

だから僕に応えを委ねるように試してきているのかもしれない。

かもしれないだけで確定的なことは何もないのだが…。

僕はアルコールの力も借りて一気に決意を固めて口を開く。

「良かったら…付き合わないか?僕らは相性が良いような気がするんだ…どうかな?」

僕の告白に彼女は驚いた表情を浮かべると最終的に柔和な笑顔を浮かべる。

「はい。私はあの日からずっとその気でしたよ」

その言葉を聞いて僕はほっと胸をなでおろす。

「じゃあ今日からよろしくってことで…」

「はい。こちらこそ」

そうして僕と天宮愛乃は恋人関係となる。

今後の僕らの関係性はどの様に変化していくのか。

それはまだ誰にもわからない。

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