第2話 神様
かつて世界には、
神がいるといわれていた。
神は世界を見守り、
奇跡というかたちをとって、その存在をあらわしていると。
神はいるのだろうかと少年は思う。
神様、いるのであればどうか、
奇跡を起こしてください。
少年は祈る。
「熱心ですね」
深みのある声がかけられる。
少年は祈りの姿勢のまま、
声のあるほうを向く。
聖職者の男が、
聖堂に出てきたところだ。
しわくちゃに年をとっていて、
やさしそうに微笑んでいる。
「まともな祈りのない時代において、あなたの祈りは貴重です」
聖職者は言う。
「でも…」
少年は言いよどむ。
奇跡を起こしてほしいと祈っているのは、
まともな祈りじゃないのではないか。
聖職者はにっこり笑う。
「神様はみんなわかっています」
「え…」
少年は立ち上がる。
神様には、聖職者には、すべてばれているのだろうか。
「神様は、あなたがどんなにパンダを愛しているか、わかっています」
少年は聖職者を、じっと見る。
聖職者は、ニコニコと笑っている。
「アンチパンダという気運が高まっていると聞きます」
「そうみたい、ですね」
少年は人事のように言う。
「パンダは保護しないといけません、やさしい、迷える弱い動物なのです」
少年はうなずく。
そう、パンダは弱い動物だ、守ってあげなくては。
ラブパンダの一員として、守らなくては。
だから必要なのだ、大きな奇跡が。
それをこの聖職者は、果たしてわかってくれるだろうか。
「ご家族は元気ですか?」
少年は首を横に振る。
「何かありましたか?」
「…なにも」
この聖職者には言っていけないことだ、少年の直感がそう告げている。
聖職者は残念そうな顔をした。
「さては、白黒の敵につきましたか」
少年は首を横に振る。
聖職者が怪訝な顔をする。
「では、どうしました?」
「野良三毛パンダが…」
言いかけて、少年は口をつぐむ。
「話してしまいなさい、神様はすべてわかっています」
聖職者に促され、少年は話し出す。
「野良三毛パンダに、家族は全員殺されました。僕はそれを見ていました」
「それは悲しいことです」
聖職者は十字を切る
少年は続ける。
「ラブパンダの一員として、パンダは殺せません、報復もできません」
聖職者はうなずく。
「ですから、ここにつれてきました」
瞬間、聖職者に激しい物理的な衝撃。
目の前が真っ暗になり、意識は幸福なことにそこで途切れた。
「ラブパンダとして、パンダに殺されることは誇りです。僕もそれを望んでいます」
少年は微笑む。
赤、白、黒の三毛パンダが、
ステンドグラスの明かりに映える。
奇跡よ起これ。
神はパンダ。
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