第16話 エリートの憂鬱
この時代には、血統からエリートというものがある。
エリートの血統は、
遺伝子レベルで決まっている。
受精した瞬間から、
もう、エリートは揺らがない。
体外受精、そして、人工子宮で育ち、
産みの苦しみもない。
命の工場というところで、彼らは生まれる。
彼らは徹底して教育をされる。
この世界のエリートであるということはどういうことなのか、
世界を受け継ぐというのはどういうことなのか、
そして、パンダのこと。
政府を将来背負う人間がエリートだ。
政府側の主張、ラブパンダ側の刷り込みがなされる。
少年は、そんな、エリートとして選ばれた命だった。
毎朝決まった時間に起き、
電脳で管理された、
充実した生活。
健康そのもので、
思想も真っ白のまま純粋で、
パンダをこよなく愛していた。
学習能力も優秀で、
経験さえ積ませれば、
政府関係者として即戦力になりそうだった。
少年は苦しみを知らない。
少年は病気というものを知らない。
少年は母ということを知らない。
そして少年は、
パンダの毛並みを知らない。
少年は一度触れてみたかった。
愛するパンダの毛並みに。
少年は憧れということを覚える。
少年は、恋というものに近い感情を覚える。
パンダに触れてみたい。
自分でない命に触れてみたい。
少年は管理電脳に問いかける。
「パンダに触れることはできますか?」
管理電脳は答える。
「あなたは成年になるまで、外のものに触れてはいけません」
「でも、愛するパンダなら」
「外のものに触れてはいけません」
管理電脳は繰り返す。
少年ははじめて、残念だということを覚えた。
少年は広い自分の部屋で考える。
エリートとされて充実した日々をすごしているのに、
僕は一体何なのだろう。
本当にいるのだろうか。
愛するパンダにすら触れられないじゃないか。
僕はどこまでが僕なんだろう。
身体は確かに持っているけど、
脳が夢見ているようなものかもしれない。
夢を見ながら腐っていっているんじゃないだろうか。
少年は、自分がどろどろと腐っていくような妄想を持つ。
それは少年がはじめて持った妄想だった。
不意に、警報。
ビー!ビー!と。
何かがあわただしく走り回る音がかすかに聞こえる。
ドアが、強くたたかれる。
普段ならロボットが定期的に入ってくるドアだ。
少年はドアを開ける、そこには。
三毛パンダがいた。
少年は歓喜する。
「もっふもふパンダちゃんだ!」
少年はパンダに抱きつく。
パンダは腕を振り上げる。
一撃で死に至らしめる腕を。
ああ、僕は命に触れた。
少年は満ち足りた。
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