婚約

 完全勝利案件で完全に安心しきっていった僕は体から力を抜いて自分の目の前に置かれている紅茶のカップへと手を伸ばして中に入っていた飲み物を口に含む。


「当主という立場を得たのだ。これまでのように婚約者が未だに決まっていない状態だと問題あることも多いだろう。どうだろうか?私の娘と婚姻してみるというのは。ちょうど同年代で良い子がいるのだが」


「ぶっふ」


 そして、僕は口に含んでいた紅茶を噴き出す。


「……失礼ながら、我が家の者と王家の方々が婚姻が結ばれたことはありません。どういう風の吹き回しでしょう?」


 僕は国王陛下の言葉に疑問を抱きながら口を開く。


「何、大したことではないとも。ただの老婆心だ。君が心配しているのは私の思惑が何か、であろう?我が王家とエスカルチャ家は利益で繋がっている。エスカルチャ家が情報を提供することで我らが国際的に有利に立てることで武力に優れないエスカルチャ家は労せずとも己の領内を守ることが出来る。利益によってのみ繋がる我らは一定の距離を保ってきていた。だが、君は少なくともそれだけではないだろう?」


 ……あぁ、そうか。

 よくよく考えてみれば、今までの慣例を無視する僕の行動は相手視点だとこれまでのエスカルチャ家の態度を取り続けるつもりはないという意思表示になるのか。

 

 家系魔法をフル活用できない、お家騒動が巻き起こる可能性もある僕としては自分が生き残る苦肉の策でしかなかったが、視点を変えると齢十歳でありながら家系魔法をマスターし、当主として領内をまとめ上げた麒麟児に幾つもの腹案があるように映るのか……相手の視点の事なんて完全に失念してたなぁ……。


「……」


 僕はさも何か腹案があるかのような雰囲気を醸し出しながら紅茶を口に含む。


「私の思惑としては簡単だとも。出来るだけエスカルチャ家を味方に抱き込んでおきたい。色々と国際情勢も怪しいのでな」


 ゲーム内でも戦乱は起こっていたな。

 それを見越してというだろう。


「……確かに、今後数年で戦乱が発生してもおかしくない情勢ではありますけどね。まだ本格的に動いているところはありませんが」


「そうであろう?」


「それでは……まず、婚約の話ですが今はまだなかったことにしてほしいですね。そこまで近づくつもりは現状ありません」


 国王陛下の目的はわかった。

 だが、それでも婚約者がどうのこうのというのは困る。

 だって、僕はまだ家系魔法を完全に使いこなせないだもの、不安定な状態で自分の手元に人を置いておきたくはない。


「ただ、伯父を始めとするお家騒動を起こす可能性のある自分の親戚筋を国王陛下自ら留め置いてもらう……など、互いに助け合う中で徐々に発展させていきたいとは考えている」


 僕は国王陛下に段階踏んで行きましょ?と提案する。


「それはもちろんだとも。だが、会うだけはお願い出来ないだろうか?もう、そこに私の娘を待たせているんだ……入ってくれ」


 だが、それを無視して国王陛下は一気に詰めてくる。


「失礼します」


 そして、僕の意思が置いてけぼりの状態で部屋の扉が開かれて中へと一人の少女が入ってくる。


「……ッ」


 そんな、部屋へと入ってきた少女の姿を見て僕は後頭部を殴られたかのような強い衝撃を感じる。


 そこに立っていたのは僕の推しであった。


 オワイオス王国の第三王女、ミュートス・アテネス。

 彼女はまさしくゲームのヒロインの一人であり、僕の最推しヒロインの一人であった……いや、それだけじゃない。

 自分の後ろに立っているアンヘルだって、ゲームのヒロインなのだ。


「……」


 これまで、色々なことがあっていっぱいっぱいであまり心に余裕がなくて、失念していたけど……そうか、僕は、自分の好きなゲームの世界に転生したのか。


「お初目にかかります。私はミュートス・アテネスと申します」

 

 僕の目の前で一礼する彼女の姿を見ながら、ようやく自分の中で自分がゲームの世界に転生したのだという強い実感がピッタリとハマるのだった。

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