第14話 第二章 7

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 紙くずは、二メートルほどの円を描くように転がって見せたのだった。それだけではない。驚くべきことにその間に高さは数センチだったが、ジャンプをしたのである。部屋でも目にしたことがない動きだった。

 ジャンプは、男の子達にもアピール度満点だった。口々に「ジャンプ」と驚きの声を出した。

 

 二周したところで、塚本は、「止めるよ」と言って、紙くずの視界にしっかり入るように前屈みになって、リモコンのボタンを押した。

 ピタリと止まってくれた。


「素晴らしい」

 田中君が拍手をすると、阿川君も小谷君もパチパチと掌を打った。

「ねえ、スキーの旗の間をすり抜けるようにも出来る?」

「スラロームか。見た目はかっこいいな。僕の技術も関係するから、まだそこまでは出来ない。もちろん、挑戦するよ。それと、究極の目標とも言えるものだが、クルクル目にも止まらぬ速さで回るスピンを出来るようにもする。長い道のりだけどね」

 

 架空の開発計画を話しながら、塚本は、少々自分の言葉に酔い知れた。

「完成したら、玩具(がんぐ)の会社つくるわけ?」

 田中君の質問に

「作らないよ。どこかの玩具の会社に任せる予定だ」

 塚本は答えた。

「紙くずっていう名前が、箱に書かれていたら、売れるかも知れない」

 阿川君が言った。

「その物ズバリ過ぎない?」

 と田中君。


「そこが、いいんじゃない?紙くずなんて名前の玩具ないから、売れるかも知れない」

 小谷君が阿川君の意見を支持した。

 玩具の開発は、あくまで言い訳材料で、実際に商品化など考えられないので名前など真剣に考えたことはなかった。それでも、塚本の頭に、「カミクズ」と赤い文字がかっこうよく印字したパッケージが浮かんだ。


「決めた。紙くずでいこう。ただし、だ。文字はカタカナだ。赤で稲妻が走るようにカミクズと箱に書く」

 塚本は、言った。


「いつ頃になるの?」

「一年で完成させて」

「スピンは、めちゃくちゃ難しい感じがする。二年位かかるかな」

 阿川君、田中君、小谷君の言葉に塚本は答えた。

「焦らず、じっくり、やっていくつもりだ」

 塚本はベンチに腰をおろした。

 

 リモコンを押すと、カミクズは、足元まで転がって来た。

「ロートルジイサンの夢は、このリモコンで動く紙くずを皆が驚く商品にまですることだけど、君達はどんな夢を持っているのかな」

「ロートルって?」

「意味か。くたびれ果てたとでもいうか」

「くたびれ果てたジイサン?おじいさんは、全然、ロートルじゃないよ」

 田中君の意見に阿川君も小谷君も「同じく」と続いた。


「僕の夢、あててみて」

 田中君が言った。

「三人の中で一番あてやすいかな。サッカー選手だ」 

「それもあるけど、弁護士にもなりたい」

 田中君は、答えた。

「いいね。君は?」

「研究する人」

「どんなことを研究したいのかな」

「そこまでは考えてないけど、何でもいいから研究して、新しいことを発見する人」

「とに角、阿川君は研究者になりたいわけだ」

「この人は、ケーキ屋さん」

 小谷君が答える前に田中君が友達の夢を言っていた。


「そうだよ。悪いか」

 自分の答を先に言われた小谷君は田中君を睨みつける。

「ケーキ屋さん、いいな」

「幼稚園の子供が言うのと違うよ。ケーキ好き?」

「好きだよ。イチゴのショートケーキとか」

「僕のお店に買いに来て」

「お星様になっていなけれな」

 三人の男の子は笑ったが、言葉はなかった。


「帰ろうか」

 時計を見た小谷君が言った。

「そうだね。毎日この公園に来てる?」

「散歩の途中にね。でも、いつもは、もっと早い時間にここに来る」


「スラロームが出来るようになったら教えて。僕の家は、リリックレジデンスっていう公園出たら、通りを渡ってまっすぐ行ったところのマンション。忘れないでね」

 田中君は、自分の家の方向を指で示した。

「リリックレジデンス、忘れないよ」

「商品になったら絶対買うからね」

「僕も」

 阿川君と小谷君が言った。

 

 去っていく子供達に

「未来があるのはいいよな」

塚本の唇から、言葉がこぼれ出た。

 

 名前をカミクズとしたのを了解してもらう必要があるな。

 大体、ペットのように考えているのに名前をつけなかったことが、おかしなことだった。

「君の名前を片仮名で書くカミクズとした。いいだろう?」

 紙くずは、地面の上で左右に揺れた。

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