第12話 第二章 5

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 日を追うに連れて、紙くずについて質問する人が次々と現われた。

「極細の糸で引っ張っているんですよね」などと言う人もあったが、「仕掛けはどうなっているんですか」という聞き方をする人が多かった。皆、塗料を塗った手作りリモコンを見せ、紙くずの形をした動く玩具を開発中だと言うと、納得してくれた。少なくも表向きは。

 

 アンテナみたいな物は、ないんですか、と深い質問をする人には、企業秘密です、のひと言で良かった。

 

 塚本はごく自然に日々の生活を受け入れていった。自分の心が、超常現象と調和したのだ、と思った。

 

 この日、榊コーポを出た塚本が、空を見上げると。薄雲が空を覆っていた。、空気は暖かく、白のワイシャツの上にカーディガンを羽織っているがちょうどいい。

 

 紙くずを引き連れての散歩は、すっかり、慣れっこになった。

 ゴンジロウが道端に立っていた。名前を呼ぶとニャアと返事をした。紙くずを見るのは初めてである。視線を投げかけながら、ゴンジロウは寄って来たが、もう少しといったところで、離れて行った。

 

 紙くずをジャケットの中に入れて散歩から戻った日のことを思い出した。あの日は、ジャケットのポケットを近づけただけで、飛び退くように逃げた。同じ離れるにしてもこの日は穏やかな離れ方だった。 


「君には、何か、特別なパワーがあるみたいだな」

 塚本は、紙くずを見ながら言った。再び、恐る恐る近づいて来るゴンジロウに「じゃあ」と手をあげて塚本は道の向こう側に渡った。

「友達になれるといいな」

 斜め後ろを転がる紙くずに塚本は語りかけた。塚本が止まったのに合わせて紙くずも止まった。また、歩き出すのに、紙くずも転がる。カラカラという音が心地よく塚本の耳に響いた。


 広い通りに出た時だった。

「オジイチャン、紙くずに追跡されてるよ」

 振り向くとランドセルを背負った子供が立っている。


 ランドセルと背負っているのだから小学生なのだろうが、やたら、背が高く体格もがっちりしていて、とても小学生とは思えない。

「いいんだ。これは、僕の仲間だ」

 塚本は、手作りリモコンをズボンのポケットから取り出していた。

「ラジコン?」

「ラジコン?違うな、これは魔法を使う紙くずでね。自分の意思で動くんだよ」

 塚本は、真実に近い答を小学生に返してみる。


「そんな子供だまし、信じない。ラジコンでしょ?」

「まあね、僕は説明する時はリモコンと言っているけどね」

「面白いね。動かしてみて」

「動くかな。まだ、開発中のもので、時々、調子悪くなるんだよ」

 塚本はリモコンの前進と書かれたボタンを押した。カミクズは動かない。


 子供相手に悪戯心を起こしたかであった。

「オイオイ、頼むよ」

 塚本は言った。

 リモコンのコントローラーを紙くずに見せつけ、ボタンを押した。

 紙くずは前進して止まった。

 男の子は笑った。


「本当に言葉が通じたみたい」

「だからさっき言っただろう。これは、言葉が通じる紙くずなんだよ」

「それは、信じない。トリック使ったでしょう?」

「使わないよ。君は体が大きいけど何かスポーツをやっているのかな?」

 公園への歩道を歩きながら塚本は聞いた。


「サッカー」

「ひょっとして、ゴールキーパー?」

「フォワード。四年生で、チームに入団した時、体が大きいからゴールキーパーやるかって聞かれたけど、グランドを走り回りたいって言ったらフォワードになった」

 男の子は答えた。


「公園の中で実験するの?」

「今日はしない。僕がベンチに座って休んでいる間、これも休ませる」

「そうなんだ。予定がなければもっと話が聞きたいんだけど。さよなら」

 

公園の入り口で、男の子は軽く手を振って離れて行った。予定がなければ、か。サッカーの練習なのか、他の習い事なのか、去っていく男の子の背中のランドセルはいかにも小さかった。


 夜、電話がかかってきた。会社員時代の同僚、迫田からだった。メール交換はなく、連絡はもっぱら電話だった。

「中村君が亡くなったそうだ」

 迫田は言った。

「中村?中村謙三だよな」

「そうだ」

「彼は幾つだったんだ?」

「七十歳だ。まだ、若いのにな」

「そうだよな。四つも年下だ」

 迫田は言った。


「こないだ隣の八十過ぎのジイサンが、庭で転んで鎖骨を折っちまった」

「危ない。お互い気をつけんとな。ちょっと待ってくれ」

 塚本は、話が長くなるかも知れないと、コードレスの子機に切り替えて、ソファに移動した。

「そちらは、変わったことはないのか」

 迫田が聞いて来る。

「別にない」

 塚本は、答えた。自然と視線が部屋の隅の紙くずに行った。


「君は品行方正だからな。相変わらず規則正しい生活送ってるんだろう?」

「この歳になって、生活を変えてもな」

「そりゃあ、そうだ」

 迫田は笑った。

 二十分ほどでやりとりは終わった。


 元同僚の中村が亡くなったことを知らせるために迫田は電話をくれたのだが、話は自分達の近況がほとんどだった。

 頻繁(ひんぱん)に連絡をとる間柄ではない。この前の電話は、去年の秋だったか。

 迫田と俺は、後何回電話で話せるのかな、塚本は思った。 


 中村とのかつてのやり取りが次々に浮かんで来た。市場調査の部門に長くいた男は、こんな物が出来ないかという消費者の声をよく拾って来ては、研究員との合同会議で報告した。

「今の技術じゃ無理だなあ」

 と誰かが答えると「それを何とかするのが、研究者というものでしょう」と言うのが口癖だった。

 熱い男だった。

「技術が分からん男と話すのは疲れるよなあ」

と嫌味をいう研究員もいたが、塚本は嫌いではなかった。

 

 部屋の隅にいる紙くずに

「淋しいなあ」

 と語り掛けると、コロコロを足元までやって来た。

「慰めてくれるのか」

 紙くずは左右に揺れた。頑張って、という応援に思えた。

 

 塚本は、聞いてみたかった。

「君は本当に人間の感情を理解出来るのか。何で、よりによって、私の前に現れたのかそこに意味があるのか」

 と。

 

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