第13話 第二章 6

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 数日後、塚本は、背の高い子供と再び出合うことになった。

 どうしても観たいテレビ番組があって、この日の散歩はいつもより一時間ばかり遅いスタートになった。

 紙くずを従えて広い通りに出た塚本は、「おじいさん」と後ろから声を掛けられた。


 振り向くと背の高い男の子と他にふたりの子供達が駆け寄ってきた。

「これ、おじいさんが開発中のラジコンで動く紙の玩具」

 塚本の傍らにある紙くずを指さして言った。

「そうなんだ、すごい」

 小柄な子供が屈みこんだのに塚本は

「通行の邪魔になる」

 塚本は、手作りリモコンのボタンを押した。いつもは、塚本の斜め後ろをついて来る紙くずが、斜め前を転がり出した。

 

 ラジコンで動くには、確かに、斜め後ろより斜め前を転がる方が自然に思える。そんなことを理解して斜め前を転がっているのなら

 嬉しくなるが、真実は分からない。

「紙にしては、転がる音が大きい気がする」

 男の子のひとりが言った。背の高さは、三人の真ん中だった。

 鋭いことを言う。塚本は思わず手作りリモコンを子供達の視線にさらされないようにして公園まで進んだ。


「三十分位しかいられないけど」

 という背の高い男の子に

「僕も」

 と小柄な男の子も言う。

 三人は塚本の後について公園のいつものベンチの所まで来た。

 ベンチの前で止まった紙くずをよく見ようと揃ってしゃがみ込んだ。


「触らないでね。まだ、実験中のもので壊れやすいんだ」

「分かりました」

 背の高い男の子が立ちあがるのに他のふたりも立ちあがった。

「いろいろ模様がついてる。名前はついてないの?」

 小柄な男の子が聞いてくる。

「名前、名前は、紙くずだ」

「そのまんまだね」

 と背の高い男の子。

 

 紙くずが転がった。

 オォッーという声が重なりあった。

「だけど、ラジコンいじってなかったんじゃない?」

 真ん中の背の男の子が言った。

「まだ、未完成だから、こんなことがたまに起きるんだ」

 

 オイオイ、困るよ。動くのは、僕がリモコンを手にしている時だけにしてくれ。無言で塚本は紙くずに語りかける。

「開発中だもんね」

 と背の高い男の子がフォローをしてくれた。

「道を転がってきたわりには汚れてない」

 真ん中の背の高さの男の子が言った。


「コピー用紙みたいに見えるだろうけど、ぞんじょそこらの紙とは違うんだ。特殊な材質がコーティングされている。だから、長い距離を転がっても型崩れをしないし、泥なども付着されない」

 意識的に難しい用語を使って説明した。

「コーティングって、紙の表面に泥がつかないような材料が塗られているってこと?」

「そういうことだ。小学生に難しい言葉使っちゃったけど、君は物知りだな」


「阿川君は僕達のクラスで、成績トップで、いろんなこと知っている」

「そうか。阿川君とエエッと」

「名前?」

「うん」

「僕が田中でしょ。この人が、小谷君」

 背が高い男の子が、自分と小柄な男の子の名前を言った。


「僕のお兄ちゃん、ラジコンのヘリコプター持ってるよ」

 そう言ったのは小谷君だった。

「ヘリコプター?」

「部屋の中で飛ばせるやつ」

「そんなのがあったな」

 塚本の頭に雑誌に掲載されていた部屋の中を飛ぶ小さなヘリコプターの姿が浮かんだ。おもしろそうだ、と興味を抱いた記憶があった。


「あれいいよね。僕も買ってとか言ったら、お前には高級過ぎるとか親が言って買ってもらえなかったけど。おじいさんって、個人の発明家?」

 田中君が聞いてくる。

「どうして?」

「こないだウチに帰ってママに話したら、そう言ったから」

「個人の発明家、ウーン、まあ、あたっているかな」

「ねえ、もう一度動かしてみて。お願い」

 小谷君の要求にあとのふたりも同調する。

 

 塚本は、ポケットの中に一度しまった手作りリモコンを取り出した。

「これ自分で作ったの?」

 と田中君。

「そうだよ。プラスチックのケースは、たくさんの場合は、金型っていうのを作る必要があるんだが、それだとお金がかかる。最近では、3Dプリンターとかでも出来るんだが、これは、昔からある技術で作ってもらったものだ。中には秘密がいっぱい詰まっている。ちょっと、前を開けてくれるかな」

 

 塚本の言葉に子供達が離れた。

 悪戯心を頼むから起こさないでくれよな。

 塚本は、素直に動いてくれることを願って、リモコンのスイッチを押した。どんな動きをするのかは、紙くずに任せた。


 絶好のタイミングで紙くずはコロコロと動き出した。


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