逃亡

 模擬戦の開始からたった三十秒足らず。

 一切の無駄のない滑らかな動きで近衛騎士団の副団長であるダグラスを地面に叩きつけた僕は深々と息を吐く。


「流石に無理か」


「まぁな……流石にこれで気絶はしないとも」


 地面へと倒れたダグラスは一切のダメージがないと言わないまでも、全然ピンピンとした様子を見せて言葉を述べる。


「……ッ」


 常に未来視を発動し続けていた僕はこれより起こることを正確に予期し……慌てて後ろへと下がる。

 それとほぼ同タイミングで僕の前をダグラスの右足が通過する……待て待て!?今の一撃、普通に直撃喰らえば不味い威力だろ!

 発動している身体強化魔法も、蹴りに込めた純粋な筋力も!学生に向けるレベルではない!?


「まっ……ッ!」


 だが、それだけでは終わらない。

 こちらが内心でどれだけ焦っていても相手は止まってくれないのだ。

 

 僕が見えた三秒後に今度は自分が地面に倒れ伏している未来が変わらないことを前に慌てて次の攻撃も見てから前もって躱す。

 一撃、二撃……それを避けても僕が倒される未来は変わらずそのあとの攻撃も避け続ける。

 受けたら倒れる。この場から離脱しようとも叩き伏せられる……詰みじゃないか!


「……ッ」

 

 僕は内心で絶叫しながら下唇を噛む。


「凄まじいなッ!未来視とやらは!」


 完全に本気になってしまったのだろう。 

 流石に未だ子供であり、自身の切り札である影法師を満足に使えない僕では流石にまだ、現在進行形で騎士をやっている一流の武人には勝てない。

 もはやまともに視認できない攻撃に対して何とか未来視で無理やり対応してひたすら回避に徹し続ける。


「……ッ」

 

 その中でも僕は諦めずに未来視を用いて自分がどうすればこの状況を迎えられるかのシミュレーションを行っていく。


「ふぅー」


 その果てに、何とか辿り着いた答えを実行する。


「ッ!?」


 僕は一気に影法師を展開し、ただすり抜けるだけで何の害も現状では与えられないただ黒くて目隠しになるだけの影法師をダグラスへと向ける。


「……」


 相手はエスカルチャ家の家系魔法の脅威を正しく認識するものであり、それが戦闘向けではないと知っていながらも影法師を前に一瞬だけ動きを止めてしまう。

 何も出来ない影法師を相手に勝手にダグラスが警戒してくれたのだ。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 そんな隙をつくことでようやく僕はダグラスの前から離脱することに成功する。


「やめないだろうか?明らかに授業でやる内容ではないだろう……ッ!」


 そして、僕は焦りながらダグラスに対して制止の言葉を告げるのだった。

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