第14話 黒蜘蛛の正体

 宿屋の1階にある食堂で食事を済ました俺達3人は、2階にある部屋に案内された。


「女性の方は右側の部屋を、男性の方は左側の部屋を使って下さい。」

 3人別々の個室に案内された。部屋のカギはないようだ。

 カギがかかっていても叩けば壊れそうな扉なので、あまり意味はなさそうだ。

「朝食は同じ1階の食堂でご用意いたしますので声を掛けて下さい。」

 案内してくれた少女がそう伝えると、1階に急いで戻って行った。

 今日は泊り客が多くて忙しいのだろう。


「レイナ様、ココ、今日はお疲れ様でした。おやすみなさい。」

「コウ様、おやすみなさい。」

「コウ、おやすみ!明日の朝食堂で!」

 3人それぞれの部屋に入り、今日の疲れをとる事となった。


 部屋は想っていた以上に広く、大きなベットと小さな机が置いてある。

 すぐに横になりたい気分だが、気になる事を思い出した。


 ベットに座り、アイテムバックを横に置いて頭の中で問いかけてみた。

「黒蜘蛛!声が聞こえるか?」

「はい、ご主人様。ここにいます。」

「お前に色々聞きたいことがある。」

「何なりとお申し付けください。」

「まず、お前は何者だ!」

 アイテムバックのポケットから黒蜘蛛が見えたと同時に全体が光りだした。

 光が消えると、そこには人間の姿をした女性が立っていた。

「誰!・・・ですか?」

「黒蜘蛛でございます、ご主人様。」

「えっ~・・・・・」

 目の前に綺麗な女性が現れて、何が起こったのか理解ができずに呆然としてしまった。

「本当に黒蜘蛛なのか・・・」

「はい、黒蜘蛛でございます」

「人間に変身できるのか?」

「ご主人様から魔力を分けて頂き従魔契約を致しましたの・・・ご主人様の好みに合わせた姿の方がよろしいかと・・・」

 たしかに俺好みの女性の姿だ。

 つい見とれてしまったが、いやいや問題は姿じゃない。

 なぜ俺の前に現れたのか?黒蜘蛛な何者かを知りたい。

「俺の好みの姿になるのは良しとして、知っていることを話してもらおうか?」

「はい!」

 黒蜘蛛は、俺の質問にわかる範囲で教えてくれた。


 この世界は創造神アトム様が作られた3つの大陸のうちの一つということ。

 その大陸を治める役目を受けた3神獣が、代々管理してきたこと。

 大陸に異変が起こるたびに、異世界から召喚される勇者・賢者・聖女様の力を借りて解決してきたこと。

 3神獣は勇者・賢者・聖女様それぞれの従魔になることでその力を発揮できるとのことで、3神獣の一つアトラク・ナクア(黒蜘蛛)が賢者様の従魔であること。


「まてまて!俺は賢者ではなく、薬師だぞ!」

「アトラク・ナクアは賢者様の従魔であり、賢者様以外には契約は出来ません。」

「それに賢者様がこの世界に召喚された時点で、私は長い眠りから覚めてこの地に降りて来ましたから貴男様が賢者であることに疑いの余地はありません。」

「俺が賢者!なぜ職業が【薬師】なのか理由は?」

「それは私にも解りません。」

「では、俺がこの世界に召喚された理由を教えてくれ?」

「この世界では約400年おきに災害が起こっています。」

「災害の内容により、勇者・賢者・聖女様のどなたか1人が異世界から召喚され、それぞれの3神獣が担当し解決してきました。」

「ところが今回は、三つの災害が同時に発生していると思われます。魔族の復活・人間同士の争い・異常な瘴気の大量発生による魔物の出現等、この世界の存続が脅かされています。」

「この状態を危惧した人間が、400年に一度だけ行われる召喚の儀式を遂行したと考えられます。」

「俺以外の勇者と聖女も召喚されたということか。」

 召喚されたときに見た女の人は聖女ということか。

 あの時点ではまだ居なかったが、勇者も召喚されている可能性はあるな。

「この世界の危惧が無くなれば、元の世界に戻れるのか?」

「それは私にも解りません。ただご主人様のお側にいてお役に立てれば本望です。」

「災害を解決せず、自由に生きたいといってもか?」

「ご主人様が、お望みになるのであれば私は従います。」

 話の内容を頭の中で整理する為、しばらく考え事をしていたら黒蜘蛛が声を掛けてきた。

「ご主人様、声を掛けることをお許し下さい。」

「すまん!考え事をしていた。気にすることはない!」

「ご主人様の従魔として、名前を付けて頂きたいのですが!」

「名前!・・・」

「はい、ぜひお願します。」

 急に名前を付けてと言われても思いつかないが、今まで読んだ小説の中から思いついた名前が不思議にでてきた。

「志乃・・・名前はシノでいいいか!」

「シノ・・・有難うございます。これからはシノと呼んで下さい。」

 黒蜘蛛も気に入っているみたいだ。嬉しそうな表情で俺を見つめる。

「シノ!話を戻すが、俺はこの異世界の【薬師】としてレベル1から冒険を楽しみたいと思っている。」

「召喚された理由はしらないが、災害の解決もせずに自由にこの異世界を生きていってもシノは従魔として俺を助けてくれるのか?」

「もちろんです。」

「ご主人様がこの異世界で生き抜いて頂く為に、我ら3獣神が存在いたします。」

「そうか面倒なことに関わらず、好きにしても問題はないとのことだな!」

「ご主人様が思うがままに!」

 シノの話を聞いて、気持ちが少し楽になった・・・気がした。

「俺と二人だけの時はこの姿でよいが、普段は黒蜘蛛の姿でバックのポケットに隠れていてくれ。」

「承知致しました。」

「俺は自分の意思で考え、行動する。」

 今まで出来なかった事を、異世界で色々経験するんだ!

 不純な気持ちが少しあるかもしれないが、異世界を満喫するんだと自分に言い聞かせていた。

「俺の職業は【薬師】なので、薬の処方を覚えるにはどうすればいいのか教えてくれるか?」

「一番簡単な回復薬ポーションの作り方は、聖水に薬草を混ぜながら魔力を注ぐと出来上がります。」

「それだけでポーションが出来るの!」

「はい、それだけです。」

「誰でも作れるんじゃないのか!」

「作成できるスキルをお持ちの方は、錬金術師と聖女様それに賢者様です。」

「俺は「薬師」なので作成できないということか?」

「ご主人様は、レベルが上がれば早いうちに錬金術・召喚術を覚えて賢者様になります。」

「え~、職業が「薬師」のままで錬金術や召喚術、賢者の魔法まで覚えれるというのか!」

「理由はわかりませんが、職業の選択権がありません。」

 職業が変わらない・・・思い当たることはあるにはある。

 RPGゲームをクリアした時の、モニター画面に映し出された言葉を思い出していた。


 まるで何年も昔の事を思い出すかのように、しばらく天井を見つめていた。

 実際は2日程しか経っていないはずなのに、遠い昔のように感じる。

「どうかされましたか?」

 シノが心配そうに声を掛けてきた。

「異世界にきてまだ2日程なのに、長い時間が経ったように感じたからな!」

「ご主人様がこちらの世界に召喚されてから1ケ月程経っています。」

「1ヶ月経っている~おかしいだろう!!」

「昨日の夜召喚されて宮殿に居たかと思えばすぐにまた飛ばされて、今日の朝方にイザベルの森の上空から投げ出され死ぬ思いをしたんだぞ!」

「召喚の儀式が行われたのは、クリッサー王国の教会です。そこでご主人様は召喚されましたが、儀式が途中で中断されたのが原因だと推測されますが、別の場所に転移していました。」

「別の場所に転移するのに1ヵ月過ぎたと!」

「はい、この1ヶ月間転移された場所をさがしていました。」

「ご主人様が召喚された時点で、私は目を覚ましてすぐにクリッサー王国に向かいましたがご主人様はいらっしゃいませんでした。」

「彼女は!聖女の彼女はそこにいたのか?」

「わかりません、何者かの襲撃があった様子で教会の一部は破壊されていました。」

「ただ・・・その場にいた人間の話しでは聖女様は護衛の騎士とその場を逃れ、賢者様は魔法陣の中で消えたと言われたので、別の場所に転移されたと推測し魔力を頼りに探していました。」

「魔力を頼りに!俺をここで見つけたというのか!」

「はい、ここにたどり着くまで1ヶ月程時間が経っています。」

 あの光の空間で1ヶ月いたのか!

「勇者はどうなった?」

「賢者様の召喚魔法陣にとなりに勇者様の召喚魔法陣がありましたので、召喚はされていると思いますが行方は分かりません。」

「2人とも無事でいてほしい!」

 シノからの話しで召喚時の事を知ることが出来たが、聖女と勇者の安否が気になってしかたない。

「目標が決まった!聖女と勇者を探そう。」

 理由もわからず突然異世界に召喚されたんだ、2人共きっと心細いはずだ。

「ご主人様、お2人を探すのであればいろんな国に行く事になります。」

「俺は何をすればよい?」

「この世界を生き抜くための力がひつようです。」

「力が必要!」

「はい、この世界は危険な魔物が多くいます。レベルを上げてスキルを身に着ければご自身や大切な人をを守れます。また生活するにもスキルは役に立ちます。」

「俺にはどんなスキルがあるのか?」

「それはレベルが上がった時しかわかりません。」

 どんなスキルがあるのかは不明だが、ゲームの中の記憶が役に立つだろう!

 とりあえずこの場所で地道にレベルを上げながら、2人を探す情報を集めよう!

「シノ、俺のやりたいことが決まった。明日から俺の傍でいろいろと助けてほしい。」

「そのために私がいます。」

 少しだがこの世界の事が見えてきた。

 この世界で普通に生活することが、案外早道かもしれない!

 話疲れたのかそれとも今日の出来事のせいで疲れがでたのかわからないが、急に眠気に襲われた。

「シノ、俺は疲れた、今日はもう寝る。」

「わかりました、寝ている間はお傍にいます。」

「おやすみ。」

「おやすみなさいませ。」

 俺は、シノの言葉を聞いて深い眠りについた。

 明日からの冒険が、今まで経験したことのない未知の始まりの第一歩になるだろう!

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