第7話 第一章 7
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今夜は、眠れないだろう、と思ってベッドに入った塚本だったが、目を瞑っている内、いつの間にか夢の世界に入り込んでいた。
アーケードのある商店街。そこは、学生時代に過ごした街の景色だった。
「カレーコロッケ」
肉屋で求めたカレーコロッケをかじりながら、塚本は、商店街を進んでいく。素足にサンダル履きである。
「お客さん、安いよ、ナマコ」
威勢のいい声が塚本の足を止めさせる。
学生時代の商店街のはずなのに、目の前にあるのは幼い頃、近所にあった「ミホリさん」という魚屋さんだった。
「おじさん、どう?このいきのいいサンマ」
鉢巻をしたミホリさんの息子で、時々遊んでもらったことがあるオニイサンが長細いサンマを差し出す。
「おいしそうだ」
夢の中で塚本は、言った。
ガサッ、ガサッ、ガサッという音が、耳に届いた。
現実の音じゃないか?塚本は、急速に夢から覚醒していった。
暗い部屋の中で目を見開いた。静かだ。
ガサッ、ガサッ、ガサッ
どこから聞こえて来るのだろう。リビングに違いないと思った。
「東三丁目公園」で聞いた音とは明らかに違う。重厚さがあった。やっぱり、誰かにコントールされているのか。
丸められた紙くずが、閉じたり開いたりしている?
それにしても、コピー用紙のような薄紙にしては、音が重すぎる感じがする。
現在、隣の一〇二号室は空き部屋になっているから問題ないが、上の二〇三号室には聞こえたのではないだろうか。システムエンジニアをしている三十代半ばの男性がひとりで住んでいる。
しばらくの静寂。
ガサッ、ガサッ
塚本は、ベッドの上で半身を起こし、蛍光灯の紐を引っ張って部屋を明るくした。
ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサッ
音が、さらに明瞭に、速いリズムになった。
ひょっとすると、紙くずが、転がって来て廊下で開いたり閉じたりをしているのかも知れない。
薄気味悪い恐怖が、彼を再び、仰向けに寝かせた。
平常心だ。彼は、ことさらにゆっくり呼吸をして心を落ち着かせる。蛍光灯の紐をひっぱり元の暗さにした。
何かが起こったは、明日の朝のお楽しみにして、さっさと、眠りにつこう。
無理な注文だった。目を瞑っているものの頭は冴え、耳はリビングからに違いない音を逃がすまいと必死になっている。
カーテン越しに表の光がうっすら射し込んで来る頃になって、また、ガサッ、ガサッ、っという音が聞こえて来た。
今度は、音はすぐに止んだ。
時計の針は五時半を示している。
ひょっとすると、外部の遠隔操作により、フラットにされ、基盤や細かなパーツをさらけ出している紙くずを見ることになるのかも知れない。
若い男が笑っている。そんな考えも浮かんで来た。
生活のリズムを失うのは良くない。塚本は、無理やり七時までベッドの中にいた。
紙くずは、リビングから出ていなかった。
塚本は、ゆで卵とトースト、コーヒーの朝食を落ち着かない気分でとった。
ダイニングの天井を見て深呼吸をしてリビングに足を運んだ。
「エエッ」
塚本は、左足だけリビングに入れた体勢で声をあげていた。
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