第4話 抜け出すのも得意なんです
「ねぇねぇ、拾ったならちゃんと世話しよーよ、逃げないでよ、せめてお話ししよーよ、何も始まらないよー?僕、傷ついちゃうよ?」
とかなんとか、適当にぐだぐだ話しかけていたら、水色の瞳の子どもは、ようやく部屋の中に入ってきた。
「あの、あ、あ、あなたはエルフさまなの?」
「いや、僕、自分のことをエルフだなんて認識していないけどね。
それより、まずは自己紹介しようか。僕は孤児のファーライト。まあ、孤児に長い名前は不要だって言われて、ライトって呼ばれているんだけど。
きみが路地裏で助けてくれたんだよね?どうもありがとう」
「あ!はいぃ!ごめんなさい!」
「……ねぇ、僕ってそんなに怖い?」
怯える子どもを、なんとか宥めすかして聞き出したところによると、この子の名前はクレアール。可愛らしい顔立ちと華奢な体格から女の子かと思ったけれど、男の子だった。
11歳になったばかりと言うから、推定10歳の僕より年上だった。
なんかおどおどしている雰囲気から、つい年下扱いしちゃうんだよね。
僕、前世を思い出したとは言っても、中身もすっかり身体年齢なんだけど。
クレアールは、身分としては貴族のお坊ちゃんらしいけれど、生まれた時から冷遇され、物心ついてから家族に会ったこともないらしい。
今居るのは屋敷の離れで、母屋は同じ敷地内だけどここから見えないくらい遠くにあるのだという。
どんだけ広いんだよ!と突っ込んでみたら、「どうやらこの国でも有数の貴族家で、公爵位にあるようです」と言われた。そりゃ、とびきり裕福なお家だよね!
食事は2日に1回、パンと茹でた卵や野菜がまとめて使用人により運ばれてくるんだとか。
それを2日間で分けながら食べているというけれど、たぶん、充分な量ではないのだろう。クレアールは孤児の僕とそう変わらない体格だ。肉、大事!
教育もあってないようなものらしいし、おそらく、クレアールの家は、クレアールを生かさず殺さずの状態にしておきたいのだろう。
もう、そんなの冷遇じゃなくて虐待じゃないか。
前世の社会に比べたら、クレアールや僕の生まれ育った境遇は本当に劣悪だ。
前世を思い出した影響もあるのだろう、クレアールの話を聞いていたら、腹の奥からムカムカしてきた!理不尽に対する怒り、ってやつだね。
でもどうしようもないから、並んで床にぺたりと座るクレアールの手を掴んで、ひたすらにぎにぎさせてもらう。
クレアールは、最初はぎょっとしていたけれど、そのまま好きにさせてくれた。
あ、僕の手も汚いと思っているかもしれないけれど、それは洗えばいいよね。そんな意味を込めて、未だ被ったままのフードの奥ににっこり笑いかける。
慌てたように下を向いていたから、きっとこれは了承の意味だろう。
そうそう、クレアールの家族にとって予想外だっただろうと思うのは、クレアールの好奇心。
彼は、与えられた書物からほぼ独学で知識を身につけると、さらなる知識欲に目覚めたのだそうだ。そこで、密かに離れから抜け出して敷地内に独立して建っている図書館にたびたび侵入しては、ひたすら書物を読み漁っているとのこと。
さらには、敷地から抜け出し、街を歩いて回って見聞を深めている。今日も、その途中で僕を助けてくれたらしい。
クレアールにそんな行動的なところがあると知れてなんだか嬉しいなぁ。
てか、公爵家、そんなに警備ガバガバで大丈夫?と思わなくもない。
僕に怯えていたのは、僕が彼にとって初めての"まともに話しかけた人間"だからだ。
この離れに来る使用人も家庭教師も、クレアールを罵倒するばかりらしいから、怯えずに話すことが初めてなんだって。
「じゃあ、なんで、そんな見ず知らずの僕を助けてくれたの?」
「……ファーライトが、エルフさまだと思ったから」
うん、それ、さっきから言っているけど、僕がエルフってどういうこと?
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