第2話 優しさが時に優しくないこともある
「おはよう.佐々木君.」
「おはようございます.佐々木さん.」
「佐々木,おはよう.」
今朝は良く挨拶された.生暖かい,笑顔が凄い刺さった.ああ,これ気を使われているなって言うのが分かった.家に帰ってハーブティーを飲もうかな?効果はよく分からないけど.しかし,ああ,この感じだと,やっぱりか.はぁあ.噂が駆け巡っているのだろう.はぁあ.昇降口で絶望しながら靴を取っていた.
「おはようございます.先輩.」
聞きなじみの無い声が聞こえた.それで振り返るとそこには,昨日の後輩がいた.
「あっ,昨日のハーブティー後輩ですね.」
「何ですか?その良く分からないあだ名は.」
不服なのか?少し不機嫌そうな表情でそんなことを言っていた.不機嫌なのは僕だよ,いや僕は落ち込んでいるだけで不機嫌ではないか.
「いや,名前知らないので.」
「確かに,それもそうですね.有馬 唯です.覚えてくださいね.先輩.」
「いや,大丈夫です.」
覚える必要はないだろう,いや.まあ,多分.
「何言ってるんですか?先輩は私に大きな恩があるじゃないですか.」
「無いですけど.」
あの時の事が恩なら,恩の押し売りである.そもそも,恩を求めて人助けをするなよ.いや,助けられてないけどね.まあ何でもいいよ.
「……それで,先輩.どうだったんですか?」
「何がですか?ハーブティーは意外と良かったですよ.」
「ああ,いえ,違います.私あの後に,気が付いたんです.」
「えっと,何にですか?」
流石にエスパーではないので,何の話をしているかは分からなかった.
「いえ,実際,先輩の幼馴染さんが告白を断ってる可能性があるんじゃないかって」
「無理でしょ.」
それは,あり得ない.無理だと思う.無理なのだ.
「いや,先輩分かりませんよ.諦めないでください.」
この恩着せがまし後輩は,まあ悪い人ではないが,そう言う優しさは何の足しにもならなかった.無理なのだ.もう,相手が悪いのだ.
「シンプルに見た目が負けてるし.」
「いや,それは人の趣味なので分かりません.」
マジで,後輩は優しくて無駄にポジティブだが,僕のような凡人は後ろを向いて生きるしかないのだ.持っている側の人間の後輩には分からない話だろうが.
「そもそも,性格も負けてそうだし.」
あのイケメンは,良い話しか聞かなかった.もっと言えば,勉強も運動も出来る,僕が勝てている所は,幼馴染って部分ぐらいだ.まあ,その幼馴染もあの,主人公である,イケメンの前では,負けフラグにしかなってないが……
「……ネガティブですね.ダメですよ.そんなのだと.やっぱり,昨日の私の行動は正解でしたね.先輩.」
「それは,違います.そもそも,最近話してなかったんですよ.幼馴染とは,話せてなかったんですよ.」
もう,僕の初恋は終わりかけていた.それにただとどめを刺されただけだ.遅かれ早かれの問題だった.
「ああ……えっと.」
ポジティブで親切なハーブティー後輩も,言葉を詰まらせていた.
「それに,前に,『正面から告白してくれる人がいたら,好きになるかな』って言ってたし.」
「ああ…先輩は,まあ,速攻で逃亡しましたもんね.」
唐突に後輩が正論で殴ってきた.
「いや……」
その通りだ.僕は速攻で逃げたのだ.
「そもそも,あそこで先輩は,正面から割り込むべきだったんですよ.逃げてあんなところに行く前に」
後輩の正論の口撃は更にそう続いた.本当にその通りだ.あの時に,しっかりと突っ込んで玉砕した方がまだ良かった.本当にアホだ.
「……今日は帰っていいかな?」
教室に行ける気がしなかった.
「あっ,先輩.すいません言い過ぎました.」
「いや,大丈夫です.この件については,その通りなので」
「……そのまあ……あっ,えっと先輩,えっと,ちょっと恩返ししてほしいので来てください.」
後輩は急に恩返しに話を戻した.意味不明である.この人が優しい人間だと考えていたが,どうやら間違えらしい.失恋して,面倒な後輩に目をつけられただけとか,前世で僕は,どんな悪行をしたんだよ.
「えっ,嫌だから.恩も何も,そんな死なないから.もう教室に.」
「ダメです.絶対に恩返しを」
僕が,方向を変えて教室に向かおうとしたときに,急に後輩は叫び,僕の手を取って引っ張ろうとした.
「マジで何なの?」
本当に.力づくてそれを振り払って,教室に向かうために今まで向いていた方向の逆を見ようとした.
「待って,先輩今振り替えるのは……」
そんな後輩の声が,聞こえた時には,遅かった.それと同時に,恩返しの件は,置いて置いても,この後輩はやはり優しい人間なのだと思った.まあ,これが優しさかは,賛否を呼ぶが,しかしまあ気を使ったのだろう.
僕の視界に幼馴染と昨日のイケメンが一緒に歩いている姿が映った.距離が少しあって内容までは分からないが,二人は仲よさげに話していることは遠目からでも分かった.
「ごめん,ありがとう.………ほらね,これが現実だよ.」
「……先輩,まだ分からないですよ.ほら,もしかしたら,たまたま一緒に.」
後輩の優しさが痛かった.
「めっちゃ笑ってますけど.」
現実は,目に映っているのだ.
後輩は,一呼吸置いてから,
「…………先輩,幼馴染さんと」
そう優しく訪ねてきた.
「同じクラスだけど.」
地獄は始まった.まあ,地獄なのは僕だけだけどね.
数秒,後輩は固まっていた.
「……先輩,その教室まで付き添いましょうか.」
再起動した後輩は,真剣な表情で心配している声色でそう言っていた.まあ,この後輩的には,僕が本当に追い込まれているように見えているのだから,ここまで心配するだろう.うん,そうだろう.
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です.」
そう言って僕は,一人トボトボと教室に向かった.
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