ミュートス

 交渉依頼。

 あまりにもイージー過ぎた依頼をこなした僕とミュートス王女殿下は共に王都の方へと帰る馬車へと同席していた。


「ちょっと歯ごたえがなかったわね。一瞬で終わってしまったわ」


「まぁ、僕とミュートス王女殿下が揃えばそうだろうよ。ただの平民がどうこう出来るような段階じゃない」


 まだ時は重商主義や資本主義は迎えていない時代。

 商人など、どう逆立ちしても貴族や王族に頭が上がらないのは当然として、上のどんな命令にも逆らえない立場にある。

 金を持ったと言っても所詮は平民である。

 商人は何処まで行っても己一人で王侯貴族と交渉の席につくことは出来ない。


「まぁ、そうだけど……少し、不満だわ……も、もっと仲を深めようと思っていたのに……す、すぐ、終わっちゃったわ」


 それでも、ミュートス王女殿下は不満げであった……なんか、デレを見せるタイミングとその濃さに僕は倒れそうなんだが。


「何を言うか。ミュートス王女殿下。僕たちは永遠と政争を続けていた間柄であるぞ?むしろ、僕たちらしい仲直りの仕方ではないか?」


 そんなことを考えながらも僕は彼女の方へと言葉を返す。


「……なんですって?」


「長らく対立していた二人が学園という場で同じ組織に属し、その職務をこなすために二人で協力して他を蹴落とすのだった。これほど明確な仲直りはあるまい?今頃、多くの貴族や国王陛下までもが驚いているだろうよ、僕とミュートス王女殿下が共闘関係を築いたことに」


「……あっ、そっか」


 僕の言葉を聞いたミュートス王女殿下は完全に拍子抜かれたとでも言いたげな表情で声を漏らす。


「我らは政争を主とし、共に拡大してきた仲だろうて、今更仲を変えたくもない」


「……そう、よね。私たちには、私たちなりに関係があるものね」


「まったくだ。張り合いがなくなられても困る」


「……私から、張り合いがなくなるとでも?」


 少しばかり、ため息交じりの僕の言葉を聞いた瞬間。

 ミュートス王女殿下に浮かんでいた揺らめく感情の全てが消え、ただの闘争心へと変わって僕の方へと真っ直ぐに向けられる。


「今の君を見ていたらそうも思ったとも」


「何をっ!?わ、私が……私が負けるわけないじゃない!」


 そして、僕の言葉に引き出されるようにしてミュートス王女殿下は声を荒らげる。


「決めたわ!うじうじ悩むなんて私らしくないわ!私は私らしく、これまで通りに女の身であっても上を目指し、利益を求めて、国内でも有数の有力者である貴方にぶつかっていくわ!」

 

 そのままミュートス王女殿下は、彼女らしい闘志に染まった表情を見せながら


「それで!その先で!私たちは婚約しましょう!私たち二人なら最強よ!」


「はいはい、それでその先に何があるのか具体的に明示してからやってきてくださぁーい。その論理で僕と婚約する理由がわかりませーん」


「えぇぇぇ!?」


 ミュートス王女殿下なりの告白。

 それをさらりと受け流した僕に対してミュートス王女殿下は瞳に涙を浮かべて狼狽し始めるのだった。

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