第108話 プレゼント

 僕はその時あることを思いついた。


「その前に画材屋さんに行きませんか?」


「画材屋?」


 ベリーショートの空さんが首を傾げるとその姿に僕の胸は高鳴る。


「そうです、空さんのパステル、みんな折れてしまったじゃないですか。だからその…… ぼ、僕にプレゼントさせてくださいっ」


 引っ込み思案の僕としてはよく言えたと思う。すると空さんはきょとんとした顔をしている。


「あ、だめ…… でしたか……?」


 僕は焦った。あのパステルは替えのきかないほど大事なものだったんだろうか。


 すると空さんはまるで胸が苦しそうなほど驚いた顔になって僕を凝視するとゆっくりと笑顔を浮かべる。泣きそうなほどの笑顔を浮かべる。そして大きく何度もうなずく。


「うん、うん。うんっ」


「じゃあ、早速」


「うんっ」


 満ち足りた笑顔の空さんを助手席に乗せ、僕たちは盛岡一の画材屋に向かった。


 空さんは100色セットのパステルと48色の色鉛筆を買う。他にも何に使うのかよく判らないものをいくつか買った。ところが土壇場で空さんがこれらを払戻金で買うと言い出した。


「僕がプレゼントしたいんです」


「え、でもこれやっぱり高いし…… 悪いから……」


「さっき言ったように僕からのプレゼントでは嫌でしたか」


 空さんははっとした顔をする。


「ううん、そうじゃない。そうじゃなくて……」


 顔を紅潮させるだけではなく、どこか遠く視線が定まらない。僕の向こう側に視点が向く。ここではないどこか、今ではないいつかを見ているに違いない。それはたぶんあの男性ひとの記憶。


 僕は強引に空さんの手からクレパスやら色鉛筆やら様々な画材を奪い取るようにして支払いカウンターへ行った。


「ちょっと!」


 空さんはひどく困っていたが、その間にとっとと会計を済ませる。もちろんギフトラッピングをしてもらった。


「はい、プレゼントです」


 プレゼントを渡すと空さんは怒っていいのか笑えばいいのか照れればいいのか分からない複雑な表情をしてベリーショートの髪を揺らしこれを受け取る。


「こんな強引な人だと思わなかった……」


「すいません。でもこうでもしないと受け取ってもらえないと思って」


「もう……」


「これで泉の絵をまた描いていただけますよね」


「そうね」


「あと、夜の絵も」


「……夜の絵はもう描けないかも」


「どうしてですか、あれ結構好きだったんですけど」


「だってもう夜じゃないから」


「え?」


「ふふっ、言って判らないんだったら教えないっ」


「えーっ、教えてくださいよー」


「だめー」


 僕らは駐車場までの短い間まるで恋人同士がじゃれ合うかのようにふざけ合って車まで歩いて行った。


【次回】

 第109話 Cafe

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