第116話 交渉
空さんは真剣な顔で海崎さんに食い下がる。
「ではシエロを譲ってはいただけませんか」
「あんたのものにしてどうする」
「シェアトに
海崎さんは興味深げな表情になる。
「シェアトの
空さんは無言で海崎さんを睨みつけている。
「そんなおっかねえ顔すんなよ。本当の話だ。違うか」
「馬は経済動物ではありません」
「あ?」
「空さんっ」
ここで本筋と違う議論をしてはいけない。話が空転するばかりか、心象を悪くしかえって悪い方向に転びかねないと僕は思った。
「どういう意味だ。馬はかわいいかわいいペットだって言いてえのか」
そう言う海崎さんの声はあきれた声になっていた。
「空さん、空さん今その話は」
「パートナーです」
「パートナー。どういうことだ」
「共生。共に生きる、ということです」
「共に生きるだと」
「私は、一目見た時にシエロと共に生きたいと思いました。馬は人と共に長い歴史を生きてきたはずです。深いつながりをもって。だから今も」
海崎さんは小鼻を膨らませ苛立った声で吐き捨てる。
「馬鹿馬鹿しいっ、話にならんっ。ムネがどうしてもと言うから時間を割いてやったら、あんたそんなちんけな説教で俺を説得でもしようって腹か」
海崎さんは顔を紅潮させソファの肘掛けを叩いて不満と腹立ちを示した。それでも空さんは眉一つ動かさない。淡々と海崎さんに挑戦的な発言をする。
「いいえ、私がシエロを救い出します」
「なにっ」
空さんの挑発的な言葉に僕は焦った。
「空さんっ」
海崎さんはどこかいやらしい笑みを浮かべて空さんを煽った。
「いくらご立派な御託を並べたって金を出してくれないことにゃあんたの思い通りにゃあなんねえな。さていくらなら出せる」
「五百万」
海崎氏は頭を振ってあざ笑うような顔になる。
「はっ? おいおいそれじゃ話にもならん。出直してきなお嬢ちゃん」
引退競走馬の価格がいくらになるのか僕にははっきりとはわからない。だが、もし「引退競走馬に乗ろう」企画が軌道に乗って、シエロがこれに参加し入場料や乗馬料を稼いだとしたら確かに五百万では少ないだろう。
「六百万」
「だあめだ」
「七百万」
「ああ、この話はこれで終わりだ。あんたらもう帰ってくれ。な」
つまらない話は聞き飽きたといった様子の海崎さんは疲れた表情でゆっくりと立ち上がる。空さんはソファに腰かけたまま膝に肘をかけ指を組み、海崎さんを見上げてぼそりと言った。
「千二百万」
▼用語
※1 預託
馬を牧場に預ける事。
※2
馬を牧場に預ける際の手付金。
【次回】
第117話 人と馬
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