第2話甘々な天宮愛乃
「起きていますか?」
そんなチャットの通知音で目を覚ますこととなった。
チャットの相手はもちろん天宮愛乃で僕は汎用性の高いスタンプで起きていることを伝える。
「これから仕事なんですけど…いつもお昼ってどうしています?」
「食べないことが殆どかな。仕事に追われているし」
「ダメですよ!健康的な食生活を送らないと…こんな言葉耳タコかもしれないですけど。早死しますよ」
「それもそうだね。僕の両親も早死だったから。そういう家系かも」
「え…そんなつもりで言ったわけじゃないんです。ごめんなさい」
「良いよ。もう割り切れているから」
「あの…何が言いたいかって言うと…お弁当を二人前作ったので…片方を受け取ってほしくて…迷惑でしたか?」
「迷惑なわけ無いよ。わざわざありがとう。これから仕事なら玄関の前にでも置いて行ってもらえると助かります」
「いや、直接渡したいんですが…無理なら玄関においていきます」
「わかりました。今玄関に向かいます」
そこでチャットのやり取りが終わると僕は玄関の扉を開けて外に出た。
少しすると天宮愛乃もスーツ姿で外に出てきて僕に挨拶をした。
「おはようございます。朝から申し訳ないです。良かったらお昼休みに食べてください。容器と袋は玄関のドアにでも掛けておいてください。洗わないで良いですからね。負担をかけたくないので」
天宮愛乃は美しいほほ笑みで僕に向かうとお弁当箱の入った袋を手渡してくる。
「ありがとうね。本当に助かるよ。いつもお昼抜いているから…夜になると腹ペコなんだ」
「そうなんですね。いつも何時頃に帰られるんですか?」
「う〜ん。日によって違うけど。大体二十一時頃じゃないかな?」
「なるほど。とりあえず今日はここで。私、あのコンビニの社員になったんですよ。だから近場に越してきたんです」
「そうなんですね。おめでとうございます。お仕事がんばってください」
「はい。お互いに頑張りましょう。ではまた」
天宮愛乃は僕に手を振ると急ぎ足でエレベーターまで向かう。
ボタンを押してやってきたエレベーターの扉が開くと再びこちらを向いてまた手を振ってくる。
僕も手を振り返すとエレベーターに乗り込んでいく天宮愛乃を見送るのであった。
本日は午前中から会議や打ち合わせでスケジュールはいっぱいだった。
やっと休憩を取れたのは十五時辺りだった。
休憩室でお弁当を広げると隣席していた女性社員に驚かれる。
「祖父江さん。料理上手なんですね」
目を丸くしてお弁当の中身を見ていた彼女に首を傾げる。
「いや、だって色々入っているじゃないですか。これ作るのに結構時間掛かるでしょ?健康面を気にした食事だと見ただけで想像できますよ。凄いですね」
女性社員は軽く苦笑するような表情を浮かべると最終的に感心していた。
「そうなのかな?このお弁当ってそんなに凄いと思う?」
「なんですか?もっと褒めてほしいんですか?構ってちゃんですね」
女性社員の言葉に僕は手を振って否定の仕草を取ると事実を口にする。
「作ってもらったんだよ」
「へぇ〜。恋人いたんですね?」
「いや、恋人じゃないんだけどね」
「恋人じゃないのにこんな凄いお弁当作ってくれるって…完全に脈アリじゃないですか」
「そうなの?」
「そうじゃなかったら、こんなに面倒な食事は作らないですよ。有り難く頂かないと罰が当たりますよ」
「そっか。じゃあ帰ったらちゃんとお礼しないとな」
「それがおすすめです」
そうして休憩時間に天宮愛乃が作ってくれた彩りも良い健康的なお弁当を食べると午後の仕事に取り掛かるのであった。
自宅までの最寄り駅に辿り着くと天宮愛乃が働いているコンビニの前を通り過ぎた。
少しだけ中の様子を確認してみたが、彼女の姿はそこにはなかった。
もう退勤したのかと軽く思考すると急ぎ足で帰路に就いた。
自宅の鍵を開けて中に入るとすぐに手洗いうがいを済ませた。
そのままシンクのあるキッチンに向かうとお弁当箱を入念に洗っていく。
布巾で容器の水気をしっかりと拭き取るとお弁当箱を返しに行こうと思った。
だが僕よりも先に行動を取ったのは天宮愛乃の方だった。
「帰宅されましたか?お弁当どうでした?」
そんなチャットが送られてきて僕は直ぐに返事をした。
「凄く美味しかった。それに女性社員がお弁当の中身を凄く褒めていたよ。僕もそれを聞いて驚いたよ。凄い労力を掛けてくれたんだね。ありがとう。本当に美味しかったです」
返事を待つ前に連投するようにチャットを送る。
「お弁当箱。洗ったから返しに行きたいんだけど…今はタイミング悪いかな?」
そのチャットを見た天宮愛乃は直ぐに返事をくれる。
「丁度良かったです。夕食はまだですよね?ご一緒しませんか?
「え?悪いよ…」
「良いんですよ。多く作ってしまったので。良かったら食べてほしいんです」
「本当に?無理してない?」
「全然。むしろ夕食を一人で食べるのは寂しいので…」
「そっか。じゃあすぐ行くね」
チャットのやり取りを終えると僕は靴下を履き替えてから玄関を出た。
インターホンを押す前に天宮愛乃は扉を開けて僕を歓迎してくれる。
「こんばんは。お仕事お疲れ様でした」
「天宮さんも。お疲れ様。お弁当。本当にありがとうね」
「ふふっ。何度もお礼しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと伝わっているので」
「そう?でもちゃんと感謝しなって同僚にも言われたので…」
「そうですか?それじゃあしっかりと受け止めました。これでいいでしょ?」
それに頷くと僕は彼女にお弁当箱を返す。
初めて天宮愛乃の部屋へと入ると引っ越したばかりだと言うのに荷物は殆ど整理整頓されていた。
「適当に腰掛けてください。すぐに用意しますから」
彼女は夕食の準備を整えるとテーブルの上に配膳していった。
「仕事終わってからすぐに料理したんですか?」
「はい。料理は趣味みたいなものなので」
「趣味でここまで出来るって…凄いですね」
「凄くなんて無いですよ。さぁ。食べましょう」
「頂きます」
そこから僕らは遅めの夕食を二人で取ることとなる。
久しぶりに誰かと同じものを食べる事ができる喜びに頬が緩んでしまう。
「どうしたんですか?ニマニマして…」
天宮愛乃は僕に目を細めて尋ねてくるので心配させないように頭を振る。
「いや、誰かと同じものを食べるのは久しぶりだからさ。嬉しくて」
「あ…そう言えばご両親を亡くしているって話でしたね。いつ頃から一人なんですか?」
「う〜んっと。二十歳過ぎからだから…もう五年ほど経つかな。父親に関しては僕が小学生の頃には亡くなっているから」
「それは…ショックでしたね…もう心の傷は癒えましたか?」
「どうだろう。時々夢に見て…泣きそうな朝は今でもあるよ」
「そうですか。そんな時は私に言ってくださいね?」
「言ったらどうにかなるの?」
「こんな風に話を聞きながら優しく頭を撫でてあげます。ただ一緒にいることしか出来ませんが…一人よりはマシじゃないですか」
「そうだね…ありがとう」
天宮愛乃は僕の頭をよしよしと優しく撫でてくれる。
何故かその行為で僕は子供でもないのに優しい安心感に包まれてしまう。
「ありがとうね…何もかも」
「良いんですよ。これぐらいならいつでもしますから。必要な時は言ってくださいね?」
それに頷いて応えるとその後も夕食の続きを堪能するのであった。
「夕食までありがとうね。僕の方からも何かお礼をしないと…」
そんな言葉を残して彼女の家を後にしようとしていた。
「お礼がしたいのは私の方ですから。まだまだ恩は返しきれていないんです」
「いやいや。もう十分に返してもらったよ。だから今度は僕の番でしょ?」
「そんなことないですから。私に甘え続けていてください。私はまだ返しきれていないと思っているので」
「そう…じゃあとりあえずもう少し甘えていいかな?」
「もちろん♡」
天宮愛乃はキレイなほほ笑みで僕に向かうと大きく頷く。
「じゃあまた」
「はい。明日もお弁当用意しますから」
「良いの?」
「もちろんですよ」
「ありがとう。じゃあまた明日」
そうして僕らは手を振って別れるとそれぞれの家で休むのであった。
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