第35話 第四章 12
第四章 12
12
「どうも、ウチの子が実験の邪魔をしてすいませんでした」
「アアー、かまいませんよ」
「これねえ」
田中君のママは、ワンピースの裾を押さえつけるようにして歩道の端にしゃがみ込み、カミクズを角度を変えて眺めたのだが、その様子が、先刻の田中君の様子とそっくりで塚本を微笑させた。
「カミクズっていう名前からもっと紙を丸めたような形をイメージしていましたけど、随分、個性的なデザインなんですね」
「感度が、よくなるように改良したんだって」
「感度?ママ、難しいこと分からないけど、あのう、お時間あります?」
田中君のママは立ち上がって言った。
「はい、働いてないんで、充分あります」
「でしたら、私どもにお寄りいただければと。十二階です」
「そうして。ママにカミクズの動き見せてあげてよ」
「ぜひ」
「それでは、お邪魔して、お見せしますかな。ちょっと、此処に入ってもらうよ」
塚本は、ペット用ケースの扉を開けてカミクズの前に置いた。
素直に入ってくれよ。
「今日は、公園にいる時から不機嫌でどうかな?」
塚本は、リモコンのボタンを押す動作をした。
カミクズは、ピョンとジャンプしてペット用ケースに入った。
田中君と田中君のママ、ふたりから同じ言葉がほぼ同時に発せられた。
「凄い」という感嘆の言葉だった。
リリックレジデンスの入り口の自動ドアを入ると内ドアがあった。
田中君のママが、横の暗証番号を押すと、ガラスの扉が左右にスライドした。
君は、田中君に会いたくなって、信号を勝手に渡るような行動を起こしたのか?
エレベーターが上昇していく中、塚本は、ペット用ケースの中のカミクズに語り掛けていた。
十二階の五号室が、田中君の家だった。
リビングに案内される。臙脂(えんじ)色のカーペットが敷かれ、革張りの応接セットが置かれている。
「コーヒーでよろしいかしら?」
「けっこうです。手を洗わせていただけますか?」
「はい。洗面所、案内して」
「こっち」
手洗い用ソープで手を洗い、備え付けのペーパータオルで手を拭く。
「随分大きな画面だな」
ソファに座った塚本は、液晶テレビの画面を見て言った。
「五十インチ」
「素晴らしい。映画を観るのによさそうだ」
「けっこう、迫力ある」
背の高い本棚がある。ぎっしり本が並んでいる。
エラリー・クイーン、アガサクリスティー、エドガー・アラン・ポー、ウイリアム・アイリッシュなどミステリーの本が目立つ
田中君は、本棚のところまで行くと一冊の文庫本を持ってきた。
海外の翻訳ミステリーだった。
田中沙織・訳とあった。ミステリー分野では、有名な出版社である。
「凄いな。君のママ、翻訳家だったのか」
「そう。翻訳家の登場」
と田中君が、お茶とお菓子を持ってきた母親に向かって手を大きく広げた。
「茶化さないの」
「一流出版社のミステリーの翻訳をなされるんだから、立派な翻訳家じゃないですか。ミステリーが、お好きなんですか?」
「ええ、読むの大好きです。お好きですか?」
「ええ、一時、内外のミステリーをいろいろ読みふけったことがあります」
「そうですか」
田中君のママは、ちょっと嬉しそうに、お茶とお茶菓子のお皿をテーブルの上に置くと、コの字型に並べられたソファに腰を下ろした。
カミクズ、恐怖の鳥と失踪殺人事件[カミクズ改稿版]猪瀬宣昭・作 猪瀬 宣昭 @noi5132
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