疑問

 僕はボロボロになった爺やを前にして衝撃を受け、その足を止める。

 何故、この場から退却している爺やが今もなお立っている。

 何故、爺やは退却していないのか……僕の中で幾つもの疑問がグルグルと周り、動揺が広がる。


「……お待ち、しておりました」


 そんな僕の思考を遮るかのように爺やのボロボロの身体がもたれかかってくる。


「待って!まだ話すな……ッ!今すぐに治す!」


 僕は慌てて現実感を取り戻し、彼の体を治すべく治癒の光を灯らせる……既に頭の四分の一は削れているし、お腹の中に穴も開いているし、右腕もない。


「む、無駄にございます……私の、魔法で無理やり死を引き延ばしているだけであり、何をしようとも私の死を覆すことはできません」


「……待て、待て」


 僕は既に無駄だと告げる爺やの言葉を否定し、治癒魔法をかけようとする。


「駄目でございます。ノア様。未だ、この砦には多くの兵士たちが詰めかけております。このようなところで魔法を使うべきではございませぬ」


 そんな僕の手を爺やは握り、やめろと告げてくる。


「……どう、して」


 それを受けて……僕の手からは自然と治癒の光が消えると共に、代わりに漏れ出るのは疑問の声。

 わかっていた……既に、爺やが死んでしまっていることなど。

 もう、無理なことなんて……最初見たときから。


「ご命令の通り……、砦を御守りいたしました。どうか、ノア様……後の、砦のことは。この国の民のことを、どうか……よろしくお願いいたします」


「……ぁ」


 どうして、なんで、何故……僕の疑問に対して、爺や本人から返ってくる。


「……ぁ、あぁ……」


 僕が、変えたのか。

 僕の、何気ない一言が、世界の歯車を狂わせ、まだ生きるはずであった爺やを殺したのだ。

 いや、いや、いや……それだけじゃない。

 僕の

 そもそも……最初に、僕は父上を死に追いやった、じゃないか。


「……ぁ」


 なんで、気づかなかったのだろう。

 なんで、今まで気づいているふりをしていたのだろう。

 この世界の、人間は紛れもなく生きていて、当然……周りの行動が変われば、その人物も変わるじゃないか。

 僕は、この世界の人間を、どこまでも……ゲームの住人としか見ていなかった。

 見て、いなかったのだ。


「ノア、様……」


 視界が真っ黒になり、平衡感覚が揺らぎ、自分の中から血の気が引いていくのを僕は明瞭に感じ取る。


「貴方のような、御仁に、仕えられて……私めは幸せに、ございました」


 僕は、もう何も見えなくなってしまっていた。

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