始めて占いに行って、ある決断をした話
あとこ
始めて占いに行って、ある決断をした話
私の前に入っていたお客さんは「また来まーす」と上機嫌で部屋を出てきた。常連さんらしい。隣の部屋にいる別の占い師は私が待っている間ずっと客が入っていなかった。ウェブで適当に選んで予約してみたが、とりあえず人気はあるらしいと若干安心する。
ところが残念なことに神秘さを装った安っぽいカーテンをくぐった瞬間、「あ、この人、大して実力ないな」と判断した。我ながら嫌な客だとは思うが、私は前職の師匠に「人と会う時は部屋に入って来たときの視線、仕草、声音を舐めるように観察しろ。会話よりも前に読み取れることは山ほどある。相手がどんな特徴のある人間なのか、どういう思いでこの場に臨んでいるのかを読み取ることが『人を見る仕事』では重要だ」と身体に叩き込まれている。私が初めて「占い師」の小部屋に入ったとき、相手の占い師はこちらを見ることもなく「いらっしゃーい」とだけ声をかけた。占い師は「人を見る仕事」だろうにそんな様子で務まるのだろうか、と出だしから心配になる。
年齢を重ねていくと「初めての経験」をすることが難しくなっていく。毎日忙しさにかまけて繰り返しの日常に慣れてしまう。法に許される範囲でしたことのない経験を、と思い立って占いをしてみることにした。部屋に入った瞬間、失敗だったかもしれないと思うが、もう金も払ってしまったので仕方なく席に座る。
名前と生年月日を書かされ、そのまま四柱推命を見られた。「私はタロットをしてもらいたかったんやけどなぁ」とぼんやり待っている。タロットしてくれる占い師を選んだはずやねんけど。
占い師がいくつかの数字を書いてから宣言する。
「あなた、勘鋭いでしょ」
「いや……」
「自分で気付いてないの?人が嘘ついてるとか、すぐわかるでしょ?」
「いや、わかんないスね(どちらかというと自分の嘘がすぐばれる方だな)」
「そんなことないわよ」と言って、占い師は紙に「感」と書いてからぐるっと丸で囲んだ。
(感の字が違うな……それとも第六感の意味か?)と余計なことが気になる。
「梅雨の時期はあなた、しんどいでしょ」
「ええ、まあ。(それは一般的にみんなそうじゃないかな)」
「悪い時期なのよ、あなたにとって」
「へぇ、そっすか」
「だから毎年梅雨の時期は気を付けて」
「へぇ」
長屋の源さんみたいな相槌しか打てない私を許してほしい。
仕事運を見てほしいと言ったのに、家族のことを占われる羽目になる。込み入った家族のことを占いで解消しようとは思っていないので、必要ないのになと思っているのに「私も三人子どもがいてね。もう成人してるんだけど。昔は大変だったの」と占い師は自分の話まで出してくる。臨床心理においてセラピストは真っ白なシーツになってクライアントの悩みを映し出すことで例えられるように、自分のことを話すのはタブーだ。自分のことを開示するのは相手と距離を縮める簡単な方法ではある。占い師はその禁じ手をやってもいいんだ……と思って若干引く。なぜ金を払ってまで知らないおばさんの子育て論を聞かねばならぬのか。
「それはいいので、タロットで仕事運をみてください」と占い師の話を遮ってお願いした。やっとのことでタロットカードに手を伸ばしてくれたものの、たくさんカードをめくるわりに「あら、良さそうよ。安定した感じ」としたぼんやりしたことしか言ってくれない。占いってそういうもんなのかと私は首をひねる。
再び四柱推命を参照されて転職先としてなぜかウェブデザイナーを勧められる。あなたの得意の占い方法なんやろうね、と思うけど、私の頭の中は頭の中がはてなマークでいっぱいになる。さっきはぼんやりしたことしか言ってくれなかったのに、やけにピンポイントに勧めてくるやんか。
デザイナーとか無理に決まってるやん。デザインセンスなんて壊滅的にないし、絵やデザインで金をもらえるような仕事をするのは私には絶対に無理だ、と思う。まだ文章の方が……、とは思うけど、金の貰える文章ですら書く自信はねえよ。
「やってみればいいのに。美的センスの数字持ってる大丈夫。私のお客さんにもウェブデザイナー目指してる人たくさんいるよ。ちょっと勉強してみれば、すぐ依頼来るし。一件5万としても一か月に10件こなせばもう50万じゃない」とたたみかけられる。
(この人、アホなんやろか……)と思いながら、死んだ魚の目をして受け流す。
占い師の小部屋を出る時はもちろんお礼を言ったが、「もうここにはこないだろう」という確信があった。
たぶん私は自分の欲しかった答え、例えば転職した時の運勢や人生における影響などについてはっきりとした答えが得られなくて落胆したのだろうと思う。
今回わかったことは占い師はただのおばさんだということだ。今回の占い師はたまたま私には合わない人だっただけかもしれない。腕の良い占い師なら何かしらの神秘的な力で未来をある程度予測することはできるのかもしれない。それでも未来のことなんて確実にわかるはずがない。
しかし私や私の周りにあるすべてをひっくるめて考えて、より良い方向へ進む選択をすることは自分にしかできないのだ。人生における重大な決断は自分にしかできない。それがわかった私は自分で考えて決断をする。
ウェブデザイナーにはならないよ。
始めて占いに行って、ある決断をした話 あとこ @tenjikuatoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
アドスコア日記2024最新/喰寝丸太
★18 エッセイ・ノンフィクション 連載中 334話
医者嫁日記最新/吉本いちご
★15 エッセイ・ノンフィクション 連載中 151話
あんなのこんなのうまいもの最新/猫田芳仁
★30 エッセイ・ノンフィクション 連載中 336話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます