第106話 突然の告白

 食べてしばらくすると空さんがうつむきながらそっとつぶやいた。


「私、好き……」


「えっ!」


 僕はのどから心臓が飛び出すほど驚いた。青天のへきれきだった。だが昨日から今までみせていた空さんの言動から考えれば、当然の帰結だろう。とは言え僕にはまだ心の準備というものができていなかった。僕は、僕自身は空さんが好きなんだろうか。たぶん好きだ。いや間違いなく好きだ。初めて見たとき、あの死を求める瞳を見て絶対死なせてなるものかと決意したあの瞬間から。きっと僕はずっと好きだったんだ。僕は今までで最大の勇気を振り絞って真剣な声で空さんに応えた。


「僕も、好きです」


「うん、こういうローカル色の強い食べ物っていいよね。ご当地グルメって言うの?」


「へっ?」


「んっ?」


 あっけにとられた僕を、行儀悪く麺を口にしたままの空さんが見つめる。僕は恥ずかしさのあまりどこかに飛んで逃げてしまいたくなった。


「どうしたの? 顔真っ赤。まさかまた熱でも出てきたとか?」


 心配そうな顔で僕のおでこを手のひらで触れようとする空さん。僕は腕を振り回して慌てふためく。


「何でもないです! こっち見ないで下さい! 恥ずかしいから!」


「えっ? 何か恥ずかしい事でもしたの……?」


 不思議そうな顔する。僕の失態に気づいていないようだ。


「何でもありません! 訊かないで下さい! お願いします!」


「え、ええ……」


 怪訝そうな空さん。僕は無理やり話題を変えてごまかす。


「さあっ、食べ終わったんならもう行きましょっ、第5レース始まってしまいます」


「そうね。競馬楽しみ」


 僕としてはほんの少し奮発して空さんからも快諾してもらってペアシートのF席を買う。前から二番目のB1,2席をとれたのはよかった。ここに来る途中で買ったお菓子とドリンクを山積みにする空さん。やはり本当に痩せの大食いなんだろう。あわせて買ってきた競馬新聞を見せながら競馬やその予想について簡単に空さんに説明する。するとあっという間に興味を失いあくびをかみ殺す空さん。仕方がないのでパドックに連れていく。ちょうど馬が入場してきたところで、僕たちはつやつやに毛をかれた馬たちのトモ(※1)がどうだ歩様ほよう(※2)がどうだなどと品定めする。いずれも現役の競走馬だけあってリラックスしたシェアトの馬たちとは違った体つきや緊張感のようなものを感じる。


「そっか、ここにシエロも来たことあるのね」


 ベリーショートになった空さんがなんだか嬉しそうな顔をする。その姿に僕は思わず見入ってしまう。



▼用語


※1 トモ

馬の後ろ脚の付け根の筋肉が隆々とした部分。太腿にあたる。競走馬であれば後躯部全体を指す。馬が走る上で非常に重要な「エンジン」とも言える部分で、ここの張りで競走馬の潜在的な走力を見極めることができる。


※2 歩様ほよう

歩く時の様子や歩幅、動作の具合、姿勢などを指す。健康で元気な馬なら歩様はしっかりしており、逆に疾患や故障があれば歩様に乱れが出ることが多い。



【次回】

第107話 大的中

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