第5話 放課後カウンセリング教室2

「先輩,幼馴染さんの事はどう思ってますか?」

後輩はそんな直球ストレートを投げてきた.


どうか.

「どうって?例えば?」


「そうですね.『僕の方が先に好きだったのに』とか思ってますか?」

後輩は数秒の思考の後にそう優しく尋ねて来た.


「それを思える人間はここまで凹めないと思いますよ.」

僕は,そこまでの自信も,我儘さも持っていなかった.これは,ただ勇気が持てなかった片想いの男が,勝手に振られただけなのだ.いつ好きになろうが,正しい手段であれば先に振り返らせた方の勝ちなのである.だから僕の負けである.


「確かに,そうですね.先輩.じゃあ,どう思ってるんですか?」


「自業自得.まあ,言っても結果がどうだったかは知らないですけどね.」

自業自得なのだ.僕が勝手に失恋しただけ.でも,それでも後悔してしまうのだ.


「……まあ,過去には戻れませんもんね.」


過去には戻れないだから未来を見るべきなんて頭では理解しているのだ.それに,

「多分,戻っても同じことを多分繰り返しますよ.」


「ビビりですね.先輩.」


後輩の辛辣な一言は僕の胸に刺さった.

「………いやだってさ,無理じゃん.ミスったら0になるんだよ.0.1あるかも知れない可能性なんて0だよ.」

だから,無駄に饒舌にいろいろ言ってしまうのだ.アホだな,僕.


「……そうですね.でも,0になりましたよ.先輩.」

それは,正論で事実だった.


「ハハハ,ハーブティー下さい.」

とりあえず,ハーブティーのおかわりを要求することにした.事実では,そう直球を投げないで欲しい.


「すいません言い過ぎました.……どうぞ」


「ありがとうございます.」

新しいハーブティーを受け取って一口飲んだ.まあ,少し気持ちが落ち着く気がした.


数秒の沈黙が経過した.静かな空間では,服が動いて擦れる音や,靴が動いて地面がなる音が良く聞こえた.その沈黙は後輩が破った.

「一応無理だと思いますけど,先輩こう言うのはどうですか?いっそ嫌いになってみるとか.」

後輩も無理だと分かっているのか,少し弱弱しく,呟いていた.


「……それが出来たら,どれだけ幸せなんでしょうかね.それが出来ないから僕は悩むんですよ.なんであの人は良い人なんだろうか….はぁ」

幼馴染は,性格が良かった.良い人なのだ,安直に嫌うことが出来ないほどに,良い人だった.僕が幼馴染から進むことが出来なかった関係の彼女は,ただ優しかった.


「ポエム.」


「……うるさい.はぁ,マジで.はぁ.」

その通りだった.失恋ポエムである.今朝の件で,希望は全て無くなったのだ.


「確かに,幼馴染さん良い人ですもんね.私も数度しか関わった事ないけど,いい人だと思います.」


「……そうなんですよ.はぁあ」


「私も,昔助けられたことありますもん.」

後輩も助けてるのか.はぁ.


「……マジで良い人だよね.はぁ.優しいから,余計に勝手に僕が傷つく.」


「ポエマーですね,先輩は.良いと思います.でも,内面が好きだったのは,素敵だと思いますよ先輩.」

後輩は,そういうとハーブティーを一口飲んでいた.


「ありがとう,慰め.ありがとう.」

はぁ,恩返しとかの件は置いておいても,後輩さんは,良い人だと思う.


「先輩.」


「……」


「先輩,一人が辛いならいつでも話に来てください.私の連絡先も教えますね.」


後輩は,そう言うと優しい笑顔を浮かべていた.後輩が出してきたスマホを見ながら,

「ありがとう.優しいですね.」

そう,返事をすると.


「……優しい…ですか.先輩.私は……いえ,何でもないです.ありがとうございます.先輩.」

そんな,少し不思議な反応が返ってきた.意味が分からない.恩返しとか,自殺を勘違いとか,少し天然なのかと思っていたが,そういう感じな気もしない.良く分からないけど,お言葉に甘えて連絡先は貰っておくことにした.


しばらく,無言の時間が流れた.

僕は決心した.聞くことにした.この後輩がどういう人物なのか少し知りたいと思ったのだ.

「……ねえ,後輩はさ,どうだったの?」


「どうって?何がですか?先輩.」


「ああ,そっか.後輩君も似た経験あるんでしょ.」

後輩がここまで親切にしてくれる理由が自殺すると勘違いしているだけとは思えなかったのだ.


「……ありません.」

後輩は,少しこっちを睨んで,そう呟いた.


「いや,絶対に.」

ここで,追及するのは良くないが好奇心が勝った.猫だったら危なかったかも知れないが,僕は人間なので好奇心に殺される事はないだろう.


「ありません.先輩.それと,一つ,恩返ししてください.」


やはり,恩返し目的なのか?ただの.

「何ですか?出来ることなら.」


「名前だけでも天文部に所属してくれませんか?」


名前を貸すのか,まあ部活動に入ってないし,別にそれは問題ない.

「……分かりました.どうやって入部するんでしたっけ?」


「あっ,それは.教えて差し上げますよ.先輩.部活の先輩として」

まあ,話して,逃げる場所をくれた後輩に,多少の恩返しはしたかった.


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