第10話 死神
「お迎えはまだかしらね」
老婆はつぶやく。
そこは日当たりのいい縁側。
老婆は茶を飲んでいる。
隣で笹団子を手にとって、
むしゃむしゃ食べているものがいる。
無言だ。
老婆はいてもいなくても同じように、
のんびりと茶を飲んでいる。
人口はこの数百年で、
かなり減った。
老人人口が増えては、
生きるだけ生き抜いて、死んでいった。
悲しいなと老婆は思う。
生き抜いても、一人ぼっちじゃないかと。
政府は、老人というものを、
切り離すという政策に出たらしい。
ある程度の年がきたら、
強制的に殺されるという噂だ。
そうやって、社会をちゃんと作り直そうという。
悲しいなと老婆は思う。
パンダから身を守れない、
そして、未来がない老人は、
政府から保護に値しないと思われたのだろう。
政治家はいつだって老人ばかりなのに。
老婆には、権力はない。
ただ、悲しい。それすらも伝えることができない。
噂では、老人を殺しに死神が来るという。
死神に殺されて、やっと終わりになるという。
「もう、何年もここに来る人なんていなかったんですよ」
老婆は笑う。
隣で笹団子を食べているものに向かって。
「あなたが死神さん?」
老婆はちょっぴり期待する。
隣は無口だ。
何も言わない。
老婆はそれでいいと思った。
こんなにあたたかい陽だまりの中で、
穏やかに死を迎えられるなら悪くないと。
「笹かまぼこはどう?」
老婆は笹かまぼこを取り出す。
むしゃむしゃと隣で食べられる。
老婆は目を細めて笑う。
家族というもの、みんなと連絡がつかなくなったけど、
こんなに食べる人がそばにいて、死ぬのもいいなと老婆は思う。
どうにも老婆は目が悪い。
隣にいるものが何者なのかを老婆は知らない。
気がついたら縁側に腰掛けていたから、
老婆はそこでお茶を飲みつつ、笹団子と笹かまぼこを出した。
それだけだ。
「お迎えはまだかしらね」
老婆はつぶやく。
この、悲しい時代から、
ちょっとでも早く、
愛する夫のもとに行きたいと、
老婆は願う。
夫はどんな顔をするだろうか。
パンダに殺されたと噂で聞いたけれども、
死に顔は安らかだったのを覚えている。
パンダを恐怖だと教えられた世代には、
信じられないかもしれないけど。
隣にいたものが、すっと立ち上がる。
死神が鎌を振るうように、
腕を振り上げる。
それはパンダだ。
隣にいたのは、ずっとパンダだった。
老婆は湯飲みをそっと横に置くと、
「お待ちいたしておりました」
と、深々と挨拶した。
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