第115話 会見

 大城おおきさんはそのまま馬を馬房に入れる作業を手伝い始めた。


「何を……」


「何をって、空の代わりだ」


 すると背後からも声が聞こえる。


「あいつは今シエロのことで何か訳があってここには居られない。そうなんだろ。だったら誰かが手伝うしかないだろう」


いぬいさん」


 いつの間にか乾さんまでが手伝ってくれていた。


「ありがとうございます。ありがとうございます!」


「俺としてもあいつに泣かれたら寝覚めが悪いしな」


「大丈夫。空はきっとやり遂げる。そういうやつだ」


「はいっ」


 3人でいつもより早く作業を済ますと今度は僕が2人の仕事を手伝った。翌日もそんな風にして3人で仕事を融通し合い、何とかこなしていった。


 空さんはシェアトでの早い夕食に間に合うギリギリ、約束通りの時間に僕と駅で落ち合う。空さんは大きな黒い革のバッグを大切そうに抱えていた。それとスマホも買ったようだ。安いプリペイド携帯に見える。


「明日海崎さんと連絡取りたい」


「判りました。電話してみましょう」


 僕は大城おおきさんから貰ったメモに書かれた海崎さんの会社に連絡を取るとあっさり予約が取れた。


「明日にでも会ってくれるそうです」


 空さんは静かにうなずいた。


 翌日、空さんは僕と海崎さんの会社の事務所に向かった。そこの応接室に僕たちは緊張して座って海崎さんを待つ。


 海崎さんが現れソファにどかっと腰を掛ける。この間見たのと同じ渋紙色の肌に薄い白髪でやに色の目をしたどこか疲れた70がらみの老人だ。深い皺は一層深く刻まれたように見える。ただ、その眼には疲労と好奇心の輝きが見て取れる。海崎さんは僕を見て開口一番愉快そうな声を上げた。


「よお、見てたぜ。お前さん大した活躍ぶりだったじゃねえか。で、今日あんたらは――」


 海崎さんが全て言い終わらないうちに空さんが口を挟んだ。


「シエロを殺さないで下さい」


「殺す」


 海崎さんはそう返しただけでしばらく黙っていた。話を急ぐ空さんに僕は焦って口を挟んだ。


「あ、あの僕たちはシェアトの宗茂の――」


「ああその辺は判ってる。昨日ムネから聞いた」


 海崎さんはしわだらけの手をあげて僕の発言を制すると、空さんに向かって疲れた目を向ける。


「しかし殺すたあ随分穏やかじゃねえなあ」


「本当のことです。あなたはシエロを殺そうとしている」


「空さんっ!」


 僕は空さんをたしなめた。言葉の使い方ひとつでご破算になりかねないこの会談で発言は慎重になるべきだ。シエロの生殺与奪権は海崎さんの手中にあるのだから。


「で、どうするって言うんだい」


 ソファの肘掛けにひじを突き、空さんを探るような目つきの海崎さん。空さんを値踏みするようでいて、どこかしら面白がっている様子さえある。


「アレは俺の馬だ。俺がどうしようとあんたらには関係のねえ話だ。そうだろ」


 僕には海崎さんが微かににやりと笑ったように見えた。


【次回】

第116話 交渉

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