第6話 第一章 6

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 紙くずは、先刻の場所、部屋の隅から動いていなかった。それが普通であるのにほっとする。

 

 夕飯の支度をする中、高さ五十センチほどの中にポリ袋を収めたプラスチック製のごみ箱が視界に入った時、ごく自然に「捨てられないよ」という言葉が口をついて出た。

 

 保険会社からもらったテーブルクロスの上に料理した分厚いかに玉とサラダを並べ終わった塚本だったが、自分の頭に湧き出たパロディーめいた考えに「ばからしい」と独り言を言った。

 だけど、何事も実験ではないか。何かが起こる可能性はゼロとは言えない。遊んでみよう。塚本は、一枚の小さな皿を食器棚から取り出し、かに玉とサラダを取り分けた。


 リビングに行くと、紙くずの前でしゃがみこんで、カーペットに皿の端がくっつくよう皿を注意深く傾けた。さあ、食べてもいいぞ。

 紙くずは、ピクリとも動かない。余りにばからしい発想だった。塚本は苦笑いでダイニングに戻りひとりの夕飯を食べ始めた。

 余り時間をかけずに夕飯は終わる。

 日本茶を飲み、食器を流しに置くと、リビングに移動する。食器洗いは、自動食器洗いにお任せだった。

 

 リビングの大型テレビのスイッチを入れる。ここから寝るまで、テレビは大抵つけっぱなしである。小説を読んだりする時は、音消しをするが、スイッチは切らない。テレビは塚本にとって孤独感を紛らわすためになくてはならないものなのだ。

 

 風呂に入るまで、彼は、幾度となく無意識に顔を紙くずに向けていた。その都度、塚本は、紙くずについてあれこれ考えないよう、すぐにテレビ画面に視線を戻した。

 

 十時過ぎに風呂に入った。十一時前に寝ることを習慣にしていたので、風呂をあがってから寝室に入るまでの時間は、普段は余り多くないが、この日の塚本は、パジャマの上にガウンを引っかけ、十二時近くまでリビングで過ごしたのだった。

 

 漠然とした恐怖感が彼をそうさせたのである。

 リビングと寝室は壁で仕切られている。寝室の側に押し入れがあった。リビングの横のダイニングと寝室を廊下がつないでいる。

 エアコンが、リビングにある関係で、リビングとダイニング、ダイニングと廊下、廊下と寝室、それぞれの戸は、度合いこそ違え、開けられているのだった。

 

          

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